「やっぱり、女の子にしておけばよかった」
兄は不器用な人だ。わたしの数段上、社交性があるように見えて、実のところわたしの数倍気疲れしている。
わたしは知っていた。あの人の笑顔は、その『社交的な』あの人の時だけのものだ。普段の、特にわたしの前のあの人は、どちらかといえば無表情で平坦な感情の起伏をした人物だった。
そこにわたしは、自分との共通点を見つけて嬉しくなったりするのだけれど。
兄はとてもめんどくさがりだ。
わたしもそうだが、興味のあることにしか全力が注げない。その分、好きなことはいくらでも集中力が続く。その他は本当にどうでもよくて、その姿は他には異常に見えるらしい。
嘘じゃないの。好きなことは、いくらでもいつまでも好きなの。そのためならいくらでも時間を割いたっていいの。
凛は、わたしに会う十四の秋までたった一人の妹の存在を知らなかったという。
凛とわたしは、まだ赤ん坊のころに両親の離婚によってそれぞれに引き取られた。
離婚と同時に、わたし達は県をまたいで離れてくらすこととなったのだ。
わたし自身は、定期的に母と会っていた。わたしを引き取った父は、わたしが小学校に上がるころには再婚して妹も生まれていたけれど、それは両親双方の方針だったし、わたしは中学に上がるまでは、半ば義務的にそれに従っていた。
そう、中学に上がるころである。それは小学校卒業祝いに会った時だった。
わたしは凛の存在を知っていた。父は、凛の存在を隠そうとしなかったからだ。ただ距離があるし、まだわたしには早いのだろうとその時まで黙っていた。
進学。その節目は、わたしにはとても都合のいいものに思えた。今なら言える。今まで黙って従うばかりのわたしの、母への最初で最後の自己主張だった。
『凛に逢いたい』
それは思いのほか、大きな波紋をもたらした。きっとこの言葉は、図らずとも母にとっても、切っ掛けになったのだ。母は波紋の波がゆるゆると水面に融けていくように、実に自然に連絡を絶った。
恐らくめんどくさかったのだ。その血を継いだ、わたし達兄妹の共通の意見である。だって自分たちにもそういう一面はあるのだ。こんなところで血の繋がりを感じたくなかった。
女のわたしではなく、男の凛を引き取ったのもそのためだ。恋人とのセカンドライフを楽しむには、相手と同じ男のほうが、何かと都合がつく。時が来れば女は金がかかることを、母は身をもって知っていたのだ。
わたしは母の一言がどうしても忘れられない。
「やっぱり、女の子にしておけばよかった」
帰り際に朗らかに笑って、わたしを抱き寄せ耳元で言った言葉である。
彼女は面倒だったのだ。邪魔だとさえ思っていただろう。息子を養い、娘に会うのは義務だった。そんなときのわたしの一言は、十分な理由になったのだ。自分の感情と、成長した娘。「もう母親なんていらないでしょう?」そういうことだ。少なくとも、わたしにはそうとしか思えない。
わたしは兄にどうしても会いたかった。きっと、凛もわたしの存在を知っていれば同じことを思ってくれただろう。だからわたしは十四の秋に会いに行ったのだ。
狭い部屋の中で十月十日、寄り添っていた同い年の兄に。