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挿話:アナタとワタシ

「この家はなんでしょうね」



 辻は実に楽しそうに、細い目をさらに細めて呟いた。俺に言ってんのか?「そうですよ。今ここ先輩しかいないじゃないですか」





「住職、見ました?」



「外人だったな、で?」



「いやいや、めずらしいなーって。出来るんですねぇ、外国の方でも」



「そりゃ免許があれば出来んだろ。あんま余所の家に、興味深々で突っ込むなよ」



「わかってます。わかってますよぉ」本当に分かっているのだろうか。




この新人の辻という男、どうにも緩い。タッパはあるくせにやけにヒョロ長く、まるで特大のエノキダケのようである。

 一応スーツは着てきたようだが、朝早くに呼び出され急いで着たらしく、よれよれのしわしわだ。親か何かからのプレゼントだろうか。身の丈に合わないブランド品の、上等なものに見える。もったいない。





「でも、先輩もこの辺地元なんでしょ?」



「地元っつーか・・・・・」





 廊下の向こうから、ちらりと学生服姿の少年が見えた。これから登校するらしい。俺の視線に気づくと、悪目立ちする金色の頭を下げて会釈する。随分と日本人らしいその行為に、こちらのほうが慌ててしまった。


「・・・・・たぶんさっきの子後輩だ。あの制服、見覚えがあんだ」



「めちゃくちゃ地元じゃないっすか。じゃぁここも知ってるんでしょ?」



 好奇心に煌めく瞳。(しかしいかんせん、眼が細い)見上げなければいけないのもむかつく。文章ではわからんので正直に言おう。俺は背が低い。(こいつよりガタイはいいけど)



「・・・・・ここの住職はハーフだよ。父親がフランス人、この寺は母方のほうの寺を継いだんだな」



「じゃぁここの息子はクオーター?でも、四分の一じゃ金髪碧眼はそう生まれないんですよ遺伝子的に。あの子まんま外人じゃないですか」



「同郷のフランス人の奥さんもらったんだよ。その奥さんも、旦那の戸籍に入ったからもう日本人だな。仏系日本人一家なんだ。純粋な日本人は祖母さんだけ」




ふんふんと頷き、辻は言葉を続けた。




「すごい偶然ですね。あるんですねそういうの」



「それだけ日本が住みやすいってことじゃないの。義務教育があって、何だかんだ言って年金は出る。犯罪はあってもすぐ捕まるし、衣食住には質のいいものが一般的に出回ってる。まあ、フランスも、国運営の託児所があったりするから、子育てだと五分五分かもな。教育には力入れてる国だし。治安の面では日本には敵わねぇだろ」



「今なんか、日本文化ブームですしね」



「そのブームが始まる半世紀前から、この家はこんな家なんだけどな。でもまー、共通点もあるからじゃねーの。日本人って、食と衣はすげぇ大事にするじゃん」



「そうですよねー特に食べ物関係って、問題起きると凄い怒りますもんね日本人。ちっさい祭りの出店でも国の許可居るし。五十年近く前なら、まだ女性も尽くし上手だし、そこに惚れたんでしょうかねー」



「・・・・・俺も五十年前に生まれたかったわ。今の女は気ぃ強くて」

ふー・・・・っと、長い溜息を吐く。





「ああ、そういえば言いませんでしたけど、その額のん、彼女ですか?」



「ああそうだよ・・・・・チクショウネイルって凶器だぜ。気をつけろよ」



「目ん玉くり抜けそうですよね」



「言うなよ・・・・怖いだろ」



「話戻りますけどー」足が疲れたのか、壁に背を預けながら辻は続けた。



「この辺って、高級住宅街ですよね」



「そうだな。暇な爺さんばあさんしかいねぇよ。老後の金持ちの家が多い。あとは畑だな」



 ベットタウンとして栄えるこの街は少し行けば高速道路にバス市電地下鉄と在るにもかかわらず、この辺はまるで別世界の様に閑散としている。昼間も道を歩く人は散歩の老人程度だろう。この道に人が往来する時といったら、近所の小学校の下校時間くらいである。当然犯罪率も少なく、あるといったら空き巣程度だ。



 そう考えると、寺営業のほうはやりやすいのかもしれない。



「周さんも、不良の乱闘とかは考えてないみたいです」周さんとは、今住職と話している上司である。「でもなんか、物騒ですよね、最近この街」






「まぁな。こないだは女の子が歩道橋から車の群れに落ちたし」







「そうそうそれですよ。あれ、自殺じゃないんでしょ?周さんに聞きました」



「殺人未遂だよな、そうだとしたら。やだなァここがそういうふうになるのは」



「でもそういうのって、重なるもんなんですよねぇ。不思議なことに」




『不思議なのはお前の頭の中だよ』と口に出そうとしてやめた。


 辻は予想よりずっと、頭がいい。知識も豊富で理解力も早い。それは日常に反映できないから馬鹿だけれども。


 きっと言わなくても分かってくれるだろう、俺の普段の言動で。そうこの馬鹿には願っている。


 最後に、辻はのほほんとした声で言った。






「俺達、何か起こった後しか何にも出来ない愁傷な身分ですもんねぇ」





これくらい呑気な物言いが出来るくらいが、ちょうどいいのかもしれない。




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