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天の邪鬼と猫かぶり  作者: 陸一じゅん
三章:語り部の日常を盗撮
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ノイズだらけのカセットテープ



チカチカとする視界に、凛は光る瞳を抑えるように手を当てた。



 空が赤い。夕日では無い、朝日だ。この暁の中なら、恐らく自分の目も目立たないだろうと、右手を脇に下ろした。


 高台からは、あの男がゆっくりとこちらに上ってくるのが見える。

 青島草平。

 三十八歳の国語教師。かつての自分の担任だった男である。そして、凛が学校から追い出した男だった。

 いや、実際手を下したのは学校側だ。凛はその原因にすぎなかった。

 セイレーンという力が、凛にはある。

 自覚したのは十四歳、中学二年の時。二年前だ。それは基本的に『人に愛される』能力だった。凛が自覚する少し前、中二の夏まで青島は担任だった。

 見方を変えれば―――そう。うっかり凛の能力に飲まれた犠牲者である。

 凛は最初で最後、彼を犠牲にしてこの能力を自覚し、制御できるようになった。

 凛にとってそれは哀れだと思いつつも、大した問題では無い。

 この数年でわかったことだ。


 ―――セイレーンは、漏れ出した程度では誘えない。

 つまり、この男は少なくとも心の奥で、そういったことを考える人間側だったということだ。セイレーンはきっかけに過ぎない。この男は、自分の意思でそういったことをする、または考えていた男だった。

 ゆっくりと瞬きをする。それだけで凛は自由に瞳の色を変えられるようになっていた。

「お久しぶりですね、青島先生」

「・・・・・ああ」



 ――――二年前より老けている。

 顔全体がたるんでいた。余った皮が深い皺を刻んでいる。疲れたような顔はしかし妙に脂ぎっていて、呪いの分を差し引いても、凛には十二分に不快に見えた。

 顔色は変わらないが、そわそわと落ち着かない様子で、青島はその場を見渡す。この男は二年の間に、すっかり小心者になったらしい。二年前はその場の勢いがあったとしても、随分と大胆だった。むしろ大胆すぎた。失敗から少しは学んだのだろう。



 青島は背は低いが、その分横に大きい筋肉質な体格をしている。柔道の有段者、との噂だった。

(・・・・・まぁ確かに人を押さえつけるのは上手かったよな)

 噂は真実だ。凛は身を持って知っている。別に寝技だけが得意なわけではないだろうが。

 どうも、こんないつ人が来るかも分からない場所ではなく早く屋内に入りたいような様子だが、それでは意味がない。

 ・・・・さて、問題なのは。 こいつがそういう趣味の人間だとして、守備範囲はどれほどのものか、ということだ。凛は同世代にしては細い方だとはいえ、この男同様、この二年間の成長期の間で様子も変わっている。


 ――――だが。(・・・・まぁ関係無いか。)

 こちらはもう二年前とは違う。その程度、問題では無い。

 凛が大切なのは妹だ。

 両親は共に健在だが、凛にとっての家族は妹だけだった。


(それが――――今度は妹だって?)



 人魚は魔法使いに呪いをかけられました。

 まわりはずらりと並ぶ何かです。人は人に見えません。

 ただの何かに見えました。

 魔法使いはこれを魔法だと言いました。


 人魚は幸せになるために魔法使いに頼んだのです。



 ――――――どうかどうか、あの地を踏む足がほしい。あの人と踊る足がほしい。



 こんなことなら足なんて要らなかった。

 こんなことになるのなら。こんなに苦しむのなら、ただ変わらず、全部忘れて、離れて静かに暮らして居たらよかったのに。

 何故あの子は、妹は足なんて望んだのか。

 尾ひれでいいではないか。

 踊れなくとも、波を感じながら泳げれば。

 それでいいじゃないか。

 くやしいくやしい。

 何故彼女は自分などに会うために、そんなもの望んだんだ。

 彼女は足の代わりに尾ひれを、水中で息をするためのエラを亡くしたのだ。

 たった一人の兄妹だ。それなのに。

 それのために呪いなんて二人揃って掛けられて。

 二年経って、ようやっとなんとかなるようになったんだ。

 それが。そんな時に。

 お前があいつの王子様?

 あいにく、俺の眼にはお前は人じゃない。化け物に見えるさ。

 お前が妹に愛される?馬鹿を言うな。妹も同じ目を持ってるんだ。



 せいぜい偽物に騙されればいい。

 今の俺は妹の贋作だ。そんなものでも満足できるんだろ。

 セイレーンに引っかかったのが青島だったのも、青島が妹の学校に赴任してきたのも、たまたま妹がそこの生徒だったのも、青島に眼を付けられたのも、全部が全部偶然だ。

 いや、もしかしたらこれも魔法使いの呪いなのかもしれない。しかしそれでもいい。

 凛が妹を守るためにこうすることは、どちらでも変わらない。



 ――――全部が終わったら、魔法使いに感謝してやるよ。

 この魔法が、力があって良かったと始めて思った。

 人相手ではなく、化け物相手なら。そしてセイレーンの力があったから。

 皮肉にも、こうして妹を守る術があることが嬉しかった。




 餌をまく。



(青島が俺を掻き抱いた。息が荒い。相変わらず、タガが外れると妙に大胆だ。先程までは落ち葉の音にも、肩を揺らしていたくせに。)



 近づいてきた魚の首を、思いっきり取った。



(襟首をつかむ。肉厚の腹に膝が沈んだ。)




 押す。




(落ち葉に滑り、青島は足を折った。バランスを崩す)




 その先には、つらづらと続く、階段が―――――――・・・・・











(西の空に残った星が、綺羅綺羅と輝いていて――――)





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