表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
天の邪鬼と猫かぶり  作者: 陸一じゅん
二章:兄の王子様抹殺計画
10/35

魔法使いを呪う少年





「・・・・・ちょっと、ねぇ」



 梓は声と共に肩を揺さぶられて目を覚ました。寝惚けたままの頭のまま、かろうじて目の前の人影を視界に入れて起き上がる。

「起きた?」人影は、梓の顔を覗き込んで首を傾けた。傍から見ると、キスをしているように見えるかもしれない。

『・・・・おはよぅごぜいます』

「・・・・君のお友達、行っちゃったよ」

 ぼやける視界に、梓は傍らの眼鏡を手に取った。

「いいの?君のこと、ばれちゃったみたいだけど」



 梓の横に腰を下ろした少年は、呆れを滲ませ体の前で腕を組む。梓は寝癖の付いた頭を掻き掻き、少年を見やった。

『何、見てたの。君、霊感少年?』

 瓜実顔に色白の、中性的な雰囲気の少年だった。一見は黒い髪に黒い瞳の典型的な日本人に見えるが、どこか浮世離れした異国風の雰囲気もある。生来のはずの黒があまり似合っていない。

「・・・・まぁね。はじめまして、小嶋凛っていいます」

『絶賛幽体離脱中、山崎梓十六歳です』


 自己紹介した少年に梓はこんな感想を持つ。

(・・・・あら美人さんだわこの子)

 右手を差し出すと、淡々と真っ黒の瞳でこちらを見てくる少年は、小さく笑って梓と右手を交わした。



『―――――まーばれたらばれたで、別にいいんだよね。ボク、いっちども藍ちゃんに自分が死んだなんて言ってないもん。

 あの時、撥ねたのも轢いたのも、軽自動車だったしさ。足は骨折したし、打撲もしたし、頭も打ったけど、そう大したもんじゃぁないの。内臓は無事だったし、背中は打たなかったから後遺症も無いし、信号があったからスピードも出てなかったし、何より処置が早かった。現場からこの病院すぐだし。不幸中の幸いってやつ?』

「自覚してるんだ」


 梓はあくまで楽観的に笑い飛ばす。凛は僅かに驚いた。

(・・・・恐怖は無いのか?)

 あの高さから走る車の群れに落ちて、さらに体から離れて。あの場を最初から最後まで、しっかりとこの目で見ていた凛は、まじまじと彼女を観察するように見つめた。

『あとは体が目が覚めるのを待つばかりよ。あと二、三日はかかるでしょ。もうこうなったら、霊体って言うのを活用しようと思ってサ』

「何かやりたいことでも?」

『まぁ別に、体あっても出来ることだよ。やろうと思えば。・・・・でもさぁ、ほら、君みたいな人じゃないと認知されないって、そうないじゃん?』

「幽体離脱って、そんなもんなの?」

『ボクはそうだった。・・・・見えたのは君と、あの坂城って子だけ』

 恐らく―――梓には、体が『起きる』その時は分かるだろう。大丈夫だという、根拠のない自信があった。


 体は安全だ。またもう一度、あの足で立って歩く時が来る。そしてそれはそう遠いものではない。それまでに・・・・『犯人探し』をしよう。梓は眼がさめるまでのプランを頭に描く。

 藍は今、梓にとって最大の容疑者だ。彼が素直で真面目な人間ということは知っている。しかし、動機など、被害者である自分には推し量れないのだ。




「・・・・・わっるい顔。今キミ、すっごい悪人ヅラしてるよ」

『あらやだ』

 右手で口元を押さえておどける。現実離れした雰囲気を持つ少年に、梓は少し興奮していた。

『・・・・なんでボクに話しかけたの?』

「教えてあげた方がいいかなってお節介と興味。俺、君見てちょっとびっくりしちゃった」

『え?』

 凛は人差し指を口の横に立てて目を細めて笑った。

「・・・・・山崎さんがちゃんと人間に見えたから」

『・・・・どういう意味?』

「そのまんまの意味。俺、妹以外は人間に見えない人なの」

『・・・・』

 梓は一瞬、動きが止まった。『・・・・特殊な趣味の人?』

 その反応に凛はまた笑う。

「性的対象じゃなくて。シスコンは認めざるを得ないけど」

『へー・・・・そっかぁ」

「うん」

『仲いいの?』

「・・・・うーん。微妙。でも喧嘩はしたことないな、似たもの同士だから」

 ふと、凛は藍達が消えていった通路を見る。

「うちの妹、可愛いよ」

『まぁ、君の妹なら可愛いだろうなって予想が付くよ』

「・・・・ふふ」

 満足そうに凛は立ち上がり、梓の前に立った。驚いたように梓は凛を見上げる。

「ねぇ、俺も今、ちょっとしたこと計画中なんだ」

『・・・・・』

 何故だか口をはさむのを憚られて、梓は黙ったまま凛を見つめ返す。凛は無表情だった。

「久しぶりに人間が見れて嬉しかった。だからキミに話しかけたんだ。俺、本当に妹以外は人に見えないんだよ。何故だろう?今の君は幽霊だからかな」

 淡々とした口調で凛は続ける。

「これは呪いだから、もうすっかり慣れてたはずだったんだけど。ちょっと嬉しかったんだ。俺も自分で自分にビックリだよ。さて、山崎梓さん、」

『・・・・・』




「犯行予告します。俺、小嶋凛は明日、化け物を一人倒します。その後、俺達兄妹に呪いをかけた魔法使いを殺しに行きます」





 梓は今度こそ金縛りを受けたように硬直した。

「さて――――俺は化け物を倒したら貴方にわかる方法で伝えましょう。化け物を倒すのは最優先事項なので、魔法使いは絶対にその後になります。もし、貴方が魔法使いなら、貴方はどうなるかわかりますか?」



 凛は梓に人差し指を突き付けた。

「次に会うときは、君が魔法使いだった場合と、君の体が目が覚めた時に、俺が会いに行く場合。約束しよう。君の体が目覚めたら、俺は必ず君に会いに行く。違った場合の時は謝罪させてほしい」

 それだけ言うと、凛は一歩後ろに下がり、眺める様に梓を見てから、呆然とした彼女を置いたまま出口に歩き出した。外はすでに暗い。


「じゃーね」

 最後の一瞥。その一瞬で見えた瞳の色に、梓は跳ね上がるように椅子を蹴った。

 病院の明るい照明がはっきりと照らしだした。あの浅黄色―――薄い青の瞳。

 梓は凛の腕をつかもうと手を伸ばす。

「―――――あ」

『――――っな』

 するりと梓の手は空を掻いた。凛はすり抜けた自分の腕を、梓をと見ると、顔をしかめてまた歩き出した。


『っ待って!待ちなさいよ!』

『ちょっと待って!』

『アンタでしょ!私をあそこから落としたの!』

『ねぇ!アンタのその眼、覚えてんだから!』

『ねぇちょっと!』

『待てって言って―――』

 凛はもう一度も振り返らなかった。





 追いかけることも考えたが、頭をよぎった考えに梓は足を止めざるを得なかった。

(もし追いかけたとして、この体で何が出来る?)

 彼は何だ。自分がその『魔法使い』とやらだと思ったから落としたのか?だとしたらとんだ人違いだ。迷惑も甚だしい。

 どういうことだ。何故自分はその『魔法使い』とやらと間違えられた。何故彼はそう思ったんだ。

 自分は何かしたのか?『呪い』って、なんだ。

(―――呪い?)

 まさに、自分のこの状態もある意味では、呪いのようではないか?

 自然の中ならまだしも、人工的な灯りの多い街中では星など見えず、いつもどんよりと霞がかった紺色の空が広がっている。その様子は感動などには程遠く、ただ不安になるだけだった。

 誰にも見えない。聞こえない。触れられない。

 戦慄する。





 そこで初めて、猫被りの少女は本気でこの状況を自覚し、恐怖した。

(・・・・・どうしよう。私、独りぼっちだ)





小嶋 凛

人魚。シスコン。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ