うちの子が勇者らしいので、近所の友達パーティーで魔王城へ行ってきます
エリザは激怒した。
「この子は、本当に伝承の勇者なんですか?」
「ええ……伝承の印と一致しています」
神官は目を輝かせながら、エリザに抱かれている赤子――ダンを見た。
ダンの額には、複雑な模様の痣が浮き出ている。それが伝承にある勇者の印そのものらしい。
その痣は生まれつきのもので、村では大きな噂になっていた。その噂を聞きつけ、わざわざ町から神官がやってきたのである。
「この子は十六歳になったら、優秀な仲間とともに、六人で魔王討伐へ向かうことになります」
「そんなことをさせるために、この子を産んだんじゃありません!」
「そういう運命なのです。どうか受け入れてください」
神官は、エリザを宥めるように言った。
エリザは黙って、しばらく考えた。
「……分かりました。私が魔王を討ち取ってきます」
「はい? なにを言っておられるのですかな?」
「私はSSSランク冒険者の武闘家であり、魔法使いです」
「風の噂で、SSSランクの冒険者が突然引退したとは聞いていましたが……なぜこんな村に?」
「妊娠を機に、地元の村に戻ったんです」
エリザはさらっと言った。
「魔王城の近くには、何度か行ったことがあります。ですが、魔王を倒すと伝承とは違ってしまうのではないかという話になり、そのときは倒さずに引き返したんです」
「……倒せるかもしれないのに、あえて倒さなかったと?」
「ええ、まあ、そういうことになるかもしれません。ですが、こんなことになるなら、あのとき倒しておくべきでした」
神官は呆れたような目でエリザを見た。
どうやら、エリザがいい加減なことを言っていると思ったらしい。
「この子が十六歳になるまでに、魔王は討伐しておきますので。安心してくださいね」
エリザはにこっと微笑んだ。
神官は複雑な顔で町へ戻っていった。
その後、エリザは森へ行っていた夫のクリフに事情を話した。
「魔王を私たちで倒さないと、この子が十六歳になったら勇者として旅立たなきゃいけないみたい」
「よし、分かった! じゃあ、いつ出発する? アイツらにも声をかけないとな」
「とりあえず、みんなで話し合いましょう」
その夜、ダンをエリザの両親に預け、エリザ、クリフ、そしてかつての仲間であるドミニク、サラ、エドガー、シンシアの六人が集まった。
エリザが引退した後、仲間たちも次々と村へ移り住み、今では全員がご近所さんになっていた。
エリザは、武闘家兼魔法使い。
クリフは、斧使い兼魔法使い。
ドミニクは、盾使い兼魔法使い。
サラは、槍使い兼魔法使い。
エドガーは、魔法使い。
シンシアは、弓使い兼治癒魔法使い。
リーダーだったエドガーが口火を切る。
「まさかダンが勇者様とは驚いたな」
「勇者の役割をダンに押し付けるのは可哀想よ。大人の都合を子供に強制するのはよくないわ」
「たしかに、それもそうだ」
皆が頷いた。
「魔王城の手前まで行ったのに、どうして引き返しちゃったのかしらね」
シンシアが記憶を辿るように言った。
「いろいろ理由はあったんだよね。伝承と違ってしまったらまずいんじゃないかとか、魔王を倒した後の世界のバランスがどうなるか不安だったとか。面倒なことに巻き込まれそうだったしさ」
エドガーが苦笑する。
エドガーは根が真面目で、とても心配性な男だった。考えすぎだと言われるほど慎重だが、だからこそ仲間たちは、エドガーの判断を信頼していた。
そのエドガーが「魔王討伐後が心配だから、今はやめておこう」と言ったので、皆は従ったのだった。
「まあ、とりあえず倒せばいいんだろ? 後のことは後で考えようぜ」
ドミニクが太い腕を回す。
「久しぶりの戦いで、少し楽しみです」
サラの目は、すでにぎらぎらと輝いていた。
皆、村での平穏な暮らしは気に入っていた。
だが同時に、久しぶりに戦いたくもあったのだ。
「私の転移魔法は、魔王城の近くにも飛べるようにマーキングしてある。だから一か月……いや、二週間くらいで魔王城に行けるんじゃないかな」
エドガーが簡単に日数を試算する。
「二週間くらいなら、両親にダンを預かってもらえるかも!」
エリザは安心したように笑った。
「じゃあ、明日は準備日として、明後日の朝に出発しようか」
「オッケー」
皆が軽やかに返事をした。
そして、それぞれの家へ戻っていった。
二日後。
村の外れに、六人が集まった。
本格的な装備をまとうのは久しぶりだった。
「よし、みんな集まったな。じゃあ、早速転移魔法を使うよ」
エドガーは慣れた様子で転移魔法を発動させ、六人はあっという間に魔王城の近くまで飛んだ。
「なんか、この感じ久しぶりだね」
「一年半ぶりくらいかな?」
皆、前線からは離れていたが、日々の鍛錬は習慣として怠っていなかった。
余計な戦闘を避けるため、六人は舗装された道ではなく深い森を進んだ。魔物に気づかれないよう、気配を消して進んでいく。
やむを得ない時だけ、静かに魔物の息の根を止めた。
数日、野営をしながら進むと、開けた荒野に出た。
「あれじゃない? やっと見えてきたわね」
魔王城は、遠くの崖の上に禍々しくそびえ立っていた。
「グワァー! 人間がいるぞ!」
さらに魔王城に近づくと、守備隊のような格好をした魔物が叫んだ。
その瞬間、シンシアの放った矢が魔物の頭を吹き飛ばした。
「さあ、どんどん前に進もうか」
先ほどの声を聞いて魔物たちが集まってきたが、六人はそれぞれ、さくさくと倒していく。
魔王城に入ると、冷たい空気が流れていた。
意外にも魔王城内は品の良い造りになっており、精巧に作られた黒い銅像は、今にも動き出しそうだった。
「……どうやら魔王は趣味が良さそうだ」
エドガーが呟く。
「ははは、お前たちのことは覚えているぞ。前に城の近くまで来て、怯えて尻尾を丸め、間抜けな顔で逃げ帰った奴らだな」
先ほどの魔物たちよりも強そうな人型の魔物が、階段から降りてきた。
「我は四天王が一人、トルティード・バルガス。お前たちなど八つ裂きにしてやる!」
クリフが高く飛び、斧を振り上げた。
トルティード・バルガスの頭が転がる。
「……私は四天王の中で一番弱い。貴様らなど、他の四天王の足元にも及ばない……」
そう言って、トルティード・バルガスは不気味な笑みを浮かべ、砂になった。
「どうやら四天王がまだいるらしい。少し気を引き締めて進もう」
エドガーは周囲の気配を探りながら言った。
その後、残りの四天王が三人、次々と立ちはだかった。
一人目はドミニクが盾で弾き飛ばして潰し、二人目はエドガーが魔法で燃やし、三人目はエリザが蹴り飛ばして倒した。
大量の魔物軍団も現れたが、サラの広範囲魔法でまとめて消し飛ばした。
そして魔王城の奥にたどり着くと、大きな広間が広がっていた。
中央の巨大な玉座には、魔王が座っている。
「お前たち、よくここまでやってきたな。褒めてやろう。だが、生きては帰れぬぞ」
「――竜巻よ、敵を包め!」
エドガーが風の魔法を魔王にかけた。
突風が魔王を中心に吹き荒れる。
「ぐぐ……なんだこれは、動けん!」
「魔王を閉じ込めた! みんな、一斉攻撃!」
六人は、それぞれ溜めていた力を解放し、魔王に叩き込んだ。
そして――。
あっという間に決着がついてしまった。
魔王がいた玉座には、塵だけが残っていた。
「終わったのか……」
クリフが呟いた。
あまりにもあっけなく終わってしまったため、その声はどこか寂しげだった。
「二週間どころか、一週間もかからなかったわね……」
「ごめん。多く見積もりすぎた」
「まったく、エドガーは心配性なんだから」
シンシアはくすりと笑った。
「ははは。さて、帰るか。汗をかいたから水浴びをしたい」
ドミニクは額の汗を腕で拭った。
「だめよ! 宝物庫を見てからじゃなきゃ」
「そうだわ! お宝、お宝!」
女性陣はうきうきと宝物庫を探し始めた。
その間、男性陣は反省会をしていた。
ドミニクが腕を組んで唸る。
「……我々は、あまりにも強くなりすぎたな」
「エドガーが心配性だから、みんなを鍛えすぎたんだよ」
「あまりにも手応えがなかったな……」
エドガーはふうとため息をついた。
「これから私は、まず王都へ魔王討伐の報告に行こうと思う。誰か一緒に行くか?」
「パス。エドガーにすべて任せた」
「俺もそういうのは苦手だからな」
クリフとドミニクが当たり前のように首を振り、エドガーは苦笑した。
そこへ、エリザ、サラ、シンシアが、両手いっぱいに宝石や財宝を抱えて戻ってきた。
「あっちにたくさんあったわよ! アイテムボックスに入りきらなかった!」
「そうなの! まだまだあるの!」
「よし、じゃあ俺たちも少しもらっておくか」
男性陣も宝物庫へ向かい、気に入ったものをいくつかアイテムボックスに入れて持ち帰った。
村に戻った後、エドガーはすぐに王都へ報告に向かった。
こうして、世界中に魔王討伐の知らせが広まったのだった。
そして後日。
あの神官が司祭を連れて、再び村にやってきた。
エリザは二人を家に迎え入れ、魔王討伐のメンバーも同じ席についた。
「このたびは、魔王討伐まことにありがとうございました」
二人は深々とお辞儀をした。
「これでこの子は、勇者にならずに済むんですよね」
エリザは真剣な目で神官を見る。
「ええ、そのことですが……」
司祭がにこにこと微笑んだ。
「実は本当の伝承は、一般的に知られている内容とは少し違うのですよ」
「違う?」
「はい。正しくは、『額に複雑な痣を持った赤子が生まれた時、六人の勇者が立ち上がり、魔王を倒す』という内容なのです」
六人はぽかんと口を開けた。
「お恥ずかしい話ですが、神官たちの間でも、長年誤って伝わっていたのです。つまり、伝承通りでした」
「……私たちが?」
「はい。六人の勇者様です」
赤子のダンは楽しそうに笑い声を上げ、ぱちぱちと手を叩いた。




