第8話 水のある場所
朝霧が、ゆっくりと引いていく。
焚き火の残り火を足でならしながら、俺は周囲の地面に意識を向けていた。
夜を越えたことで、この場所の“癖”が、少し分かってきた。
――流れは、素直だ。
魔力は濃い。
だが、暴れてはいない。
「……なあ、レイ」
グランが、空を見上げながら言う。
「ここ、長居できるな」
「ああ」
即答だった。
「少なくとも、昨日みたいに死にかけることはない」
ミリアが、小さく息を吐いた。
「よかった……」
その声には、はっきりと安堵が混じっている。
昨日までは、ただ逃げるだけだったのだろう。
「今日は、水を探す」
俺が言うと、二人がこちらを見る。
「川か?」
「地下だ」
地表に流れは見えないが、地脈の下で冷たい流れが動いている。
それも、かなり近い。
「ついてこい」
俺は歩き出す。
草を踏み、岩場を抜け、わずかに傾斜のある場所で足を止めた。
「ここだ」
ミリアが、不思議そうに首をかしげる。
「……ただの地面ですよ?」
「掘れば分かる」
グランが斧を振るい、表土を削る。
数回も振り下ろさないうちに、湿った感触が伝わった。
「……出たぞ」
土の下から、澄んだ水が滲み出す。
「すごい……」
ミリアの声が、弾む。
飲めるかどうか、慎重に確認する。
地脈の流れは清い。毒性はない。
「問題ない」
そう告げると、ミリアは両手で水をすくい、そっと口をつけた。
「……冷たくて、おいしい」
その表情を見て、胸の奥が少し緩む。
生きるには、水が要る。
それだけで、この場所は“拠点”になる。
「……なあ」
グランが、真面目な顔で言った。
「お前、本当に戦えないのか?」
「できない」
俺は首を振る。
「でも……」
彼は、水脈を見つめる。
「これができるなら、十分だ」
否定できなかった。
昼までに、簡単な囲いを作る。
枝と蔓を組み、雨除けになる程度の屋根を張る。
ミリアは、器用に蔓を編み、結び目を作っていった。
「……慣れてるな」
「昔、村で……」
言いかけて、口を閉ざす。
深くは聞かない。
ここでは、過去より“今できること”の方が大事だ。
昼過ぎ、不意にミリアが動きを止めた。
「……来ます」
「何がだ」
彼女は、目を閉じる。
「魔力が……揺れてる。さっきより、荒い」
俺も、地脈を探る。
――確かに。
遠くで、流れが歪んだ。
「魔物か」
「……多分。でも、昨日のとは違います」
ミリアの声は、震えていない。
「数は……一体」
「位置は分かるか」
「……あっち」
彼女が指差した方向は、谷の奥。
俺は地面に手を当てる。
「ここには、入れさせない」
地脈を、わずかに“押す”。
道を、ずらす。
しばらくして、低い唸り声が聞こえたが、近づいては来なかった。
やがて、気配が消える。
「……行った」
「……すごい」
ミリアが、目を輝かせる。
「私、初めて……役に立った気がします」
「最初から、役に立ってる」
俺は、はっきり言った。
「気づけるのは、才能だ」
彼女は、驚いたように目を見開き、そして、少し照れたように笑った。
夕方、拠点は形になった。
水があり、魔物が寄りつかず、夜を越えられる場所。
王国の地図には、載らない。
だが――
「……ここ、好きです」
ミリアが、ぽつりと言う。
「ああ」
俺も、同じだった。
価値がないと捨てられた山奥で、
俺たちは、確かに“生きている”。
そして、この場所は――
少しずつ、居場所になり始めていた。
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