第3話 同じ馬車に乗る者たち
馬車は、思っていたよりも粗末だった。
屋根はあるが、横は布切れ一枚。車輪が石畳を離れた瞬間から、揺れが激しくなる。
乗せられたのは、俺を含めて五人。
誰も自己紹介はしない。
互いに、聞かなくても分かっている。
追放者だ。
正面に座るのは、痩せた中年の男。服は元商人らしく上等だが、袖口は擦り切れている。
その隣には、俯いたままの若い女。僧衣の名残のような布を身にまとっていた。
向かい側には、無言の大男。
鎧はなく、筋肉だけがやけに目立つ。
最後の一人は、年老いた男だった。白髪で、背を丸め、杖を抱えている。
馬車が王都の門をくぐると、誰かが小さく息を吐いた。
「……終わったな」
中年の男だった。
「王都暮らしも、ここまでか」
誰も返事をしない。
返す言葉が、ない。
「山域送り、だろ?」
男は俺を見た。
「ああ」
「生き残るつもりか?」
一瞬、答えに迷った。
生き残る――その言葉が、まだ現実味を持たない。
「……生きるしかない」
そう答えると、男は乾いた笑いを漏らした。
「立派だ。俺は、正直、覚悟はできてない」
彼は元商人だった。
貴族への献上品に不備があった――という名目で、すべてを失ったらしい。
「失敗じゃない。押し付けだ」
「そういうもんだ」
俺たちは、短く視線を交わした。
僧衣の女が、かすれた声で口を開く。
「……山域って、本当に……」
言葉の先が続かない。
白髪の老人が、ゆっくりと頷いた。
「魔境だ。王国が捨てた土地」
「詳しいんですか?」
俺が聞くと、老人は目を細めた。
「昔、研究で近くまで行った。地脈が絡み合い、魔物が異常繁殖する場所だ」
「……研究者、ですか」
「元、だな」
その言い方で、すべて察せられた。
大男は、ずっと黙っていたが、不意に口を開いた。
「戦えれば、生き残れると思うか?」
低い声だった。
「……分からない」
俺は正直に答えた。
「戦えるやつから死ぬ場所も、ある」
大男は、それだけ言って再び黙った。
馬車は、半日ほど走っただろうか。
景色が変わり始める。
畑が減り、森が濃くなり、道は荒れた。
――地脈が、騒がしい。
俺だけが気づく、微かな違和感。
大地の奥で、魔力が渦を巻いている。
ここから先は、王都とは別の世界だ。
夕刻、馬車が止まった。
「降りろ」
兵士が無感情に告げる。
「……まだ山域じゃないだろ?」
商人の男が言う。
「ここから先は、護送対象外だ」
兵士は、それだけ言った。
周囲は、森と岩場。
道は、ここで終わっている。
「ふざけるな! 約束が――」
「命は助けた」
兵士は馬に跨り、言い捨てた。
「生きていたら、運が良かったな」
馬車は、そのまま引き返していった。
土煙だけが残る。
誰も、すぐには動けなかった。
「……置き去り、か」
商人が呟く。
僧衣の女は、肩を震わせていた。
老人は、静かに目を閉じる。
大男だけが、周囲を警戒している。
俺は、地面に膝をつき、そっと大地に手を当てた。
――荒れている。
だが、死んではいない。
この土地は、拒絶していない。
「……行こう」
思わず、口をついて出た。
全員が、俺を見る。
「ここにいても、何も変わらない」
「どこへ?」
僧衣の女が聞く。
俺は、霧の向こうに連なる山影を見た。
「山の奥だ」
そこが、死地だとしても。
そこが、王国に捨てられた場所だとしても。
――ここから先は、誰の価値にも測られない。
それだけは、確かだった。
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