第18話 最後の交渉
雨は、降っていなかった。
それでも空気は重く、山道を登ってくる足音には、はっきりと焦りが混じっていた。
「……来ました」
ミリアが、拠点の端で呟く。
「二人です。昨日より……ずっと乱れてます」
「だろうな」
レイは畑から手を離し、ゆっくりと立ち上がった。
現れたのは、見覚えのある顔だった。
「……久しいな」
調停官ルーカス=ヴァイン。
その後ろに、見知らぬ神官が一人。
どちらも、昨日までの“余裕”はない。
「今日は、話を聞きに来た」
「今度は“保護”じゃないのか」
ルーカスは苦笑する。
「……協力のお願いだ」
はっきりと言った。
それが、王国の限界だった。
「王都の地脈が、崩れかけている」
「知っている」
「……なら、早い」
ルーカスは、一歩前に出そうとして、止まった。
無意識だ。
この場所に、踏み込みすぎてはいけないと感じている。
「条件を聞こう」
レイは、静かに言った。
「王国は、あなたに――」
「違う」
レイは、首を振った。
「条件を出すのは、俺だ」
ルーカスは、黙って頷いた。
「第一に」
レイは、指を一本立てる。
「この場所への一切の不干渉」
「……承知した」
「第二に」
視線が、ミリアへ向く。
「彼女と、ここにいる全員の完全な自由」
「……保護対象から、外すと?」
「最初から対象じゃない」
神官が、息を呑む。
だが、口は挟まない。
「第三に」
レイは、少し間を置いた。
「協力は、取引として行う」
「……対価は」
「物資。情報。必要に応じて、技術」
ルーカスは、苦く笑った。
「……王国は、随分と小さくなったな」
「元からだ」
レイは、淡々と返す。
「大きく見えていただけだ」
沈黙。
やがて、ルーカスは深く頭を下げた。
「……条件を、受け入れる」
「いい判断だ」
神官が、恐る恐る尋ねる。
「……それで、王都の地脈は」
「整える」
レイは、即答した。
「だが、元には戻さない」
「……なぜ」
「無理な使い方だったからだ」
それだけの理由だった。
ミリアが、そっと一歩前に出る。
「……少しずつ、流れを変えます」
「急げば、また壊れる」
ルーカスは、その言葉を聞き、静かに目を閉じた。
「……分かった」
交渉は、それで終わった。
書面も、署名もない。
だが、これ以上確かな契約は存在しない。
去り際、ルーカスが振り返る。
「一つだけ、聞いてもいいか」
「何だ」
「……なぜ、復帰を望まなかった」
レイは、少しだけ考え、答えた。
「戻る理由が、ない」
「……」
「ここにいる全員が、俺を必要としている」
「……そうか」
その言葉に、嘘はなかった。
ルーカスたちが去ったあと、グランが腕を組む。
「……終わったな」
「いや」
レイは、地面に手を当てる。
「決着がついただけだ」
ミリアが、ほっと息を吐いた。
「……これで、追われませんね」
「ああ」
レイは、彼女を見る。
「もう、誰にも追放されない」
山奥の居場所は、変わらず静かだった。
だが――
世界の方が、変わった。
ここまでご覧いただきありがとうございます。
あと数話で完結になります。
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