第16話 揺れる居場所
夜の焚き火は、いつもより静かだった。
火は燃えている。
人もいる。
だが、誰もが口数少なかった。
昼間の“正式な使者”の来訪が、確実に影を落としている。
「……王国と、敵対することになるのか」
ぽつりと、誰かが呟いた。
レイは、その声を遮らなかった。
こういう言葉は、押さえ込めば余計に膨らむ。
「登録だけなら……安全なんじゃないか」
「子どももいるし……」
反論も、責める声もない。
ただ、不安が言葉になって滲み出ているだけだ。
ミリアは焚き火の向こうで、黙ってその様子を見ていた。
表情は穏やかだが、膝の上で組んだ指先が少しだけ強張っている。
グランが、低い声で言った。
「……正直に言う」
「……」
「俺は、王国が嫌いだ」
「……」
「だが、怖さも知ってる」
元兵士の言葉は、重い。
「力で潰しに来たら、ここは脆い」
「……そうですね」
誰かが、小さく頷く。
その沈黙の中で、レイは立ち上がった。
「一つ、はっきりさせておく」
視線が集まる。
「俺は、誰にも残れとは言わない」
「……え?」
「ここは、守る場所だが、縛る場所じゃない」
ざわ、と空気が揺れた。
「王国が怖いなら、離れていい」
「登録した方が安心だと思うなら、止めない」
「去るのも、選択だ」
ミリアが、思わず口を開く。
「……レイさん」
「大丈夫だ」
レイは、穏やかに続ける。
「出ていくことを、裏切りだとは思わない」
それは、簡単な言葉じゃない。
共同体を作る立場にとって、一番言いづらい言葉だ。
だが――
「俺が守りたいのは、この場所じゃない」
「……?」
「ここで生きようとする意志だ」
しばらく、誰も話さなかった。
やがて、最初に口を開いたのは、子どもを連れた女だった。
「……私は、残ります」
「……理由は?」
「ここは、初めて“選べた場所”だから」
その言葉に、ミリアの目が潤む。
「王国に戻れば、守られるかもしれません」
「でも……選ばれた気は、しません」
次に、元農夫の男が立ち上がった。
「俺も残る」
「……理由は?」
「ここじゃ、働いた分だけ、ちゃんと生きられる」
一人、また一人と声が続く。
だが、全員ではなかった。
「……俺は、出ます」
若い男が、俯いたまま言った。
「怖いんだ。王国に睨まれるのが」
「……分かった」
レイは、即座に頷いた。
「無事に行け」
「……恨んで、ませんか」
「まさか」
レイは、少しだけ笑った。
「生きるための選択だ」
その言葉で、男は深く頭を下げた。
その夜、二人が荷をまとめた。
誰も責めない。
誰も引き止めない。
ミリアは、去る人たちに水と保存食を渡していた。
「……ありがとう」
「生きてください」
それだけで、十分だった。
夜更け。
焚き火の前に残ったのは、レイ、ミリア、グラン、そして選んで残った人たち。
「……減ったな」
「……ああ」
レイは、地面に手を当てる。
地脈は、揺れていない。
むしろ、静かだ。
「大丈夫だ」
レイは、確信を込めて言った。
「ここは、無理をしなければ壊れない」
ミリアが、小さく頷く。
「……私、逃げません」
「知ってる」
グランが、腕を組んだ。
「残った連中は、覚悟がある」
「それでいい」
焚き火が、ぱちりと音を立てる。
人数は減った。
だが、空気は――軽かった。
レイは、思う。
居場所とは、
人を集めることじゃない。
選び合えることだ。
嵐は、まだ終わっていない。
だが――
この場所は、もう揺れない。
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