第15話 正式な使者
昼過ぎ、山の空気がわずかに揺れた。
嫌な予兆ではない。
だが、慣れない気配だった。
「……また、来ます」
ミリアが、畑の縁で立ち止まる。
「一人です。さっきより……整ってる」
「整ってる?」
グランが眉をひそめる。
「魔力の流れが、きれいです。意図的に……」
レイは、すぐに察した。
「“正式”だな」
しばらくして、山道の向こうから一人の男が現れた。
神官服ではない。だが、王国式の礼装。
剣も杖も持たず、両手は見える位置にある。
年は四十前後。
歩き方に、余計な癖がない。
「失礼する」
男は、一定の距離で立ち止まり、深く一礼した。
「私は、王国聖務院より派遣された調停官、ルーカス=ヴァイン」
「用件は」
レイは、簡潔に返す。
ルーカスは、わずかに口角を上げた。
「単刀直入に言おう。――話し合いに来た」
「話すことはない」
「そう言わず」
男は、周囲を見回す。
畑。
水場。
簡素だが、確かに“生活”の痕跡。
「見事だ。正直に言って、驚いている」
「それで?」
「王国は、この場所を“問題”だとは考えていない」
「……ほう」
グランが、低く唸る。
「だが、“管理されていない力”は危険だと考えている」
来た。
「特に――」
ルーカスの視線が、一瞬だけミリアに向く。
「未登録の感知能力者がいるとなれば、なおさらだ」
「名指しは、やめろ」
レイの声が、少しだけ低くなる。
「失礼」
ルーカスは、すぐに頭を下げた。
「だが、これも仕事だ」
「仕事なら、帰れ」
「提案がある」
ルーカスは、一歩も前に出ないまま、言った。
「この集落を、王国の“保護区”として登録する」
「……登録?」
「形式上は、自治」
「実態は?」
ルーカスは、言葉を選んだ。
「定期的な報告」
「立ち入り?」
「緊急時のみ」
誰が見ても、監視だ。
背後で、誰かが小さく息を呑む。
共同体の中に、不安が走る。
レイは、しばらく黙っていたが、やがて言った。
「断る」
「理由は」
「ここは、誰の土地でもない」
「王国領だ」
「地図に線を引いただけだろ」
空気が、ぴんと張る。
ルーカスは、すぐに反論しなかった。
代わりに、静かに言う。
「拒めば、次は別の者が来る」
「脅しか」
「忠告だ」
その言葉は、誠実だった。
だからこそ、厄介だ。
「……レイ」
ミリアが、小さく声をかける。
不安と、覚悟が混じった目。
レイは、彼女に一度だけ頷き、再びルーカスを見る。
「一つ、条件がある」
「聞こう」
「今後、この場所に来る者は――」
「……?」
「力を測るな」
ルーカスの眉が、わずかに動く。
「人も、能力も、数字で測るな」
「……難しい条件だ」
「できないなら、帰れ」
沈黙。
やがて、ルーカスは息を吐いた。
「……持ち帰ろう」
「それでいい」
彼は踵を返す前に、もう一度だけ言った。
「だが覚えておいてほしい」
「何をだ」
「君は、もう一人ではない」
「……分かってる」
だからこそ、譲らない。
使者の姿が、森に消える。
しばらく、誰も口を開かなかった。
「……大丈夫、なんですか」
誰かが、震える声で言う。
「分からない」
レイは、正直に答えた。
「でも――」
地面に手を当てる。
「ここを壊す選択は、しない」
それだけは、確かだった。
この居場所は、
誰かの“管理”のために生まれたわけじゃない。
夕暮れの山に、焚き火の煙が立つ。
嵐は、近づいている。
だが――
逃げる理由は、もうない。
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