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追放された地脈調律士の山奥スローライフ 〜戦わずに魔境を安全地帯にしていたら、王国が慌てて探しに来ました〜  作者: 山奥たける


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第10話 流すということ

 朝の空気は、ひんやりとしていた。


 谷間を渡る風が、草を揺らし、地面の魔力を静かに循環させている。

 レイは、拠点の少し外れで地面に座り、目を閉じていた。


 ――いい流れだ。


 昨日の夜の余波は、もうほとんど残っていない。

 だが、それは自然に収まったわけじゃない。


 整えたからだ。


「……やっぱり、ここは落ち着きますね」


 ミリアが、少し離れた場所から声をかけてきた。

 今日は、逃げるための足取りじゃない。

 学ぶための立ち姿だ。


「無理はしてないか」

「大丈夫です」


 そう言ってはいるが、表情は少し硬い。

 昨日の“揺れ”が、まだ心に残っているのだろう。


 グランは、周囲を警戒しつつも距離を保っている。

 今日は護衛役に徹するつもりらしい。


「……ミリア」


 レイは立ち上がり、彼女の正面に立った。


「まず、覚えておいてほしい」

「……はい」


「力は、押さえ込むものじゃない」

「……でも、暴れると……」

「暴れるのは、流れを止めようとするからだ」


 ミリアは、きょとんとした顔をする。


「止めようと……?」

「そうだ」


 レイは足元の地面に手を当てた。


「この山の魔力は、川みたいなものだ。量が多いだけで、本質は同じ」

「……川」


「堤防で完全に塞げば、決壊する。けど――」

「……流せば、溢れない」


 ミリアの声が、少しだけ明るくなる。


「そうだ」


 レイは頷いた。


「だから今日は、“止める”訓練じゃない。“流す”訓練をする」


 ミリアは、ごくりと喉を鳴らした。


「……私に、できますか」

「できる」


 即答だった。


「もう、できてる」


 ミリアは驚いたように目を見開く。


「昨日、お前は魔物の気配を感じた。でも、引き寄せなかった」

「……あ」


「制御しようとしたんじゃない。距離を取ろうとした」

「……無意識に、です」


「それでいい」


 レイは、静かに言った。


「無意識でできるなら、意識すればもっと安定する」


 少し離れた場所で、グランが腕を組む。


「……難しそうだな」

「力任せよりは、な」


 レイはミリアに向き直った。


「じゃあ、やってみよう」

「……はい」


 ミリアは目を閉じ、ゆっくりと息を吸う。


 最初は、うまくいかなかった。


 魔力が集まりすぎて、空気がざわつく。

 地面の小石が、かすかに震えた。


「……焦るな」


 レイは声を低く保つ。


「流れを“感じる”だけでいい」

「……感じる……」


 数度、深呼吸。


 やがて、空気の揺れが収まる。


「……今」


 ミリアが、目を開ける。


「少し……遠ざかった気がします」

「それでいい」


 完璧じゃなくていい。

 制御とは、成功の積み重ねじゃない。

 失敗しても戻れることだ。


 昼まで、何度も繰り返した。


 集中しすぎて、ふらつくこともあった。

 そのたびに、レイは地脈を軽く整える。


「……すみません」

「謝るな」


 レイは、きっぱり言った。


「ここでは、失敗していい」


 ミリアの肩が、わずかに震えた。


 その言葉が、どれほど重かったか。

 レイには、分かる。


 王都では、失敗は罪だった。

 力を持つことは、管理対象だった。


 だが――


「ここは、俺たちの場所だ」


 レイは、地面を踏みしめる。


「誰にも測らせない」


 夕方。


 ミリアは、はっきりと魔力を“流す”ことができるようになっていた。

 まだ短時間だが、昨日のような暴走は起きない。


「……できました」


 小さな声。

 だが、確かな実感がある。


「ああ」


 レイは、少しだけ笑った。


「立派だ」


 グランが、ふっと息を吐く。


「……これなら、安心して背中を預けられるな」

「え……?」


「冗談じゃねえ。ここは、もう拠点だ」


 ミリアは、レイを見る。


「……私、役に立ってますか」

「ああ」


 迷いはなかった。


「もう、とっくに」


 ミリアは、堪えきれず、泣き笑いの表情になる。


 山奥の夕陽が、三人を包む。


 戦わず、奪わず、

 ただ“流れを整える”ことで生きる。


 そんな在り方が、この世界にもある。


 レイは、確信していた。


 この場所は、いずれ人を呼ぶ。

 そして、ミリアの力も――

 正しく使われれば、世界を変える。


 だが今は、まだいい。


 今日はただ、

 できなかったことが、できるようになった日だ。

本話もお読みいただき、ありがとうございました!


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