第1話 無能と呼ばれた職能
数字で測れない力は、価値がない。
王国では、それが常識だった。
戦えず、目立たず、功績表にも名前が載らない――
そんな職能を持つ主人公は、ある日“温情”という名目で追放される。
だが、捨てられた山奥でこそ、
彼の力は「生きるための最強の力」へと変わっていく。
これは、
戦わず、奪わず、ただ整えることで成り上がる物語。
王都ギルドのホールは、今日も騒がしかった。
剣と鎧が擦れ合う音、魔導書を抱えた魔術師たちの議論、酒の匂いと汗の混じった空気。依頼を終えた冒険者たちが、それぞれの成果を誇示するように声を張り上げている。
壁一面に掲げられた《功績掲示板》には、討伐数、獲得魔石量、魔物ランク――数字が整然と並び、そこに価値が刻まれていた。
その前を、俺は静かに通り過ぎる。
名前は、ない。
いや、正確にはある。だが、掲示板のどこにも俺の名は載らない。
「……またあいつか」
背後から、ひそひそと声が漏れた。
「戦えないのに、よくギルドに居座れるよな」
「数値が出ない職能なんて、無能も同然だろ」
聞き慣れた言葉だった。耳に入っても、今さら胸は痛まない。
俺はフードを目深にかぶり、受付カウンターへと向かう。
「調査報告、提出します」
木製のカウンターに書類を置くと、受付嬢のリナが顔を上げた。
まだ若いが、仕事は丁寧で、誰に対しても態度を変えない数少ない人物だ。
「あ、ありがとうございます。今回の地下水脈の変動、助かりました」
「……そうか」
短く答えると、リナは少し困ったように笑った。
「上の方は難しい顔してましたけど、私はすごいと思いますよ。地脈の流れをここまで正確に――」
「やめてくれ」
俺は小さく首を振った。
「評価されないことを、わざわざ口にしなくていい」
彼女は一瞬、言葉を詰まらせ、それ以上何も言わなかった。
それでいい。期待されないことには、もう慣れている。
俺の職能は《地脈調律士》。
大地を流れる魔力の偏りを感じ取り、整える――ただそれだけだ。
戦えない。
魔物も倒せない。
数字にもならない。
王都では、それは「役に立たない能力」だった。
今回の依頼もそうだ。
辺境に近い鉱山で魔物が異常発生した原因を調査し、俺は地脈の乱れを報告した。放置すれば、いずれ大規模崩落が起きる――そう、何度も警告した。
だが、上層部は聞かなかった。
「時間がない」
「討伐すれば済む」
結果、地脈は暴走し、魔物はさらに増え、討伐隊は撤退を余儀なくされた。
そして――責任は、俺に押し付けられた。
「おい」
背中に乱暴な声が投げつけられる。
振り返ると、元パーティの戦士が腕を組んで立っていた。
「ギルド長がお呼びだ。会議室に来い」
「……分かった」
周囲の視線が、一斉に集まる。
同情はない。あるのは、確信だ。
――ああ、来たな。
石造りの会議室は、冷えていた。
長机の向こうに座るギルド長と、貴族役人の無表情な顔。
「今回の鉱山案件についてだが」
ギルド長は、書類をめくりながら淡々と告げる。
「君の報告に重大な不備があったと判断した」
「不備?」
思わず声が漏れた。
「地脈の安定化は可能だと、そう記されている」
「……そんなことは書いていない」
書類を示され、俺は言葉を失った。
確かに、そこには俺の署名がある。だが内容が違う。
「これは、改ざ――」
「十分だ」
貴族役人が遮る。
「結果がすべてだ。討伐は失敗し、多くの損害が出た。誰かが責任を取らねばならない」
視線が、真っ直ぐ俺に向けられる。
「君は戦闘にも参加せず、判断を誤った。――そういうことにしておこう」
抗議の言葉は、喉で凍りついた。
ここで何を言っても、無駄だ。
「処分だが……」
ギルド長は一瞬、慈悲深い表情を作った。
「死罪は免除する。温情だ」
「……温情、ですか」
「王都を離れ、辺境の山域へ移ってもらう。追放という形になるが、命は助かる」
追放。
その言葉が、静かに胸に落ちた。
怒りは湧かなかった。
悲しみも、もう薄い。
ただ一つ、はっきりしたことがある。
――ここに、俺の居場所はない。
会議室を出ると、廊下はやけに長く感じられた。
誰とも目が合わない。
受付カウンターの前で、リナが立っていた。
「……聞きました」
彼女は小さな袋を差し出す。
「少しですけど、保存食と……護符です」
「ありがとう」
それ以上、言葉はいらなかった。
ギルドの扉を押し開けると、外は眩しいほどの昼光だった。
剣を掲げて笑う冒険者たちの向こうで、俺は静かに歩き出す。
王都を背に。
価値を測られ、切り捨てられた場所を背に。
そして――
山奥へと続く、名もなき道へ。
本話もお読みいただき、ありがとうございました!
少しでも続きが気になる、と感じていただけましたら、
ブックマーク や 評価 をお願いします。
応援が励みになります!
これからもどうぞよろしくお願いします!




