第15章 拘束
西の外れで六基目の受信柱を修復した直後、空が裂けた。銀色の亀裂から三隻の降下艇が速度を落としながら現れる。ハッチが開き、灰鋼色の装甲をまとった兵士たちが姿を現した。肩章には〈アルガンタ〉の紋章が刻まれていた。
「動くな。武器を下ろせ」
鋭い命令が響き渡る。銃口が正確に彼らに向けられた。
トゥロはユキの前に出て短剣を収め、ノーランは両手を上げた。ユキは掌を見せる。
「テレポート信号の発信源を確認。対象は三名。拘束、搬送せよ」
指揮官が端末付きの腕輪に触れると、三人の足元に細い輪が出現し、足首を締め付けた。逃げ場はなかった。
三人は降下艇の貨物室に押し込まれた。ドアが閉まり、船体が震えて加速する。彼らはハイパースペースを通って別の銀河基地へと運ばれていった。
中央管理局
到着したのは軌道上の巨大なステーション〈中央管理局〉だった。多種族対応の多層ハンガーに降ろされ、検問ゲートを通過し、手首に識別タグを装着されたまま「一時収容区」へ送られる。
透明な壁で仕切られた房の中には、簡素な寝台と給水口だけがあった。隣の房では、目玉が全方位に回転するスライムのような丸い生物が跳ね回っている。別の房には、石のような皮膚を持つ巨人が無言で座っていた。
「ねえ、名前は?」ユキが声をかける。
「ポム」丸い生物が短く答えた。
さらに隣では、長い手足を持つ囚人が延々と体操のような動きを繰り返していた。警備兵は干渉しない。
「落ち着け」ノーランが低く言った。「まだ俺たちの情報は照合されていない」
「でも、隠すような秘密なんてないじゃん」ユキがつぶやく。
「ある」トゥロが短く言い切った。「だが焦っても意味はない。これからどうするか考えるべきだ」
ユキは目を閉じ、意識をシャエルへ伸ばした。
(シャエル、聞こえる?)
(聞こえる。お前の気配が遠くに消え、二百五十万光年先で再び現れたのを感じた。どこにいる)
(宇宙だよ。大きな管理の中心。大丈夫、偶然テレポートしてここに来ちゃったの。今はトゥロとノーランと一緒に旅をしてる)
(わかった。だが忘れるな。王――お前の父が戻るときには必ずここにいなければならない)
(うん、すぐに戻るから)
ユキは目を開け、かすかに笑った。
取り調べ
やがて二人が現れた。一人は情報入力用の端末を持った職員、もう一人は黒い制服の親衛兵。取り調べ中の警戒役だ。
「尋問だ」
三人は机と椅子、端末しかない部屋へ連れて行かれた。尋問官が座り、無表情に言った。
「名前を」
「トゥロ」
「ノーラン」
「ユキ」
「年齢は」
「十一」
「十二」
「十二」
「出身世界。座標を」
「座標はわからない。ただ、世界の名は地球だ」トゥロが答える。
「地球……データなし。説明しろ」尋問官が迫る。
「説明できない。あなたたちの求める座標は知らない」ノーランが冷静に返す。
「テレポートを起動したのは誰だ」
「誰もいない。歩いただけで転送された」トゥロが答えた。
尋問官はしばらく考え込んだ。
やがて画面を見て短く告げる。
「身元不明。危険度低。分類――低危険対象」
親衛兵が何かを囁く。尋問官がうなずいた。
「決定を修正する。宮廷管理局からの要請だ。十一~十二歳の侍従見習い候補が必要とのこと。三名は条件に合致する。中継ステーションを経由し、王家直属惑星〈アウレリア〉へ送致する」
「不公平だ。俺たちは犯罪者じゃない!」ノーランが鋭く言った。
「公平を決めるのは我々だ」尋問官は冷たく返した。
「せめて一通だけ手紙を出させてくれ」トゥロが求めた。
「許可できない」
三人は立たされ、再び房へ戻された。
収容房にて
房の中は変わらなかった。
ユキは横になり、再びシャエルへ意識を送った。
(シャエル、ひとつお願いがあるの)
(いいだろう。何を望む?迎えに行けばいいのか?助けを送ろうか?)
(ううん。人間とエルフの王国に、トゥロとノーランを探すための手掛かりを残してほしいの。私は遠くから意識で会話できるって話したら、仲間に座標を伝えろって頼まれた。でも私にはわからない。知ってるのはあなただけ。助けてくれる?)
(承知した。兵に命じて指示を残そう)
(やった!ありがとう!)
移送
翌朝、照明が強まり、全囚人が列に並ばされた。手首には追跡機能付きの軽いブレスレット。頭上にはドローン、両脇には護衛兵。
「行程:収容所 → シュルーズ → 中継ステーション〈ネアトラス〉 → 惑星アウレリア。現地で審査と配属を行う」
無機質な音声が流れる。
ユキは歩数を数え、ノーランは護衛の人数を確認し、トゥロは扉や鍵の構造を頭に刻んだ。
ドックでハッチが開き、内部には座席と固定ベルトが並んでいた。三人は並んで座らされ、ベルトが締まる。
船が加速し、白い跳躍の通路が開く。跳躍の直前、ユキのブレスレットがかすかに震えた。
ユキは微笑む。トゥロは拳を握り、ノーランは目を閉じた。
船はポータルへ突入した。行き先はアウレリア。物語は、ここから始まるのだった。
輸送船が跳躍を抜け、揺れが小さくなった。窓の外に大きな緑の星が見えた。雲は薄く、海と川がはっきり分かる。
「わあ……すごい。ほんとにきれいな星」
ユキが素直に言った。
「森が多い。水も多い。住みやすそうだ」
トゥーロが短く感想を返す。
「都市の配置が整っている。計画的だ」
ノーランは街の形を追った。
船は高度を下げた。上空から、いくつもの市街地が見えた。白い塔、広い通り、橋、広場の噴水。通りでは子どもが走り、空には大きな鳥が輪を描く。郊外には畑と放牧地。湖は青く、岸辺には低い建物が並ぶ。
「別の世界だね」ユキが窓に額を寄せる。
やがて丘の上に大きな城が現れた。白い石の壁、いくつも立つ塔、長い塀。庭は広く、木がまっすぐに並んでいる。船は城の前の広場に降り、タラップが下りた。緑色の外套を着た衛兵が近づく。
「降りろ。列を崩すな。これより王家の管理下に入る」
三人は目を合わせ、黙って従った。
城と最初の説明
庭は芝と花壇で整えられ、低い噴水が等間隔に置かれていた。道はまっすぐで、どこにもゴミがない。ユキは小声で「おとぎ話みたい」と言い、トゥーロは「客ではない」と短く返した。ノーランは無言で周囲の出入り口の数を数えた。
重い扉の前に女性が立っていた。青いドレス、落ち着いた目つき。
「私はソレイユ。この城の執務を預かる者です。あなたたちは今日から王家の庇護と指示の下に置かれます。働き、学び、規則に従ってください」
広間には同年代の子どもが十数人。簡素な制服で、盆を持つ者、床を拭く者、具合を確認する係。ソレイユが一言添える。
「彼らはここで暮らし、務めを学んでいます。最初はあなたたちも同じです」
その時、金色の外套を着た男が現れた。
「宮廷魔導師ギュスタだ。今日の夕刻、最初の訓練を行う。基本を説明する」
ソレイユは最後に、運ばれてきた経緯を簡潔に述べた。
「あなたたちはアルガンタによって連行されましたが、ここで指揮をとるのは王家です。アルガンタは依頼を受けて子どもを集めただけで、指揮系統は別です。――以上」
三人は短くうなずいた。状況は明確だった。
魔力の測定
別室に水晶柱が並んでいた。係が「一人ずつ」と合図をする。
ユキが手を置く。水晶は安定して明るくなった。係は「出力安定、潜在枠広い」と短く記録する。
ノーランが触れる。光は強くはないが、揺れない。係は「揺らぎ小、持久適性」と書く。
トゥーロは一瞬だけ息を整え、力を抑えてから手を置いた。それでも水晶は強く光った。係は驚いた顔をしたが、手早く「潜在大、抑制傾向」と追記した。
「測定は以上。数字は後で共有する」
係は淡々と告げ、三人に札を渡した。
配置と初仕事
翌朝、制服が支給された。ユキとトゥーロは西翼の廊下と客間、ノーランは庭の整備に回された。
「手順は三つ。濡れ布、乾き布、仕上げ紙。角は内から外へ。戻り拭きは禁止」
指導する年長侍女の名はマリン。声ははっきりしていて、説明が短い。
「はい」ユキはすぐに動きを合わせた。トゥーロは器を持つ位置、布の当て方を確認しながら進めた。ノーランは草刈りと小道の砂利ならし。足音が一定になるよう意識して歩いた。
「新入りにしては悪くない」マリンが評価する。
「ここでは速さより順番。順番を守れば失敗しない」
「選べるなら寝てたいけどね」ユキが小さく冗談を言うと、近くで働いていた少年ハドが肩をすくめた。
「寝てる間に仕事は減らないよ」
短いやり取りで、空気が少し柔らかくなった。
最初の訓練(概要)
午後、ギュスタの部屋に呼ばれた。
「今日は魔力をどう理解してきたか、効果的に使う基本を話す。姿勢、呼吸、集中の切り替え、そして無駄を減らす方法だ。実演は簡単なものだけやる」
説明は簡潔で、演習も短い。三人にとっては、体系立てて学ぶ始まりだった。ギュスタは個別の評価を言わず、「続きは明日」とだけ告げて解散した。
地球側の動き
同じ頃、地球では作業が急ピッチで進んでいた。各地の格納庫で新型の船体が組み上がり、工房では部材の調整、港では燃料と資材の搬入。訓練場ではリナ、メイラ、カインを含む多くの者が基礎体力、連携、操船補助の訓練を同時にこなしている。
各国の王たちは、長く対立してきた「テロ国家」にも使者を送り、非公開の会談を開いた。結果は短い共同声明にまとまった。
「戦争を避け、宇宙からの脅威に備えるため、一時的な和平を結ぶ。技術と人材を共有し、連絡線を開く」
現場ではすぐに共同班が立ち上がり、整備手順と安全基準の統一が始まった。
その日の講義で、アルガンタ出身の技術者が基本方針を説明した。
「まず結論から言う。宇宙は無限だ。境界はない。次に、我々が暮らす空間は3Dだけではない。4Dが存在する。その上には5D、6D、さらに高次元が続く。これは仮説ではなく、観測と数理、実験の積み上げで支持されている」
会場が静かになる。技術者は板に図を描きながら続けた。
「三次元では、方向はX・Y・Zの三軸で表せる。だが世界全体は座標軸に制限されない。軸は“表現の道具”であって、世界そのものの限界ではない。高次元では、三軸で記述できない“回り方”“抜け方”がある」
彼は次に、航法の核心を短く述べた。
「そこで我々はハイパースペースを使う。三次元の枠の外へ跳び、位相を合わせて“短い道”を通る。これが跳躍航法だ。必要なのは、位相の安定と入口・出口の管理、そして戻る手順の確保だ」
前列でメイラがメモを取り、カインは図を見ながら質問をまとめていた。リナは「戻る手順」の箇所に印を付け、訓練表の優先度を上げることを決めた。
城での一日(続き)
城では、午後の訓練のあとに短い当番が入った。食器の整列、布の補充、廊下の点検。ユキは配膳室でマリンと並び、皿の欠けの有無を二人で確認した。
「ここは縁が薄い。布で拭くときは押さえない」
「うん、気をつける」
ハドが通りがかりに冗談を挟む。
「今日は割らないでね。代わりは高いから」
「割らないよ」ユキが即答すると、ハドは笑って手を振り、次の持ち場へ走っていった。
ノーランは廊下の見回りで、衛兵の交代時刻と経路を頭に入れた。足音の高さ、歩幅、視線の向き。情報は淡々と積まれていく。
トゥーロは道具の点検で、柄の緩みを見つけて紐で仮止めした。報告票に簡単な図を添え、保守係に渡す。余計なことは言わないが、やるべきことはやる。
王家の意向と方針
二日目の朝、短い説明があった。ソレイユが要点だけ伝える。
「王家は元々、屋敷で働く手を求めていた。だからアルガンタに紹介料を払っている。だが、あなたたち三人については実技(家事)に加え、術の基礎も並行して学ばせる。担当はギュスタ。序列で言えば金章四位に当たる。態度を崩さないこと」
ユキが小さくうなずき、ノーランは「了解」とだけ言った。トゥーロは表情を変えずに聞いた。
短い会話
作業の合間、ユキは同年代の子と道具置き場で会った。
「新しい子だよね。私はサラ」
「ユキ。よろしく」
「ここは慣れると楽だよ。順番通りにやれば怒られないから」
「順番、大事だね」
二人はそれだけ話し、すぐ持ち場に戻った。会話は短いが、距離は少し縮まった。
二度目の訓練(要点のみ)
ギュスタは二日目も同じ調子だった。
「無理に出すな。記録を付けろ。繰り返しで形は安定する」
説明も実演も簡潔。三人は自分の弱点を確認し、次にやることをメモに書いた。ユキは呼吸のテンポ、ノーランは視線の位置、トゥーロは指の力の抜き所。課題は具体的で、やるべき順番が明確だった。
夜、次の段取り
夜、三人は同室で小声の打ち合わせをした。
「明日は朝に廊下、昼に訓練、夕方は配膳だね」
「うん。動線は覚えた。廊下は抜け道が二つある」ノーランが指で示す。
「配膳の棚、上段は軽い皿、下段は重い皿。入れ替わってたから直しておいた」トゥーロが付け加える。
「ありがとう。私は連絡の言い回しをもう少し覚える。怒られにくい言葉がある」ユキが短く笑った。
そのとき扉がノックされ、ソレイユが顔を出した。
「二日後、小式典で奉仕をさせる。立ち位置と手順は明日配布する。失敗は許されない。以上」
三人は立ち上がって「はい」と答えた。扉が閉まり、静けさが戻る。
「……ここでの生活は続く。でも、帰る道のことを忘れない」トゥーロが言う。
「忘れない。やることをやりながら準備する」ノーラン。
「うん。順番を守って、一歩ずつ」ユキ。
窓の外に庭の小さな灯が並んでいた。決まった時刻に点き、決まった時刻に消える。三人は明日の段取りを最後に確認して、灯りを落とした。
美しい星、整った城、はっきりした規則。三人はその中で、与えられた作業と学びを一つずつこなし始めた。
地球では造船と訓練と同盟作りが動き、講義では宇宙は無限で4Dとその上の次元があること、そして世界は座標軸に縛られていないことが繰り返し説明された。
ここでも向こうでも、目的は一つだ。帰る道を作る。そのために、順番どおりに進める。




