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傷を抱えた名もなき英雄と、失われた姉を持つ少女は共に戦う ―人型兵器VS巨大怪獣―  作者: すなぎも


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第8話 襲来

 警報が鳴り響き、夕暮れの街が瞬く間に騒がしくなった。


「ま、まだ前の奴が出てから一週間しか経ってねえのに! クソ! 覚えとけよてめえら!」


 男はそう言い捨て、去っていった。


『緊急警報。緊急警報。東京湾沖にクラスAエネミー出現。市民は速やかにシェルターへ』


「お、俺を置いていけ。しばらく、治まりそうにない……」


 呆然としていた諏訪部が、すぐに伊月に駆け寄る。


「そんなことできねえって! 無理にでも連れて行くからな!」


 諏訪部が肩を貸すが、体格差がありすぎて、伊月を立たせるのが精一杯。歩ける状態ではない。


 そこへ轟音が鳴り響き、地面が揺れた。勢いを崩した3人は倒れる。


「伊月! 大丈夫か!」


 諏訪部が再び立ち上がらせようとする。


「無理だ。置いていけ……」

「嫌だ! オレはお前を見捨てない! お前はオレの友達だ!」

「わたしもです!」


 2人が伊月を支えるが、思うように進まない。シェルターまでは最短でも三百メートル。この速度では最悪の事態が待っている。


「置いていけ……。もう……」


『繰り返します。緊急警報。緊急警報。東京湾沖にクラスAエネミー出現。市民は速やかにシェルターへ避難してください』


「嫌だ!」

「イヤです!」


 二人の叫びが響くその時、公園の垣根を越え、一台の黒光りの車が飛び込んできた。無茶苦茶なドリフトを決め、車は三人の目の前で止まる。


「よく言ったお前ら! その熱さに感服し、特別に部外者である少年も乗せてやる!」


 黒く塗られたガラスが開き、現れたのはスキンヘッドにサングラス、スーツ姿で体格の良い男。その姿を見た八雲が口を開く。


「い、五十嵐少佐? ど、どうして」

「とりあえず乗っとけ!」


 三人は躊躇なく車に飛び乗った。

 すぐに車は加速し、街を駆け抜ける。


「伊月! 薬はどうした!」

「う、うち……ポケットに……」

「そういうことだ! 八雲の孫、飲ませてやれ!」

「はい!」


 八雲の手伝いで薬を飲み、伊月の体調は徐々に安定していった。


「だ、大丈夫か、伊月」

「ああ、すまなかった。それで、五十嵐さん。どうしてここに……。それに、エネミーは?」


 その言葉の直後、後輪が地面を滑り駐車場へと華麗に滑り込む。

 カーナビの画面を押すと床がゆっくり降下を始め、辺りは一時真っ暗になった。

 光が差し込むと、そこに広がるのは巨大な地下施設。


 地面をドーム状にくり抜き、ジェネシスを扱うために作られた、日本に二つしかない基地が姿を現す。


「これが東京基地だ! どうだね、諏訪部君! かっこいい名前だろう!」

「は、はあ……。す、凄いですね」

「そうだろそうだろ! ガッハッハッハ!」


 豪快に笑う五十嵐に、助けを求める視線を送る諏訪部。

 だが、伊月と八雲は白々しく窓の外へ目を向けていた。


 名前はともかく、その施設は凄まじかった。


 総面積は東京の四分の一はあるであろう広さ。

 高層マンションが建ち並ぶ居住区、巨大な工場が並ぶ工場地帯。

 ジェネシスの専門学校やレジャー施設まで備えている。

 そして何より目を引くのが、地下から地上へ伸びるいくつもの銀色の塔と、中央に構えられた半球の建物だった。


「あれは」

「あれが我が東京基地の司令塔だ! くれぐれも外部には漏らすなよ! あんな見た目で塔じゃなく球だろ、という突っ込みは聞かんぞ、ガッハッハ!」


 車内に響く豪快な笑い声に耳を塞いでいると、車は司令塔へと進入した。

 五十嵐がパネルを操作すると、床が自動で動き、車は一つの駐車場に収められる。


「ついてこい、小僧共! 迷子になるなよ!」

「五十嵐さん、そろそろ説明を」

「説明は司令がする! ワシはお前たちを連れてくるよう言われただけだ!」


 そう言い、五十嵐は歩き出す。

 付いていくしかない3人だったが、歩きとは思えぬ速さに八雲は完全に走っている。


「司令! 八雲の孫と伊月を連れてきたぜ!」


 扉が開き、まず目に入ったのは総司令の座。

 そこに座っていた者は回転椅子を使い、ゆっくりとこちらを向いた。


「――ッ!」


 伊月の目に飛び込んだのは、椅子に座る者ではなく、その傍らに立つ女性だった。銀色の髪は肩に届かぬほど短く、真っ白な肌には染み一つない。伊月とは種類の違う無表情を湛え、どこか気怠さを漂わせている。白い制服に身を包み、じっと伊月を見つめるその瞳は、身構えずにはいられないほど凶暴だった。


 ――この女。どこかで。


 容姿に見覚えはない。だが、その凶暴な黄眼をどこかで見た気がする。肌を刺すような殺意、触れた覚えはないのに、何かを思い出させるような、歪で懐かしい感覚。

 あまりの美しさに、思わず人間かどうか疑いたくなるほどだった。


「お前は」


 その言葉を遮ったのは、椅子に座るもう一人の女性だった。

 色素の薄い髪は腰まで伸び、左側で纏められている。小柄な体型は八雲と同じくらいか。年齢は読めず、十代に見えればそうとも思えるし、三十代に言われても納得してしまう、不思議な顔立ちだった。


「おやおや、ようやくのご登場かい? おや? 知らない顔が混じってるようだねえ?」


 女性は五十嵐少佐に向かって言葉を投げる。


「すいません、色々と事情があり連れてきました。それではワシは出撃します!」

「まあ頑張りたまえよ、五十嵐少佐! 精々、死なない程度にね、あっはっはっは!」


 笑い声が響く中、女性は前置きを終え、鋭い視線を伊月へと向けた。


「お久しぶりだね、我が国の英雄。あの頃とは随分変わったように見えるが……。これも成長というものかな?」


 英雄……? と諏訪部と八雲は首を傾げる。


 だが、伊月は。


「その女性は誰ですか?」


 まず確認する。言葉にせずとも、彼女の存在は本能的に危険だと警告していた。


「ん? ああ、彼女はレクス。私の付き人みたいなものだよ」


 視線を微動だにせず、殺意を含んだ瞳で伊月を睨み続けるレクス。


「どうかしたかね? 伊月君」

「……いえ、なんでもありません」


 今はその時ではないと、頭を切り替える伊月。


「それより、なぜ俺をここに……今の状況は」


 問いかけに、天ヶ瀬は横に立つ伊月を促した。

 目の前には巨大なモニター。そこに映るのは、今回出現したエネミーだった。


「あれが今回のエネミーだね。クラスは……なんとAだそうだ。こんな強力なエネミーが現れたのは、九ヶ月ぶりだって? あっはっは、これは手強いぞ!」


 モニターに映る姿は異様だった。

 全身が緑、胴体は細長く、四本の長い脚に、二本の前足。逆三角形の頭には複眼が二つ。前足には鋭利な鎌が装着され、ときおり背中の翅を解放しようとする動きを見せる。


「どうやら昆虫のようだね。あの見た目は『蟷螂』といったところか……。まさか、こんな巨大な蟷螂と戦う日が来るとは、私は予想だにしなかったよ、伊月君!」


 その姿は、まさしく巨大な蟷螂だった。

 小型なら触れられるその体も、今は五十メートルほどの大きさ。

 見るだけで気分が悪くなるほど禍々しい。


「実はすでに海上で三機のジェネシスがやられているのだ。できればここで食い止めたいところだが……」


『攻撃を開始します!』


 モニタールームに通信が響く。その瞬間、蟷螂の頭部が爆炎が包み込んだ。


「百五十ミリカノン直撃……。ダメージなし!」


 直撃を受けても蟷螂は前進を止めず、四本の足でゆっくりと進む。


 そこへ、三機の第二世代ジェネシスが滑走して接近。

 日本の量産機『流雲』。白を基調とし、赤いラインが国旗を思わせる。

 左前腕にシールド、右手には巨大マシンガン、両腰にはブレイドを装備している。


 三機の流雲は前進を続ける巨大蟷螂に向かって一斉に砲撃を浴びせた。

 マシンガンの弾丸、肩部から放たれるミサイルが空中で閃光を散らす。


 先陣を切った機体が右腰のブレイドを抜き放ち巨大蟷螂の前に飛び出した。刃は光を帯び、鋭い風切り音を響かせる。


 ブレイドが前足に触れる瞬間、蟷螂は動じることなく、反対の前脚を鋭く振り上げた。金属が金属を叩くような衝撃とともに、ブレイドは完全に受け止められ。


 次の瞬間、前脚の鋭い爪が流雲の胸部装甲を貫いた。

 機体は爆発音とともに火花が散り、無残に地面へ叩きつけられる。


 残る二機は慌てて回避行動を取るが、蟷螂の動きは圧倒的だった。


 背中の翅を広げた瞬間、強烈な突風が巻き起こり、制御を失い地面を転がる。砲撃で抵抗するも、蟷螂は爆炎に包まれながら、それを無視するかのように前進を続ける。


 操縦席のパイロットは叫び声を上げる間もなく、前脚の一撃で機体が圧し潰される。数十秒で3機のジェネシスと、3名の命を失った。その無力さと絶望感。それだけが、モニター越しに鮮明に映し出されていた。


 そして、巨大蟷螂は何事もなかったかのように、ゆっくりと前進を続ける。


「流雲、撃破されました。応答ありません!」

「やはり量産型じゃクラスAには歯が立たないねえ。後続には距離を取らせ、射撃で注意を引きつけるよう伝えてくれたまえ。あくまで時間稼ぎ。命を無駄に散らさないよう、忘れずに指示を出すんだよ」


 天ヶ瀬の指示を受け、後続の流雲は距離を取り、砲撃を行う。狙いは本体ではなく足下。蟷螂を中心に回るように動きながら、マシンガンを撃ち続ける。

 蟷螂は四本の足を器用に動かし、標的を視界から外さないよう回避するが、その動きは鈍い。


「五十嵐少佐の部隊はどうなっている? 随分と時間がかかっているようだが」

「あと十分かかります!」

「死にたくなかったら五分で済ませろと伝えてくれたまえ。五十嵐少佐が出るまで時間を稼ぐんだよ!」


 指示が出される。


 だが、それも一分と持たなかった。


 翅が、突如大きく展開される。扇形に広がった薄く透明な翅が、砂塵を巻き上げる突風を周囲に生み出す。風は次第に強まり、シールドを突き出して踏ん張る流雲の機体をも押し流す。


 瞬間、流雲が真っ二つに切断された。翅から吹き出す突風に煽られ、機体は吹き飛び、オペレーターが爆散を告げる。


「さすがはクラスAか……」


 伊月は、低く呟いた。


 第二世代の量産機・流雲では、基本的にクラスCを相手にするのが精々だと言われている。クラスBになると、相手の力は一気に増し、何かしらの特殊能力を持つこともある。


 蟷螂は翅を広げるだけで突風を巻き起こし、その風で相手の動きを止め、鎌を振ることで発生させる鎌鼬で、流雲を撃破した。


 簡単に倒せるエネミーではない。


「何を難しい顔で悩んでいるんだい? 伊月君」

「……いえ、なんでもありません。ただ、このままでは日本が壊滅するのではと」


 天ヶ瀬は甲高く特徴的な笑い声をあげる。


「あっはっは!はっきり言ってくれるじゃないか!だが、そうだねえ。厳しい状況だよ。先週のクラスBは五十嵐少佐が奇跡的に倒したのだが……。このままじゃ他国に救援要請しないと日本は潰れてしまうねえ、あっはっは!」


「第二防衛ライン突破されました! このままでは市街地まで到達されます!」

「とにかく足止めに専念だよ。我慢の時だからねえ!」


 四本の足が地を踏みしめる。ゆっくりと、しかし着実に前進する。

 背後のカメラが、まだ破壊されていない街を映す。伊月たちの通う学校も、画面の中に映る。まだ距離はあるが、それでも不安を抱かせる光景だった。


「な、なあ……大丈夫、なのかな?」


 不安そうに問いかける諏訪部に。


「……どうだろうな」


 言いながら伊月が振り返ると、そこに八雲の姿ない。


「八雲は?」

「い、五十嵐さんと一緒にどこか行ったけど」

「そうか」


 伊月はモニターに視線を戻す。

 映し出される見慣れた光景。自分たちが住んでいる街。

 遠くに通っている学校が薄っすらと映る。 


 もうすぐ、あそこが破壊される。


「五十嵐少佐はどうしたんだい?」

「あと二分です!」

「急がせるんだよ、オペレーター諸君!」


 あと二分。あと二分で、五十嵐の部隊が蟷螂と対峙する。

 一週間前、クラスBのエネミーにボロボロにされ、街に大きな損害を出しながらも撃退した五十嵐の部隊が――今度は、クラスAの蟷螂と。


 不意に、胸元の携帯が震えた。


 メールを開くと、差出人は『千条優翔』。

 本文は簡素だった。


『待ってるから』


「……天ヶ瀬司令、余りの機体はありますか?」

「確かあったとは思うのだがねえ。生憎、そっちの情報は頭に入れていなくてね。これでは総理に怒られるかな? あっはっはっは!」

「お借りします」


 返事を待たず、伊月は走り出した。


「ま、待てよ、伊月! ああもう!」

「待っちたまえ。キミはそこにいるといいよ。行っても役に立たないからねえ」


 その声に、諏訪部の足は止まった。


「整備班の諸君! 我らが英雄がそちらへ向かったよ! 例の機体を出撃できるようにしておいてくれたまえ! それと、彼女を乗せておいて欲しいんだ、あっはっは!」


 そう言うと、天ヶ瀬は通信を切った。


「あ、あの……い、伊月はいったい……。さっきから言ってる英雄って、なんなんですか?」


 恐る恐る尋ねる諏訪部に、天ヶ瀬はにやりと微笑む。

 その瞳には、底知れぬ深い闇が宿っているようで、諏訪部の胸に冷たい予感を落とした。

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