第3話 壊滅の歴史
謎の巨大生物『エネミー』が現れてから、すでに数十年が経過した。
彼らは突如として地球に現れ、あらゆる建物や都市を蹂躙した。
その出現の原因も理由も、いまだ明らかになっていない。
姿は地球の生物に酷似していた。
昆虫を巨大化させたもの、鳥類を巨大化させたもの、そして中には恐竜のような姿 をしたものもいた。いずれも体躯は巨大で、最低でも数メートルの大きさを誇る。
人類は彼らを地球の敵と見なし、排除を決意した。
だが、エネミーは想像を絶する強さを持っていた。
ミサイルは鱗に弾かれ、ビルは軽々と切り裂かれ、炎や電気を吐き出す個体もいた。都市ごと壊滅する光景は日常のように繰り返され、世界は恐怖に包まれた。
このままでは地球が破壊され尽くす――そう判断した各国は、力を結集し、最先端の技術を持ち寄った。そして完成したのが、人類最後の希望となる人型兵器『ジェネシス』である。
元々、ジェネシスは日本が商業用に開発していたロボットだった。
しかし、戦闘機や既存兵器ではエネミーに歯が立たないことが判明すると、世界中の技術者たちが集結し、開発を加速させた。
エネミー出現からわずか三ヶ月で完成したジェネシス。
そして、その力によって人類は初めて勝利を手にした。
だが、その代償はあまりにも大きかった。
南米の都市は全壊し、避難した者もいたが、推定数億もの命が失われたのだ。
それでも世界は歓喜に沸いた。
平和が戻り、これまで通りの日常が復活する――誰もがそう信じて疑わなかった。
しかし、その希望は半年後に裏切られる。
再び、エネミーが出現したのだ。
戦闘機の援護を受けながらジェネシスは辛勝したものの、被害は依然として甚大だった。
この経験を契機に、ジェネシスは各国で量産され、さらなる改良が進められることとなる。いつ、どこでエネミーが現れても、人類が備えられるようにするために。
「ここまではいいか?」
定年間際の老人教師が教科書を開きながら生徒達に問いかける。
四十個の机が並べられた教室に、座っている者は半数ほど。
それも、その生徒達の半数は机に突っ伏していた。
「はい。大丈夫です」
一番前の席で元気よく返事をするのは八雲。
伊月はその後ろ姿を一瞥してから窓の外に目を向ける。
週一で繰り返されるこの話しを飽きもせず聞いている。
そんな真面目なことをしているのは八雲だけだ。
起きている生徒はスマホをいじっているか、自習をしているか。中にはノートパソコンを机に出している生徒もいる。
「うむ。それでは続けるぞ」
教師は黒板の前で淡々と授業を再開させる。
「エネミーの出現頻度は、日に日に高くなっていった」
教師の声が教室に静かに響く。
最初の一体を倒してから次が現れるまでには半年。
二体目から三体目の間は三ヶ月。
三体目から四体目はわずか一ヶ月。
次第に出現の間隔はランダムになり、出現ポイントも特定できなくなった。
それに伴い、ジェネシスも進化を遂げた。
最初のジェネシス、いわゆる第一世代は、パイロットが機体を操作するだけだった。
だが、第二世代と名付けられた新型には補助システムとしてAIが搭載され、格段に性能が向上した。
これにより、パイロットの負担は大幅に軽減される。
ジェネシスは元々、何十本ものレバーと何百にも及ぶボタンで操作する複雑な機体で、細かい動きを苦手としていた。しかし、AIの搭載により『誤差修正機能』が加わり、その問題は完全に解消されたのだ。
「誤差修正機能とは、大雑把な操作でもAIがパイロットの意図を読み取り、適切な動作に変換するシステムのこと」
教師はゆったりと語る。
歩行するだけでもパイロットの神経は擦り減る操作。だが、この機能により、歩行や跳躍、着地、回避行動、武装変更など、あらゆる動作が格段にスムーズになったのだ。
パイロットを手助けする存在ではあるが、AIには感情はない。
人類はこのAIに誤差修正機能と名付けた。
「そして、第三世代では、ブリングシステムが管理するジェネシスの情報をパイロットの脳へ直接送り、逆にパイロットの思考を誤差修正機能へ伝える『リンクシステム』が導入された」
教師は黒板を指し示しながら続ける。
索敵情報やエネルギーの詳細など、膨大な情報が逐一パイロットの脳に送られることで、戦況を瞬時に把握できる。さらに、パイロットの思考を誤差修正機能に返すことで、誤差修正機能の精度を飛躍的に高めることが狙いだった。
しかし――このシステムは、結局、失敗に終わる。
「理由はなんじゃ? 八雲」
「はい。それはパイロットへの負担が大きすぎるということです」
「その通りじゃ」
誤差修正機能から送られてくる情報量があまりにも膨大で、人間の脳では処理しきれなかった。結果、テストリンクを行った者は全員、脳を破壊され死亡したという。
そこで開発されたのが第四世代である。
パイロットを二人にし、誤差修正機能とリンクさせることで処理すべき情報を分担し、パイロットの負担を大幅に軽減したのだ。
この方式によりジェネシスの起動には成功。パイロットへの負担もほとんどなくなり、従来のジェネシスとは比べものにならない戦果を挙げることができた。
だが、問題が全くないわけではなかった。
それは、パイロット同士の相性が悪ければリンクの効果が発揮されないということだ。
第四世代ではファーストパイロットが操縦に集中し、セカンドパイロットが様々な情報を受け取り、必要な情報をファーストパイロットへ伝える。
セカンドからファーストへ情報を伝達する際、誤差修正機能を経由することで、パイロットの脳へ直接情報を送ることが可能になっているため、タイムロスが少ないというメリットがある。
しかし、パイロット同士の相性が悪い場合、誤差修正機能に大きな負荷がかかり、情報の伝達速度が異常に遅くなってしまう。その影響は誤差修正機能の処理にも及び、ジェネシスの性能が大きく低下するのだ。
結果として、適応できるパイロットは極端に少ない。
相性の良さというものは先天的なものであり、鍛えてどうにかなるものではない。
「なので、今でも主力は第二世代じゃ」
教師の表情が厳しくなる。
その眼差しは、現在の戦況が決して良くないことを物語っていた。
エネミーは兵器に適応し、ますます強くなっている。
ブレイドを弾き、火炎には微塵も怯まない。
化学兵器も投入されているが、最近ではその効果も薄れているようだ。
「第四世代に乗れる者は、世界に数十名しかおらぬ。じゃが、そのぶん強いのは確かじゃ。それは歴史が証明しておる」
人類はエネミーに強さの基準を設け、それを『クラス』と名付けた。
クラスはSからEまであり、上位を厳格に定めることで、それまでの最高クラスはBがせいぜいだった。
だが、三年前のある日、推定クラスSが世界で四体同時に出現した。
場所はカナダ、インド、中国、フランス。
第二世代では歯が立たず、都市は次々と破壊された。
世界の心が完全に折れた瞬間だった。
それでも、諦めずに立ち上がった者たちがいた。
それが第四世代を保持していた日本とアメリカである。
日本は常に最新のジェネシスを開発し続け、『迅雷・零式』を完成させた。
一方のアメリカは、その技術をいち早く自国の機体に組み込み、さらに強化を重ねて『レジェンディア・アース』を作り上げたのだ。
レジェンディア・アースはカナダとフランスのクラスSを撃破し、迅雷・零式は中国とインドの二体を撃破した。一難去ったかに思われたその時、時間差で日本にクラスSSと推定されるエネミーが出現したのだ。
自衛隊は全滅。
第二世代も二十三機が撃破され、湾岸から都内まで進入を許し、日本が沈むのではないかと世界中が戦慄した。
しかし、インドから帰還した迅雷・零式が苦戦しつつもエネミーを撃退。
その代償として、第四世代を操縦できるパイロット両名を失うことになった。
「迅雷は日本を救った。それは確かじゃ。わしは」
「授業内容からはみ出しすぎだ」
発言したのは伊月。
飽き飽きしながらもこの話しを毎回聞いている。
そして、毎回同じところで、同じ言葉で軌道修正をする。
だからだろう、八雲が振り返り、暖かい笑みを見せたのは。
「おっと、すまぬのう。つまり。これからも人間はエネミーと闘わねばならぬ。一週間前に隣街が壊滅した。だから、覚悟を決めておくことじゃ」
その言葉と同時にチャイムが鳴った。
八雲の号令により、寝ていた生徒達が欠伸をしながら立ち上がる。
数年前となんら変わらぬ光景だった。
ただ、生徒の数が日に日に減っているだけで。




