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傷を抱えた名もなき英雄と、失われた姉を持つ少女は共に戦う ―人型兵器VS巨大怪獣―  作者: すなぎも


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第28話 ZX

 そこは、決戦の荒野。


『闇がこっちを捉えてる? 伊月! 闇はもう攻撃を仕掛けて来ているわ!』

『聞こえてる!』


 伊月は一気に迅雷を発進させた。

 翼型の出力を最大にし、八雲が取り付けた外装のスラスタも迷わず最大出力へ持って行く。浮遊移動は稲光と変わらないが、エネルギーが尽きることはないので遠慮なくトッピスピーでぶっちぎる。


『来る!』


 手の予測軌道が脳内を流れる。

 遠くに滲んでいた黒点が一瞬にして目前へ。

 迅雷を掠めるように振り下ろされた闇の腕を、伊月は紙一重で回避する。

 衝撃波が機体を揺さぶるが、減速はしない。


 涼翔の予測が、脳内を走る。

 しなる二本の腕。爆熱の予兆。軌道も爆破位置も瞬時に頭へ流れ込む。


『ッ!』


 爆光。耳を劈く轟音。

 視界いっぱいに広がる炎の渦を、迅雷は舞うように掻い潜った。

 右へ、左へ、僅か数ミリの差で通過する。


 闇の攻撃には規則性がない。

 だが。

『見えてる!』


 涼翔の思考が閃き、伊月の操縦と重なる。まるで二人の呼吸が重なったかのように、迅雷は次々と爆炎と黒い腕を回避していく。


 稲光では到達できなかった領域。

 ネオリンクによって「二人の意志」が完全に重なった迅雷は、荒野を縦横無尽に駆け抜けながら、闇に迫っていった。


 迅雷は一直線に闇へ迫る。

 赤い翼型が火を噴き、地を抉りながら加速する。


『あくまで寄せ付けさせないつもりよ! 来るわ!』


 涼翔の警告と同時に、闇の黒腕が地を裂いて振り下ろされる。


「軌道が予測できてれば直撃はない!」


 迅雷は紙一重で滑り込み、すれ違いざまに腕をブレイドで弾く。火花が散り、衝撃が骨を震わせる。それでも伊月は一歩も退かず、さらに距離を詰める。


『熱源反応! 爆発が来る!』


 轟音と共に炸裂する大地。炎の柱が迅雷の進路を塞ぐ。だが、伊月は躊躇わなかった。炎の壁を、機体を傾けて強引に突破する。外装が焼け焦げ、警告音が鳴り響く。


「こんなもんで止まるかよ!」


 闇の腕が再び伸びる。蛇のように絡みつこうとするそれを、迅雷はブレイドで切り払いながら突進を続ける。

 闇の黒点が光り、次の爆発を呼び起こす。


『右へ二メートル! 抜けられる!』

「了解!」


 涼翔の予測が伊月の視界を貫き、迅雷は爆心地のわずかな隙間を抜ける。熱風が機体を包み、装甲が軋む。

 それでも速度は落ちない。


 あと一歩。

 

 迫る迅雷と必死に寄せ付けまいとする闇。

 両者の意志が、正面から衝突し――勝ったのは迅雷だった。


 爆炎を切り裂き、迅雷が闇に迫る。


『プラズマ砲、起動!』


 迅雷の両手の平に青白い光が集束し、荒野を照らす。

 闇の仮面は下方にずれ、その上にぽっかりと穿たれた穴。そこを狙うしかない。


 迫る黒腕を弾き飛ばしながら、迅雷は真正面から突進する。

 伊月と涼翔の意識が重なり合い、声が重なる。


『これで終わりよ!』

『これで終わりだ!』


 右手に最大出力のプラズマを収束させ、白き仮面に叩き込む。

 次の瞬間、轟音と共に右腕が砕け散った。

 金属片が火花と共に宙を舞い、消え去っていく。


『なんで! なんで効かないの!』


 涼翔の絶望が脳裏をよぎる。

 だが伊月は一切動揺せず、操縦桿に全神経を注ぐ。

 闇に傷は刻めない。それでも、確かに一瞬だけ、その巨体は蹌踉めいた。


 好機を逃さず迅雷は後方へ回り込み。


『ZX!』

『了解しました。ネオリンク解除、第二世代モードへ移行。緊急脱出装置、起動』


 ガシャン、と分厚い隔壁が二人の間に落ちる。

 涼翔の叫びを断ち切るように、セカンドコックピットが迅雷の背中から射出された。空を切る音と共にパラシュートが展開し、彼女の姿は闇から遠ざかっていく。


 伊月は何もなかったかのように、残された迅雷を動かし続けた。

 すでに右腕はない。それでも操作を止めず、ただ“闇”だけを捉えていた。


「五十嵐。あんたには最後まで世話になりっぱなしだな」


 迅雷は闇の背後へ滑り込み、左腕にプラズマを収束させると、五十嵐が穿った穴へ突き立てた。

 

 肉を裂いた感触はない。

 ただ、既に空いていた傷口に腕を差し込んだだけ。

 新たな損傷は与えていない。

 それでも伊月は口元に微かな笑みを浮かべる。


「ZX。行こう」

『了解マスター。リミッター解除。朱天式モード、スタンバイ』


 次の瞬間、迅雷の全身が眩い帯電に包まれ、背部ジェットが爆発的に火を噴いた。

 轟音と共に荒野が揺れ、機体は闇を抱えたまま音速を超えて地を滑る。

 吹き荒れる突風に大地は抉られ、通過した海は割れて壁のように盛り上がる。

 闇の腕は追いつけず、ぶらりと宙に引きずられるばかりだった。


『ちょっと! なにやってるのよ! なんで……どうして!』


 通信回線から、射出されたはずの涼翔の声が飛び込んできた。


「涼翔か。早いな」

『早いなじゃないわよ! なんでこんなこと……! ネオリンクしてたんでしょ? だったら全部、私に伝わってるはずじゃない!』


 伊月の目は前を向いたまま、静かに喋り出す。


「悪いな、涼翔。俺は感情や思いを殺すことに慣れすぎてる。考えを、読ませないこともできるらしい」


 心を削ぎ落とす。

 それは、伊月にとって生き延びるために染みついた癖だった。

 ネオリンクすら欺くほどに、彼は自分の感情を切り捨て、ただ一つの決意だけを残していた。


『どうするのよ! 闇は? そんなことしても闇は倒せないわ!』

「自爆する。この機体は核で作られている。それで闇を消し飛ばす」

『なに言ってるの? 伊月。自爆って。う、嘘でしょ?』

「本当だ。最初からこれが狙いだった。こうする他、闇を倒す方法はない」


 伊月は最初から自爆するつもりだったのだ、涼翔を逃がして。

 禁止されていた核を迅雷に積んだ。

 聞いたすぐに気付いた、天ヶ瀬の狙いを。

 核爆発により闇を消し去るのだと。


『その通り国のために死んで欲しいのだよ』


 校舎の屋上で、天ヶ瀬はそう言っていた。

 その約束を伊月は守ろうというのだ。

 天ヶ瀬は最悪の事態に備え、最善の策を用意していた。

 危険物は全て撃ち落とされ、接近を許されるのは非力なジェネシスのみ。

 そんなエネミーが現れたときの秘策。

 確かな実力を持ち、国のために命を捨てられる者。

 捨て身で敵へ接近し、それを行う腕を持ち、自爆を躊躇しない。

 それが出来ると天ヶ瀬が認めたのが伊月未来。


『なんで! だって、貴方は私の過去を見たじゃない! だったら貴方がいないと私は生きていけないことだって気付いたでしょ? なのに、どうして』

「言っただろ。命に代えても守ると」

『余計なお世話よ! お姉ちゃんも私を守って死んで、伊月にもそんなこと言われて……。私は、貴方が居なくなったら、どうすればいいのよ』

「幸せに、生きてくれ。俺と優翔を少しでも想ってくれているなら。俺たちが守りたかった、こんな狂った世界で。幸せに」

『うるさい! 貴方の言葉なんて聞きたくない! 貴方の言葉なんて信じない! ネオリンクでも私に本当の事を伝えてくれてなかった人のことなんて信じられないわ! 絶対に信じない! だから、自爆するなんて信じないから。お願いだから、帰ってきてよ……』


 嗚咽がコックピットに響き渡る。

 伊月は、目を閉じてそれを静かに受け止めた。


「涼翔。俺はもう決めている。これは俺の戦いだ。……だから泣くな」


 淡々とした声音。それは諦めではなく、揺るがない覚悟。

 一方で、涼翔の心は引き裂かれる。


『泣くなって……そんなの無理よ! だって私は伊月がいないと、もう立ってられない!』

「……涼翔」

『もう誰も、私から奪わないで!』


 その叫びに、伊月の拳が震える。

 しかし瞳は弱まらない。


「優翔が命を賭けてまで守ったお前を、俺は幸せに生きさせたい。それが、残された俺の使命だ。だから」


 言葉を切り、深く息を吸う。


「すまない。これ以外に、涼翔を守る術を俺は知らないんだ」


 短く、静かな言葉を最後に。伊月は自ら通信を切った。

 深く息を吐き、身体の力を抜く。


『よかったのですか、マスター?』

「ジェネシスの自爆はパイロットが手動でしか行えない。誰かが死ななきゃならない仕組みになってる」


 第四世代である迅雷にだけ秘匿されていた最後の手段。

 暴走した誤差修正機能(ブリングシステム)に備え、もしもの時に備えられた“棺桶の鍵”。それを使えるのは、他でもないパイロット自身。


『ですが涼翔様は』

「涼翔には八雲がいる。それに、きっと誰かが正しい道へ導いてくれる」

『天ヶ瀬司令、ですか?』

「あの人だけじゃない。だが、皮肉だな。あの人だからこそ、俺は涼翔を託せる」


 政府を欺き、仲間を騙し、それでも最前線から退かずに日本を支え続けた指令。

 伊月はその背に、微かな希望を見ていた。


「本当は五十嵐さんがいてくれたらよかったんだがな」

『それを言うならマスターが一緒にいればいいのです。生きて、隣にいれば』

「無茶を言うな。闇はどうする? それに」


 静かに笑う唇から、一筋の赤が垂れた。

 鼻を伝い、頬を滑り落ちるそれは、確かに限界を告げる血。


「もう、俺は長くはない」

『……マスターは、涼翔様に好意を抱いているのですか?』

「急にどうした?」

『いいから答えてください』


 珍しい。ZXの有無も言わさぬ声。


「分からない。優翔と重ねているのか、純粋に惹かれているのか」

『でしたら、その気持ちを確かめてください』

「確かめる時間はない。時期に迅雷は闇を巻き込み自爆する。そうすれば、俺は助からない」


 一瞬の沈黙。

 だが返ってきた声は、冷静で、それでいてどこか決意に満ちていた。


『助からないのは私一人で充分です。マスター、残念ですが貴方はまだ死ぬべき人間ではありません。ここで、お別れです』

「なにを今更……。まさか、ZX!」


 伊月は慌ててレバーを引き、ボタンを押す。

 だが、迅雷は応えない。一定の高度を保ち、水上を疾走するだけ。


「なにをした、ZX!」

『外部からの操作を遮断しました。現在、迅雷を動かせるのはマスターユニットである私だけです』

「なぜそんなことをした! 自爆はパイロットでなければ」

『マスター。私がどれほどこの機体に在り続けたと思いますか? 人の作ったセキュリティなど、突破できないはずがありません。私は他の誤差修正機能(ブリングシステム)とは違う。私はマスターのZXなのです』


 その言葉に、伊月の胸が抉られる。


『どうか、生きてください。そして涼翔様と一緒に、幸せになってください。それが……。死んでいった五十嵐少佐の願いでもあるのです』

「待てZX! そんなことは認めない! 俺はお前と一緒に死ぬと決めたんだ! 優翔の所へ!」

『涼翔様と同じようなことを言わないでください。先ほど涼翔様の絶望を否定したマスターが、今さら同じことを口にするのですか?』


 その声に、伊月の胸は強く締め付けられた。

 抗いながらも、涙が滲む。


『マスター。お願いです。私との別れを、どうか美しいものにしてください。私は、貴方を守って死にたい。システムでしかない私を“家族”と呼んでくれた、そのことに感謝されたいのです』

「感謝なら今までもしてきた! お前には何度も助けられた! だから俺を置いて行くな!」


 その叫びを遮るように、冷たい電子音が鳴り響く。


「なんだ、こんなときに……!」

『すぐに見た方がいいのでは? こんな緊急時にメールを送る者など、そう多くはありません』


 舌打ちを堪えつつも、伊月はスマホに手を伸ばした。

 迅雷に常備させてある特製のホルダーからカバーを開けようとした。

 その瞬間、足元に何かが転がり落ちているのに気付く。


「これは」


 拾い上げたのは、深紅の携帯電話。

 涼翔がいつも肌身離さず持っていた、優翔の遺品だった。

 不審に思いながら送られてきたメールを確認する。

 そこに浮かんだ一文を見て、息が詰まる。


 差出人:千条優翔

 本文:涼翔と一緒に生きて。幸せになって。私の分まで。


「なんで、優翔から? これは涼翔が使っていたはずの携帯だ。なのに」


 動揺を押し殺しながら、伊月は拾い上げた携帯を確かめる。

 しかし画面は暗いまま。起動を試みても反応はなく、冷たく沈黙している。

 裏蓋を外した瞬間、嫌な予感が的中する。

 バッテリーが抜かれていたのだ。


「優翔からのメールは、この携帯から送られたわけじゃない……?」


 思考が急速に回り始める。

 涼翔の記憶を辿る。

 だが、涼翔がこの携帯を操作した痕跡はどこにもない。

 なら誰が、どうやって、伊月にメールを送り続けていた?

 優翔の名を使って――。


「……なるほど。そういうことか」


 伊月は低く呟いた。


「ZX……お前だったんだな」


『……バレてしまいましたか』


 淡々と返す声。だが、そこにはわずかに“照れ”の色が滲んでいた。


「どうやって、こんな真似を」

『天ヶ瀬司令の協力を得て、衛星を通じて常にマスターを見守っていました。そして、優翔様の携帯に残されたデータを引き継ぎ……』

「なんで、そこまでして」

『理由は単純です。私はマスターに生きてほしかった。生きて、もう一度、たわいもない会話を交わしたかった。ただ隣にいて、笑い合いたかった。それだけなのです』


 伊月の胸に、熱いものが込み上げる。

 優翔を失い、ジェネシスから降ろされ、身体は壊れ、心も空虚になっていた日々。

 平静を装いながらも、内側はとっくに崩れ落ちていた。

 そのときに届いたのが、死んだはずの優翔からのメールだった。


『なにしょぼくれてんのよ! まさか自殺なんて考えてないわよね? 冗談じゃないわ! 私がいなくなったくらいで倒れないで、しっかりしなさい!』


 唐突に届いたその一文が、どれほど救いになったか。

 誰の仕業かも分からぬまま、ただ必死に縋りついた。

 優翔が生きていると信じ、リハビリに専念し、高校に戻れるまでに持ち直せた。

 そして冷静になった時、理解した。


 ――優翔はもういない。


 それでも、成り代わってまで自分を支え続けてくれた存在がいたのだと。

 ずっと涼翔だと思い込んでいた。

 彼女であれば、優翔との秘密も話しを聞かされていたかも知れない。

 だから涼翔が成りすましているのだと。


 だが、ようやく知った。

 真実の主はZX。

 長年連れ添った相棒だった。


 伊月の唇から、自然に言葉が零れた。


「ありがとう。俺は、お前に救われていたんだな。そうか、お前だったのか。ずっと俺を支えてくれていたのは。お前だったんだな……」


 感情を持たないはずの音声に、微かに震えが混じった気がした。


『マスター。私は貴方を愛しています。心からお慕いしています。だからこそ、貴方には生きていて欲しい。死ぬその瞬間まで、生き続けて欲しいのです』

「死ぬまで生き続けて欲しい、か。そうか、ZX。俺も、お前を愛しているよ」

『ありがとうございます、マスター。……それでは、お別れですね』


 短い沈黙ののち、伊月は深く息を吐き、静かに言葉を紡いだ。


「ああ。お別れだ」


 ZXに救われてきた命。

 もし残された時間がわずかだとしても、ZXが望むなら受け入れるしかない。

 それが、愛する存在に救われた者としての、せめてもの感謝だった。


「最後に、ひとつだけ聞かせてくれ」

『なんでしょうか?』

「……俺は、お前にとって立派なマスターでいられたか?」


 思い返せば、まともなことはしてやれなかった。

 幼い頃はシステムだからと悪戯ばかりし、優翔に止められた。

 汚い言葉を吹き込み、嘘を教え、時には八つ当たりの矛先にすらした。


「酷いことばかりしていた。愚痴も、惚気も全部押しつけた。本当は、もっと大事にしてやるべきだったのにな。飯を一緒に食べたり、風呂に浸かったり、同じ布団で眠ったり……。人と同じように扱ってやりたかった」


 堪えていた涙が、自然と頬を伝い落ちる。

 一緒に死ぬと決めていたから、言えずにいた言葉が山ほどあった。

 謝らなければならないことも、感謝しなければならないことも数え切れないほどあった。


『マスターの想いはすべて理解しております。私はマスターと優翔様のもとに生まれ、そして涼翔様と共に闘えた。……それだけで幸福でした。ここまで生き永らえさせていただき、感謝しかありません』

「ZX……」

『貴方は私にとって最高のマスターでした。立派なマスターでした。そして、心から愛することができた、唯一のマスターでした』

「ZX!」

『はい、マスター。……あちらの世界で優翔様とお待ちしております。その時は、ご一緒に食卓を囲みましょう。川の字で眠りましょう。お風呂も、一緒に入りましょう。その折にはどうか、私にお背中を流させてください』

「……もちろんだ。その時は、よろしく頼む」


『ありがとうございます。……それでは、マスター。またお会いしましょう。優翔様と共に』


「ああ……。ゆっくりと向かう。だから、待っていてくれ」


『了解。マスター』


 太平洋のど真ん中。

 迅雷の背からコックピットが射出され、海へと落ちた。


 脱出カプセルから這い出した伊月は、荒い息をつきながら空を仰ぐ。

 そこにあったのは、海上で一瞬だけ動きを止め、最後の別れを告げるかのようにこちらを見据える迅雷。


 次の瞬間、朱天の翼が炎を噴き、黒き閃光は空を駆け上がった。

 重力に抗うごとく、燃え尽きる命を振り絞るかのように。


 闇は最後の抵抗を見せた。

 伸びる腕が迅雷を打ち砕き、頭部を吹き飛ばし、足をもぎ、胴に風穴を穿つ。

 しかし、迅雷は止まらない。


 満身創痍となりながらも、なおも空へ、空へ。

 黒い軌跡を背に引き、爆ぜる閃光を纏い、ただひとつの約束を果たすために。


「待ってろ! 死んだら俺もそっちに行く! だから頑張れ、ZX!」


 小さな黒点を見上げ、伊月は声の限りに叫んだ。

 誰よりも長い時間を共に過ごした、最高の相棒に送る最後のエール。


 やがて視界からその姿は消えた。

 海上に漂う伊月の眼には、もはやZXの残影すら映らない。

 数秒の沈黙。

 波の音さえ止んだかのような虚無。


 そして。


 雲を突き抜けた遥か上空で、夜空を切り裂く閃光が炸裂した。

 星々と肩を並べるほど巨大な爆発が広がり、暗黒を押し返すように蒼白い輝きが世界を照らす。

 それは、終わりを告げる光。


「……ZX」


 膝が砕ける。

 それでも伊月は夜空を見続けた。

 震える指先で携帯を開くと、画面には一通の新着メール。


 差出人:ZX

 本文:――――。


 涙で視界が歪み、文字は読めない。

 ただスマホを胸に抱きしめ、嗚咽を漏らす。


「ZX……! うわああああああああああああああああ!」


 果てしなく広がる太平洋に、伊月の絶叫が木霊した。

 声が枯れるまで、何十分も。

 波に揺られ、泣き叫び続ける。


 やがて轟音を伴い、一機の戦闘機が頭上に現れた。

 銀一色に輝く機体は空中で複雑な変形を始め、人型へと姿を変える。

 海面に浮かぶ伊月を、巨大な手でそっと掬い上げるその姿はジェネシス。


 胸部のコックピットが開き、現れたのは銀のパイロットスーツに身を包む少女。

 その名を、伊月は知っている。


 レクス。

 

「乗って」


 レクスの言葉に従い、伊月は銀色のジェネシスへ飛び乗った。

 第四世代機とはまるで異なる構造。

 だが、操縦席のすぐ後ろにはもう一つのシートが備え付けられていた。


 そこにいたのは、天ヶ瀬。


「司令……。これは、一体どういうことですか」


 涙の跡を残したまま、伊月は無表情で問いかけた。

 国のために死ねと言ったのも、死地へ送り出したのもこの人だ。

 ZXを失い、自らも死を覚悟したのに、いま自分はこうして生きている。

 そして目の前には、見たことのない新型ジェネシスを操るレクスと、飄々と座る天ヶ瀬。何もかもが理解できなかった。


 天ヶ瀬は口角を吊り上げ、いつもの不敵な笑みを見せた。


「せっかく生き残ったのだ。せめてもの罪滅ぼしとして、共に行こうじゃないか」

「共に?」

「ああ」


 天ヶ瀬の目が、真っ直ぐに伊月を射抜く。

 その眼差しには、これまでの飄々さとは違う硬質な決意が宿っていた。


「この世界に巣くう“本当の敵”との戦いに、終止符を打ちに」

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