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傷を抱えた名もなき英雄と、失われた姉を持つ少女は共に戦う ―人型兵器VS巨大怪獣―  作者: すなぎも


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第22話 待ちわびた襲来

「いやあ、いつもこうして平和ならいいんだがねえ。このままエネミーが出現しなくなった。なんてこともあるのかな、五十嵐少佐? あっはっはっは!」


 真っ白な壁に囲まれた司令室に、甲高い笑い声が響き渡る。

 革張りのソファに腰を沈め、天ヶ瀬と五十嵐はチェス盤を挟んで向かい合っていた。傍らでは、レクスが無関心そうに立ち尽くし、2人の様子を眺めている。


「そりゃオレたちとしても嬉しいですけどねえ!」

「おや? パイロットのキミがそんな弱気なことを言うとは。私はてっきり、エネミーを殺すことこそが生き甲斐なのかと思っていたのだがねえ!」

「ご冗談を! エネミーさえいなけりゃ、心置きなく地上で女を抱けるんです! さっさと殲滅して思いっきり遊びたいもんですよ! 違いますか?」

「乙女の私に同意を求められても困るよ。それに仮にエネミーがいなくなっても、地上の整備でキミたちは働かねばならんのだ。簡単には自由にしてやれないねえ! あっはっは!」


 駒を動かす手に迷いはない。もっとも二人ともチェスのルールなど知らず、盤上は既に滅茶苦茶。キングは消え、クィーンは三つ、ナイトは五つ。それでも天ヶ瀬が平然と駒を動かし、五十嵐はそれを何事もない顔で受け流す。


「こうして無意味に時間を潰すのが日常になれば、どんなにいいことか。前のエネミーが現れてから、どれほど経ったかな?」

「1ヶ月ですよ司令! そんなことじゃ総理に怒られますぜ!」

「それは困る! くだらない言いがかりばかりの連中に頭を下げるのは御免なのだよ! そうなったら、分かっているねえ?」

「オレが代わりに怒られろってことですか?」

「その通りだ五十嵐少佐! 政府の無能が私の責任なら、私の無能は少佐の責任だ! さあ、盛大に叱られてくるといい! あっはっは!」


 東京基地司令とは名ばかりで、多くの権限は政府に縛られている。出撃の許可も、データの扱いも、全ては上の顔色次第。稲光の技術も結局は奪われ、他国へ安売りされてしまった。

 理不尽の矢面に立たされるのが天ヶ瀬の役目。だが、彼はそれを笑い飛ばす。


「いっそ、私が総理になるのもありかもしれないねえ!」

「はっはっは! そんなことになったら二日でこの国は終わりますよ!」

「あっはっは! 上官に対して失礼極まりないが、その通りだねえ!」


 2人の笑い声が司令室に高らかに響いた。

 そこに緊迫感はない。だが――その軽口の裏に、重く覆う現実が確かにあった。


「そんな冗談はさておきだ。パイロット諸君の調子はどうだね? エネミーが出ないからといって気が緩んではいないかね?」

「ご冗談を。そんな甘っちょろい鍛え方してません。むしろオレの嫌がらせで溜まった鬱憤を晴らすために、皆活気づいてます。訓練はむしろ熱心なくらいですよ」

「それもそれで問題なのだがねえ……。まあ、心構えが出来ているのは悪いことではない。では、五十嵐少佐。嵐雲の調子はどうだ?」

「早く実戦で使いたくて仕方ありませんねえ! パイルバンカーとドリル……男のロマンですよ!」

「そうかそうか、それは頼もしい。……では竜雲の方はどうかね?」

「椎名ですか?」


 天ヶ瀬は頷く。

 五十嵐が嵐雲に乗ることになり、空いた竜雲には椎名が配属された。

 基地育ちの根っからの隊人間で、幼い頃からジェネシスに憧れ、中学時代からすでに実戦に出ていた。熱血漢ゆえに扱いづらさはあるが、五十嵐が目をかけている若者だ。


「むら気はありますが、腕は確かですよ。伊月を意識してか、毎日シミュレーターに籠もって訓練しています」

「なるほどなるほど。では伊月君はどうだ? 彼を意識して、なにか特別な行動をとったりは?」

「伊月はあの通りですから、誰かに影響されることはないですよ。たまに椎名と言葉を交わしているようですが」

「うむ! 友は多いに越したことはないのだよ! 若者らしく互いを高め合ってほしいものだ! あっはっは!」


 五十嵐はチェス盤の駒を一度すべて落とし、改めて並べ直す。

 天ヶ瀬は何も言わない。ただ、静かにその様子を見つめていた。


「駒は、揃いましたか?」


 五十嵐の声色が、先ほどまでの豪快さとは違い、低く重いものに変わる。

 天ヶ瀬はゆるやかに首を横に振った。


「政府から隠して持ち込めたジェネシスは五機。関西基地の第四世代『鳳凰』。欧州の第二世代『シュネー・トライベン』。ロシアの『バーバチカ』。中国の第三世代『チャイナ・ストライク』。インドの第四世代『スーラジ』。そして、アメリカの第四世代『レジェンディア・アース』。ただし、いずれも貸出は三ヶ月だけだ」

「レ、レジェンディア・アースもですか!」

「ああ。今夜ここへ到着する。他の機体はすでに搬入済みだ。表には決して出せぬ場所に隠してあるがね」


 三年前。迅雷と並び、唯一クラスSを討ったジェネシス。いまなおアメリカの最前線で伝説として語られる機体。それが、レジェンディア・アースであった。


「三ヶ月とはいえ、よく説得しましたね」

「アメリカにはまだ第四世代が五機あるからねえ。恐らく最強のジェネシスを一時的に外し、他を試しているのだろう。新世代への投資、というやつさ」


 天ヶ瀬は駒を指で弾き飛ばし、空いた盤上に対面するようにキングを置いた。

 それを眺める五十嵐の眼差しが険しくなる。


「せめて、あと二機……。いや、一機でも第四世代を確保したい。このままでは」


 天ヶ瀬は手にしたキングで、五十嵐の並べた駒を一掃した。

 音を立てて駒が転がり落ちる。


「それほどまでに、ですか?」

「あくまで予想だ。だが私は東京基地の司令だよ、五十嵐少佐。最悪を想定し、その時どう動くかを常に備えておかなければならない。そして」


 天ヶ瀬はナイトをひとつ拾い上げ、強く握りつぶすように手を閉じた。

 開かれた掌から現れたのはキング。盤上のキングと向かい合うように置かれる。


「キングに勝てるのは、キングだけだ。或いは、同士討ちか」


 2つのキングがぶつかり合い、同時に盤から落ちる。

 静寂の中、駒が床を転がる音だけが響いた。


「つまり、これは」


 ずっと黙していたレクスが、不意に口を開いた。


「来る」


 その瞬間、司令室に警報が鳴り響く。甲高い電子音とアナウンス。


『緊急警報! 静岡県沖にエネミー出現! 第二戦闘配置! 繰り返す――静岡県沖にエネミー出現!』


「来てる。天ヶ瀬。これは、強い。たぶん、勝てない。今までの比じゃない。底が見えない」


 レクスの目が異様なほど見開かれ、天井を射抜くように向けられていた。


「これは。たぶん。2日は残る」

「そうか……。誤作動ではないだろうねえ?」

『間違いありません! 映像にて確認済みです!』

「レクスは銀竜で待機だ。後で連絡する」

「わかった」


 短いやり取りののち、彼女は部屋を去る。

 モニターに映し出されたのは、漆黒の“影”。

 海上に浮かび、ゆっくりと進むその姿は、どこか――人の形を思わせる。


「な、なんなんですかコイツは」

「クラスを出してくれたまえ」

『計測中……! 出ました! クラス……そ、測定不能!?』


 報告官の声が震える。何度測定を繰り返しても、結果は同じ――測定不能。

 その異常さに、司令室の空気が一気に張り詰めた。


「第一戦闘配置に切り替えてくれたまえ。第一から第三部隊を出撃、海岸線で迎撃だ。待機中のジェネシスも全機向かわせるんだよ。死ぬ気で故郷を守れと伝えるんだ。命を燃やせと伝えてくれたまえ」

『りょ、了解!』


 怒号にも似たアナウンスが流れ、基地は戦闘態勢へと変わる。

 その間も、モニターに映る“影”は、じわりとこちらを見据えていた。


 四肢は異様に細長く、それでいて関節には武骨な装甲のような隆起が見える。肩幅は不自然なほど広がり、人間のようだが、どこか間違っている。鎖骨の位置に貼り付けられた白い仮面のような突起。その二つの黒い円は、感情を持たぬ眼窩のように虚ろに光っていた。


「五十嵐少佐。これまで我々は魚類、爬虫類、甲殻類……。あらゆる種に似せたエネミーと戦ってきた。軟体動物も、恐竜すらも打ち倒してきた」

「だ、だったらコイツはいったい……」


 五十嵐の声がかすれる。

 その横で、天ヶ瀬の笑みだけが鮮やかに浮かび上がった。


「まだ戦っていない種がいるだろう? ――そう、人類だ」


 しかし、その頬には一筋の汗が流れていた。


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