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傷を抱えた名もなき英雄と、失われた姉を持つ少女は共に戦う ―人型兵器VS巨大怪獣―  作者: すなぎも


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第21話 守るべき人

 屋上に置かれた一両の電車。それが藤崎夫妻の住まいだった。ガスコンロや毛布が並び、割れた窓は板で塞がれている。雨風を凌ぐための工夫が随所に見えた。


「なるほどのお……。千条が稲光のパイロットとは。にわかには信じがたいが、その服装と、外に停められた稲光を見れば……本当なのじゃろう」


 涼翔は、自分がなぜ生き残ったか、そして今何をしているのかを語った。最初は伊月が止めたが、「信頼している」と強く告げられ、折れるしかなかった。


「はい。今は伊月と一緒にエネミーと戦っています」

「情報は耳に入っておる…凄い活躍じゃな。あんな怪物を何匹も……。つい昨日まで小さな少女だった千条が、もう……」


 藤崎の目に涙が浮かぶ。

 妻が慌ててハンカチを差し出したが、涙は止まりそうにない。


「先生、ここは危険です。こんな場所にいないで、避難をしてください」

「避難はせん。……ワシはここにおる」


 藤崎は嗄れた声を震わせながら、まっすぐ涼翔を見た。


「ここに? でも、こんな壊れた学校でなにをしているんですか?」

「なにもしておらん。ただ皆を置いてきてしまったからの。その罪滅ぼしじゃ」

「そんな……。先生のせいじゃないのに」

「分かっておる。ワシひとりではどうにもならなかった。だが、それでも……。もし、帰ってくる生徒がいたなら、そのときは迎えてやらねばならん。千条。お主が帰ってきてくれたようにな」


 涼翔の目に涙が溢れそうになる。

 老人は静かに瞼を伏せ、微笑を浮かべた。


「千条よ。ワシはもう、長くはないのじゃ。死を待つだけなら、せめてその場所ぐらいは自分で選びたい。ここで、皆と共にありたいのじゃ」

「長くないって」

「病じゃよ。医者に言われておる。だから、こうして戻ってきた。皆の元へ行く日を、ここで待とうと思ってな」

「でも、そんな……」

「千条さん」


 老婆が深く頭を下げる。震える声に、必死の願いが込められていた。


「どうか……。この人を、好きな場所で死なせてあげてください」


 涼翔の瞳が大粒の涙で揺れた。


「すまないのう。じゃが、最後に千条が見られてよかったわい。これで、やっとワシも心置きなく逝ける。のう、婆さんや」

「そうだねえ。爺さん」


 2人は手を取り合い、長い歳月を共に過ごした者だけが浮かべられる穏やかな笑みを交わした。その光景に、涼翔は言葉もなく電車を降り、静かに立ち去っていく。間もなく伊月のスマホに着信が入り、涼翔が先に稲光で待つと告げてきた。


「どういうつもりだ?」


 笑みを浮かべる藤崎に、伊月は鋭い眼差しを突き刺す。


「その歳で、ずいぶんな目をしておるな」

「俺は涼翔ほど甘くはない。そんな茶番に騙されないぞ」


 藤崎は深い息を吐き、目を閉じてから答えた。


「お主なら分かるであろう。千条は優しい子じゃ。わしがどうしても行かぬなら、あの子は己を犠牲にしてでも連れて行こうとする。……だから、ああ言うしかなかったのだ」

「大切な人がここにいるのなら誰だってそうする」

「そうじゃ。じゃが、わしには譲れぬものがある」

「譲れぬもの?」

「再建じゃよ」


 伊月の瞳が冷たく光る。

 壊滅した街を再建する――国が固く禁じている行為だ。


 エネミーに襲われた街は即時立ち入り禁止区域となり、一般人はどんな理由であろうと入ることを禁じられる。未練で壊れた自宅から動かない者、遺品を探しにくる者。そういう者は少なからずいる。


 それ自体は悪いことではない。誰だって家が破壊されたか確認ぐらいはしたいというもの。だが、そういう人を狙った悪人がいる。人の弱みにつけ込む者や、強引になにかよからぬ事をする者。そういう被害を出さないための決まりだ。


 再建の場合はそれだけの理由だけではなく、エネミーが現れたとき戦いの邪魔になる。以前に、善意で集まった者達が国に申請を出さずにボランティア活動、再建を行い、そこにエネミーが出現したことがあった。


 人を守りながら戦わなければいけないという悪条件。

 必要以上に人が死に、再建していた物も全てが破壊された。それ故に、国は再建を厳しく取り締まっている。個人だけの危険ではない。パイロットまで危険に晒す可能性があるから。


「国が何を言おうと、この街はわしらの故郷じゃ。幼き日々を過ごし、愛する者と出会い、子を育てた場所じゃ。……朽ちたまま放り出すことなど、わしにはできぬ」

「他に仲間は?」

「婆さんと2人じゃよ」

「冗談。2人でこの辺りの再建など」

「冗談ではない」

「無理だ。諦めろ」

「無理ではない」


 老人の瞳は老いを超え、澄んだ光で伊月を見返していた。

 その視線は狂気ではなく、燃え尽きる寸前の炎のような清冽さを帯びている。


「わしらの命の残り火は、街と共にある。たとえ灰になるまで、この手で」

「いいや無理だ。二人で出来るはずがない」


 そんなこと、考えるまでもなく分かる。

 捨てられた廃墟を、老いた二人で再建するなど夢物語だ。


「ずっと2人でやるつもりはない。人はいずれ集まる」

「どういうことだ」

「そのままの意味じゃ。この国は倒れても倒れても、何度でも立ち上がる。戦に敗れても立ち上がった。大地が揺れ、家々が崩れても立ち上がった。壊されたなら、再び築けばよい。人はそうやって生き続けてきたのじゃ」

「この状況を見ても同じことが言えるのか? 現実を見ろ」


 荒地と廃墟が広がる境界線。

 誰がどう見ても、再建など不可能と断じるしかない光景。


 だが、老人は静かに微笑み。


「もちろんじゃ。何度でも立ち上がってみせる。それがこの国に脈打つ魂、大和魂じゃ」

「時代錯誤だ。いまの教育を受けた人たちにそんな心を持つものはない! 教師だったお前なら尚更にわかっているはずだ!」

「それでも」


 老婆が寄り添い、老人がその肩を抱く。深い皺に包まれた瞳に、揺るぎない光が宿っていた。老いさらばえた肉体に似つかわしくない、炎のような意志。


「パイロットの俺から言わせてもらうと、迷惑な話だ。戦いの邪魔になる」

「その時は見捨てて構わぬ。しょせん、わしらは犯罪者じゃ」

「そういう問題じゃない。犯罪者だから見捨てていいなんて理屈。これは心の問題だ」


 叱責を受けても、藤崎の眼差しは揺らがなかった。


「それでも曲げられぬものがある。ここはわしらの故郷。子らの笑い声が響いた場所。思い出の全てが眠る場所じゃ。例え誰も来ずとも、わしら2人だけでも、必ず立ち上がらせてみせる。あの頃のように」


 伊月は、言葉を失った。

 そこにあるのは愚かさではなく、燃え尽きることを恐れぬ命の輝き。

 老夫婦の覚悟は、あまりにも儚く、そして、美しかった。


 あまりにも我が儘な意見。

 そのせいで、パイロットに迷惑が掛かるかもしれないというのに。


「わからずやだよ……。だが、強いんだな。藤崎さんは」

「お主は、随分と無理をしておるように映る」


 まるで見透かすような老人の言葉。


「避難区域へ向かって欲しい。今から稲光で運ぶ。手続きもこちらで全て済ませる。それなりの優遇も受けられるように掛け合う。再建を推進する部署にねじ込むことだって」

「言葉に力がない。諦めておるのじゃろう?」


 藤崎夫婦は、ここを動かない。

 少なくとも、自分には動かせない。

 それは、伊月自身が誰よりも理解していた。


「聞き入れては、くれないんだな」

「当然じゃ」

「そうか。……こういうのは好きじゃないが、頑張って欲しい。俺が必ず守る。だから、いつまでもその想いを持ち続けて欲しい。俺のためにも」

「期待しておるよ。熱く、優しく、真っ直ぐな少年よ」


 二人は固く握手を交わした。


「あなた達のような人のために、俺は戦う」

「お主のような者がいるから、ワシらも立ち上がれる」


 そう告げて、伊月は振り返らずに稲光へ戻る。


『おかえりなさい、マスター』

「ああ。……大丈夫か、涼翔」

「大丈夫よ。問題ないわ。行きましょう」


 深く腰を沈めた彼女の顔は見えない。

 だが、声はわずかに震えていた。


 伊月はZXに指示を出す。オートパイロットが作動し、稲光は東京基地へ向けて進み出す。荒れ果てた境界線は、果てしなく続いていた。


「藤崎さんは、あの辺りを再建するそうだ」


 返事はなかった。ただ、鼻をすする音が聞こえる。


「だから、俺たちは守らなければならない。あの人たちを。あの場所を。エネミーから。絶対に」


 闇を切り裂くように稲光は進む。

 その闇は、やがて朝日に照らされ、静かに色を変え始めていた。


「力を、貸して欲しい」

「……もちろんよ」

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