第19話 ネオリンク
三人はブリーフィングルームに移動した。
八雲はプロジェクターを操作し、前の壁に説明用の画面を映す。
伊月と涼翔は椅子に座り、その光景を見つめていた。
「まず始めに。稲光は世界で唯一の第五世代と呼ばれています……。まあ、正確にはお爺ちゃんとお婆ちゃんが勝手に言っているだけなんですけどね」
伊月はその姿を思い出して苦笑いする。
八雲夫婦はいつも「稲光は第五世代じゃ!」と自慢げに言うのだが、世界はそれを認めていない。第四世代との違いを尋ねても、もったいぶって理由を話さないのだ。伊月は「とうとうボケがきたのか」と冷ややかな目で見ていたが。
「ですが、これはただの妄言ではありません。しっかり理由があります。それがネオリンクシステムです。このシステムが搭載されているから、お爺ちゃんとお婆ちゃんは第五世代と呼んでいるんですね。別にボケているわけではないんですよ?」
プロジェクターには稲光のコックピットが映し出される。ファーストパイロットの席が前方に、セカンドパイロットの席が後方斜め上に配置されていた。
「さて、今お2人が使っているのは『リンクシステム』。これは、ジェネシスを管理する誤差修正機能であるZXさんとの意識共有ですね。1人では扱いきれない情報量を2人で分け合うことで負荷を軽減しています」
八雲は指を動かし、画面上の図を示す。
「具体的には、伊月さんには駆動系や操作に関する情報を、涼翔さんにはエネルギー管理や索敵情報を、ZXさんの判断で、それぞれの脳内に流し込んでいる感じです。ZXさんも伊月さんの意識を読み取っているので、誤差修正機能がより正確に働くわけです」
伊月と涼翔は頷く。
理解はできているが、実際に乗るとなると難しさもあるが。
「目視による数秒のロスをなくし、カメラに映らない情報も瞬時に取得できる。さらに、パイロットの意図を読み取りながら機体の動きに補正をかけるので、次の行動に移りやすようになっています。セカンドパイロットが情報を算出することで戦況を有利に進めることも可能です。ファーストパイロットとセカンドパイロット。そして、誤差修正機能が瞬時に必要な情報を選定しないといけないという点では難しいですが、見返りは大きいシステムですね」
二人は改めて頷いた。
「そして、これを改良したのがネオリンクシステムです。全員で意識を共有することが可能になります。つまり、伊月さんと涼翔さんが直接意識を共有します」
「待て、それでは」
「分かっています。今までは誤差修正機能を経由して情報を共有していました。送信したい情報はまずブリングシステムに送られ、そこで『送ってよい』と判断された情報だけが伝達されます。これは、パイロットの恐怖や不安など、不要な情報を伝えないためです」
「それが、ネオリンクではどうなる?」
「ネオリンクでは、それらも含めて意識を完全に共有します。誤差修正機能を経由せず、考えそのものが相手に届くのです。これにより、情報共有のラグがなくなるので、更に戦いを優位に進められるようになると思います」
「理屈は分かるが。大丈夫なのか?」
「情報を整理して考えるのは自分ではないですが、考えている過程から結果までを共有し、邪魔にはならず、自然に理解できる。そういうイメージです」
「む、難しいことを言うな。八雲は」
伊月と涼翔は互いに顔を見合わせ、互いに苦しい表情を浮かべた。
「わたしもネオリンクを体験したわけではないので、あくまで想像での説明です。忘れてもらって構いません」
苦笑しつつ、八雲は続ける。
「戦力アップは期待できますが、ネオリンクには危険も伴い、失敗する可能性もあるのです。いま育成中のパイロット2組はこのネオリンクに失敗したため、第四世代での操縦訓練をしています」
「危険というのは?」
「お互いの意識を共有する、つまり脳と脳を繋ぐことです。そのため、相手の記憶まで共有されます。拒否反応が出たり、相手の記憶を見てショックを受けると、冷静さを保てずリンクは切断され脳に大きな負荷がかかります。最悪の場合、脳が損傷し命に関わることも」
「それは」
「他の2組は軽い頭痛で済んだ程度です。ただ、既に脳に負荷を抱えている伊月さんが失敗すれば……。保証はできません」
涼翔は息をのんだ。
「さらに、お互いのすべてを共有するため、恐怖や怒りもそのまま伝わります。これがネオリンクの大きなデメリットです」
八雲は簡潔に締め、画面には稲光の設計図が表示された。
「稲光はもともとネオリンクを使用する前提で作られたジェネシスです。使えば、間違いなく今まで以上のパフォーマンスを発揮します。恐らく世界が認める第五世代を確立できる程度には」
八雲は伊月を見つめ、表情を曇らせた。
「正直に言います。わたしは使用に反対です。もし失敗すれば、伊月さんの場合、死の可能性が高すぎます」
ジェネシスに乗るたび、伊月の体は確実に蝕まれていた。今のところ大きな不調はないが、医師の説明では平穏な日常時よりも遙かに脳に負担がかかっている。薬やカプセルで治療を続けているものの、痛みは確実に積み重なっている。ネオリンクで失敗すれば、その代償は計り知れない。
「成功させるにはどうすればいい?」
「伊月? まさか使うつもりなの?」
「今のところ予定はない。しかし、もしもの時に使えるようにはしておいた方がいいだろう」
「もしもの時って……。でも私たちなら、クラスSだって倒せるって」
「SSが現れたらどうする? あいつらはいつだって突然現れる。備えて損はない」
「けど」
「俺たちが生き残るためにも知っておいた方がいい。そうだろ?」
無愛想な伊月の表情に、2人の不安そうな視線が向けられた。
「そうね。もし勝てないエネミーが現れたら、使うしかないわね、八雲」
「……わかりました。ネオリンクの成功確率を上げるには、お互いをよく理解し合うことが大切になります。失敗は接続中に相手を拒否するか、相手の記憶を見て取り乱すか。必要なのは平常心でいること。つまり、相手の記憶を完全に把握していれば問題ありません」
前提として相性はありますが、と付け加える八雲。
「そうか。なら、俺が涼翔のことを好きだとして、今すぐ抱きしめたいぐらい愛しているとして」
「ちょ、ちょっと、なに言ってるのよ、いきなり! 告白のつもり!?」
「ずっと付き合いたかった。キスしたい。抱き合いたいと思っていたら」
「な、なんなのよ! こ、こんなところで、そ、そんなこと言われても……」
「ネオリンクで意識が繋がり、涼翔に知られて、こんな風に取り乱されたら」
「失敗しますね」
顔を真っ赤にしている涼翔を見て、八雲は嬉しそうに笑った。
「ですが、記憶を見ると言ってもそこまで詳しい感情までは」
「な、なにニコニコしてるのよ八雲! それに伊月も! か、確認するにしても、もっと他があったんじゃないの!」
「手っ取り早くて間違いないだろ? 俺は特に涼翔に隠していることはないが」
口を尖らせ、ぶつぶつと文句を垂れる涼翔を横目で見る伊月。
「わ、私は、その……。やっぱり異性には知られたくないこともあるし。その……」
それを聞き、伊月と八雲は頷いた。
互いの理解がなくては、ネオリンクはまず成功しない。少しでもどちらかに迷いがあるなら、止めた方がいい。
「もしネオリンクをやることになったらZXさんに伝えてください。準備はもう出来ていますので」
そう言い残し、八雲は退室した。
残った2人は、互いを見つめながら立ち上がる。
「伊月はネオリンクを使う覚悟、あるのね?」
「もちろんだ」
「そう……。なら、少しいいかしら?」
「なにかあるのか?」
問いかけに、涼翔は歩き出した。
「……ええ。聞いて欲しい話があるの」
先を歩く涼翔に、伊月は続いた。




