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傷を抱えた名もなき英雄と、失われた姉を持つ少女は共に戦う ―人型兵器VS巨大怪獣―  作者: すなぎも


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第18話 VS蠍

 朝日に照らされ、それは大地を這っていた。

 その姿はまるで巨大な蠍。


 竜胆色の外殻は鮮やかでありながら、ところどころに黒光りする斑点模様が浮かび、その凶暴性を示していた。体長は百メートルを超えるだろうか。左右に生えた八本の歩脚型付属肢が休みなく蠢き、荒野と化した神奈川を突き進み、東京方面へと侵攻していく。


 頭部の鋏角は獲物を探るように開閉を繰り返し、その隣に備わる巨大な鋏は地面すら抉り割りそうな凶器だった。さらに腹部から節を連ねて伸びる長大な尻尾――先端には鋭い牙のような毒針が輝いている。


 そこへ、一機のジェネシスが単独で接近してきた。

 背部の翼型ジェットエンジンを噴かし、足の補助スラスターと足底の推進で地表すれすれを滑るように飛ぶ。通過する荒野には砂塵が巻き上がり、その速度は他のジェネシスと一線を画している。


 その機体は稲光・雷砲式。

 朝日を反射する鮮烈な赤に全身を覆われた万能型で、左腕にシールド、右手にマシンガン、肩にはレールガンを搭載している。


「シャアアァァァァ!」


 蠍がその姿を捉え、二対の鋏を振り上げる。稲光の巨体ですら蠍の脚一本にも及ばない。鋏で叩き潰されれば一瞬で鉄屑だ。


 正面から迫る稲光に蠍が動いた。尻尾から禍々しい色をした液体を放つ。

 稲光は瞬時に右へ躱す。地面に散った紫色の液体は蒸気を立てながら異臭を放つ。


 射程に入った稲光は、マシンガンを乱射する。だが弾丸は外殻に弾かれ、火花を散らすばかり。蠍にダメージは見られない。


 次の瞬間、尻尾が振り下ろされ、地面が爆ぜる。轟音が荒野を震わせた。直撃したかと思われたが、稲光は砂塵を突き抜けて飛び出す。

 だが尻尾は執拗に追尾し、地を抉りながら迫ってきた。


 稲光はエンジン出力を上げ、尻尾と一定の距離を保つ。

 追いつかれず、しかし引き離しもしない。まるでその速度が安全圏であることを知っているかのように。


 やがて稲光は大きく旋回し、蠍の左後ろ脚を狙う。

 マシンガンを腰に戻し、シールドに仕込まれたブレイドを引き抜く。手のひらから微かな電流が走り、刀身は熱で赤く染まった。


 エンジンを一気に噴かし、補助スラスターで軌道を調整。

 前進を続ける蠍の脚に飛びかかり、稲光の赤熱した刃が、蠍の関節を断ち切った。

 硬質な殻を裂く感触が機体を通して伝わり、次いで凄まじい衝撃音が大地を震わせる。


「シャアアアアアァァッ!」


 蠍が咆哮を上げた。切断された脚がもつれ、巨体がわずかに傾ぐ。地面を擦りながら暴れるその質量は、山が崩れるにも等しい迫力を伴っていた。


 稲光は即座に反動を利用して距離を取る。補助スラスターが赤熱し、砂塵を巻き上げる。


 蠍は脚を失ったままもがき、鋏を乱暴に振り回した。鋭い風圧が荒野を薙ぎ払い、数トンの瓦礫が吹き飛ぶ。その動きは獲物を見失った猛獣のように荒々しく、しかし決して止まる気配はない。


 尻尾が再び持ち上がった。今度は毒液を放つ気配はない。

 針そのものを杭のように振り下ろすつもりだ。


 右肩に備わるレールガンのバレルが二段階展開される。

 瞬間、青白い光の弾丸が唸りを上げて放たれ――脚の関節部へと吸い込まれた。


 轟音と共に爆ぜ、二本目の左脚が粉砕される。

 巨体が体勢を崩した隙を逃さず、稲光は豪雨のように降り注ぐ毒液を紙一重でかわしながら正面へ回り込む。尻尾の死角、その安全圏から頭部の四つの単眼を狙い、一直線に跳躍した。


 蠍が反応する。

 巨大な鋏が、稲光を薙ぎ払うように振るわれた。


 だが、稲光はそれを予測していたかのようにシールドを掲げ、防御姿勢のまま突き進む。直後、逆手の鋏がフックのように絡みつく。

 

 寸刻の迷いが命を落とす戦場で、稲光は即座にマシンガンに装着されたグレネードを発射。鋏の付け根を爆破し、爆風を利用して翼型スラスターを一気に噴かせた。


 回避と同時に、稲光は蠍の頭部へと着地。

 腰のホルダーから引き抜いたブレイドを、ためらいなく一つの単眼に突き立てる。


「シャアアァァァッ!」


 巨体がのけ反り、悲鳴が荒野に轟く。

 稲光は畳みかけるように、展開したレールガンで右脚の関節を二度撃ち抜いた。寸分違わぬ狙撃により脚部が次々と吹き飛び、蠍はついに地へ伏す。


 しかし稲光は攻撃の手を緩めない。

 殻を失った腕の付け根へ跳び移り、先ほどグレネードで穿った亀裂へブレイドを深く突き立て、無慈悲に切り裂いた。


「シャアァァァァァ!」


 轟音とともに巨大な腕が地面に落ち、土煙が立ちのぼった。尻尾から撒き散らされる不気味な液体を、稲光は舞うようにかわしながら射程圏外の正面へ移動する。


 右肩のレールガンが、二段階から五段階へと展開されていく。

 迫りくる破滅に気付かぬまま、蠍はただ目の前の稲光を睨み続けている。

 銃身に電流が走り、火花が散る。

 世界が一瞬、静まり返る。


 ――閃光。

 

 体の芯を突き抜けるような甲高い破裂音が、早朝の日本を震わせた。

 放たれた弾丸は轟音を伴い、蠍の鋏角を正確に貫通する。肉を裂く生々しい衝撃音を残し、そのまま勢いを衰えぬまま太平洋の彼方へ消えていった。


『クラスAエネミー、蠍の沈黙を確認。お疲れ様です、マスター』


 長大な尻尾が力なく地に落ち、竜胆色の巨体が崩れ伏す。

 その終焉を見届け、稲光は静かに基地への帰投ルートを取った。





「うむー……やはり現実というものは厳しいねえ。なかなか思い通りにはいかない。この程度ではまだ足りない」

「ん。あまり、響かない」


 モニタールームの司令席。蠍の死骸を回収する流雲を見下ろしながら、天ヶ瀬は隣に立つレクスへと語りかけた。


「そうか……。いやはやそれにしても、まさかここまで彼らの動きが悪いとは。先が思いやられるのだよ、私は」


 下では稲光の戦闘を絶賛するクルー達の声が飛び交っている。だが天ヶ瀬の言葉は、彼らとは対照的に冷ややかだった。難しい表情で椅子を回す天ヶ瀬。隣のレクスは、いつものように無表情を崩さない。


「……やはり、あのシステムを試すべきかもしれない。ただ彼女にはまだ迷いがある。下手をすれば大事な戦力を失いかねない。だからこそ慎重に動かねばならないのだが」


 背もたれに身を預け、天井を仰ぐ。


「そろそろ来てもおかしくはないのだがね。困ったものだよ……。なあ、レクス」

「ん」


 その時、背後の扉が開いた。

 パイロットスーツ姿の伊月と涼翔が入室してくる。


「今日もご苦労だったね。すまない、毎度のことながらキミたちに頼りっぱなしだ。本来ならばもっと上の階級のパイロットが活躍すべきなのだが、東京基地には不甲斐ない上官ばかりでね」

「そ、そんなことありません! 皆さん立派な方々で」

「はい。尊敬すべき上官ばかりです。俺たちは、まだまだ若輩だと痛感しています」

「そうかそうか。それなら私も安心だよ、伊月君、涼翔君。エネミーには歯が立たぬ連中でも、キミたちに尊敬されているのなら結構結構! あっはっはっはっは!」


 いつものように高笑いを響かせ――だが、それは唐突に途切れる。


「本音を教えて欲しいのだがね。キミ達はどう思う? 今のパイロット諸君を」


 先ほどまでの陽気な音色は欠片も感じさせない、耳に残るような重い声音。普段の巫山戯た姿はどこへ消えたのか、考えを読ませない深い瞳はじっと二人を見据えていた。


「あ、あの……」

「正直に申し上げます。総合的に見て戦力になっていません。この国を守ろうという気持ちがある者達ばかりです。ですが、ベテランパイロットの多くは死に、今は素人に毛の生えた程度の者達ばかり。実戦に出た者から死ぬ状況が続いています。言葉は悪いですが、今の新米達は死ぬ順番を待っているとしか」

「い、伊月! それはさすがに」

「的確な分析が出来ているねえ伊月君、その通りなのだよ。頑張っているパイロット諸君には申し訳ないのだが、今はキミたちが出るまでの時間稼ぎぐらいにしか役に立ってないのだ。悲しいことにねえ」


 腕を組んでうむーと眉間に皺を寄せる天ヶ瀬。

 その態度がなんとも態とらしい。


「では涼翔君に問おうか。彼らをキミたちのように活躍させるにはどうすればいいと思う?」

「え、えっと。ジ、ジェネシスの強化、でしょうか?」


 自信がなさげに答える涼翔に天ヶ瀬は渋い顔を向け。


「その通りなのだよ涼翔君! どうやら稲光のパイロットはどちらも優秀なようだね! あっはっは! 私は嬉しい限りだよ! キミ達が優秀でいてくれて!」


 手放しに褒める天ヶ瀬。

 その変わりように、涼翔はホッと胸をなでおろしている。


「量産型の強化か、彼らが上の世代のジェネシスに乗れるようになる。これが一番手っ取り早い方法なのだよ。正直、今の量産機では厳しいからねえ。頑張ってもクラスBに勝てるかどうか」

「開発の方はどうなんですか?」

「それがねえ、天才的な発想を持つ者はみな第四世代をいじっているさ。前に育成中が二組いると言っただろ? それらのジェネシスの開発を楽しんでいてねえ。秀才が量産機を頑張っているのだが、なかなか許可を出すほどのものがない。天才達が気紛れに作った第二世代ジェネシス『嵐雲』が今日配備されたのだが」


 司令席のパネルを操作し、天ヶ瀬は嵐雲を画面に表示させた。

 全長は流雲より一回り大きい程度だが、そのシルエットはまるで別種の獣だった。機体全体が分厚い装甲で覆われ、蒼黒の塗装は光を吸い込むように沈み、鈍重さと圧迫感を同時に漂わせている。


 とりわけ異様なのは右腕の構造だった。

 通常の人型フレームの比率を無視するかのように肥大化した前腕部。その先端には四つの鋭いクローが湾曲し、獲物を逃がさぬ鉤爪を思わせる。その中心には、螺旋のドリルが鈍く光り、内蔵されたパイルバンカーの射出機構が脈動している。まるで呼吸するかのように赤い警告灯が点滅し、視る者に「この機体は敵を穿つためだけに存在している」と告げていた。


 左前腕に備わるシールドもまた異様だ。量産機のそれとは違い、重戦車の砲塔を思わせる厚みと重量感を持ち、片腕ごと壁となるよう設計されている。攻防一体だが、その代償は明らかに過大だ。


「これは……。実戦で使えるのですか?」

「一度こいつを使うと右腕はもげるそうだよ。こればっかりは笑えないねえ……」


 呆れたようにパネル上の右腕を小突く天ヶ瀬。

 その言葉通り、嵐雲は一撃を放った瞬間、自らも代償を払う狂機のようだった。


「ドリルとパイルバンカーは男のロマンだそうだ。伊月君、キミには分かるかね?」

「エネミーが日本に複数体同時に攻めてきたことはありません。一撃必殺というのであれば、ありかと思われます」

「的確ではあるが、キミはつまらない答えしか返してくれないねえ。涼翔君。キミにはこれがロマンだと思うかね? 正直に頼むよ」

「ロ、ロマンというのは分かりませんが、その……」


 涼翔の戸惑いの視線が嵐雲に向けられる。


「つ、強ければいいのではと。私は稲光の方が好きですし。その腕がカッコイイとは思いませんが……」

「うむ。そういう率直な意見が聞きたかったのだよ私は。全くうちの連中は遊んでいる場合ではないというのに、困ったものだねえ。こういうものを作る気持ちも大切なことではあるのだが」


 モニターを消してから天ヶ瀬は問いかける。


「まあそれはいいとしようか。それで、だ。どうだね? リンクの調子は。もう不自由なく戦えているかね」


 伊月と涼翔が稲光に乗り始めてすでに六ヶ月。

 その間に九体のエネミーを倒してきた。

 クラスAが三体。Bが五体。Cが一体。基本的にはクラスB以上のエネミーが出現したときに出撃するのだが、一度だけ竜雲の調整が間に合わずに出撃していた。


 その戦いぶりに今、日本は湧き上がっている。

 迅雷の再来だ、と。


「特に問題はありません。クラスA程度なら難なく倒せます」


 もともとジェネシスを操作させれば一級品の伊月と、伊月の戦い方を熟知しているZX。涼翔に関してはまだ未熟なところがあるものの、優れた才を持ち、実戦に出る度に伸びていた。最近では伊月の動きを理解し始め、それを深めていけば確実に一流の戦力になるだろう。


「クラスSが出た場合はどうだね?」

「厳しい闘いになると思います。相手の特殊能力も読めなくなってきますので。しかし、今の涼翔となら倒して見せます」


 堂々と答える伊月。その声に迷いはなかった。

 涼翔もまた、力強く頷く。


「では……。SSには勝てるかね?」


 伊月の眉間に微かな皺が寄る。

 クラスSSエネミーが現れたのは一度だけ。

 三年前、伊月と優翔が倒したあの一体。

 以来、SSはおろかSランクすら姿を見せていない。


「……あの時のエネミーを想定するなら、勝てないでしょう」


 短く吐き出された言葉に、レクスの放つ殺気が増した。


「なんだ?」

「なんでも。ない。ただ。そっちの方が、ダメ。なの?」


 レクスの視線が、じっと涼翔に向けられる。


「涼翔が悪いわけじゃない。総合的に考えて言ってる」


 伊月が睨みを利かせ、レクスがそれを受けて睨み返す。

 その間に立つ涼翔は、いたたまれない表情を浮かべていた。


 この六ヶ月で、涼翔は確かに伸びてきた。

 伊月と共に幾度もエネミー戦を研究し、最前線で命を賭けてきた。

 だが、幼い頃から伊月と並んでノウハウを叩き込まれてきた優翔と比べれば、なお大きな差がある。


 敵の行動を読む直感。威力と装甲、出力を瞬時に算出する頭脳。

 一歩間違えば即死の駆け引きに耐える冷静さと心の強さ。

 それらは半年で埋まるものではない。


「つまりいまクラスSSが現れたら日本は終わり、ということだねえ。あっはっは! いや困ったものだ!」


 大げさに笑う天ヶ瀬。しかし、その声音にはかすかな影が混じっている。


「SSが現れると?」

「いやいや、私も一応は司令だからねえ。最悪を想定しておかねばならん。考えたくはないが、備えておくに越したことはない」

「最悪の状況、ですか」


 伊月が呟くと、天ヶ瀬はゆっくりと頷いた。


「キミたち、そろそろネオリンクシステムを使ってみないかね?」

「ネオリンクシステム? それはどういう?」


 尋ねる伊月の視線の先で、ちょうど扉が開き八雲が現れた。


「天ヶ瀬司令、なにかご用でしょうか? いま迅雷が……って、伊月さん、涼翔さんじゃないですか」


 二人に駆け寄り、軽く頭を下げて挨拶する。

 それを見た天ヶ瀬は、静かに笑みを浮かべた。


「やっときてくれたか、八雲の孫君。先ほどなにか言いかけていたようだが?」

「い、いや、なんでもありません! 気にしないでください!」

「うむ、ならよいのだ。早速だが2人にネオリンクの説明をお願いしよう。私よりキミの方が詳しいだろうからね」

「ネオリンクシステムを……。わかりました。では、行きましょう」


 戸惑いながらも八雲に続く伊月。

 浮かない表情を見せる涼翔。

 その2人を見送ったあと、扉が静かに閉じ、天ヶ瀬は再び穏やかに笑った。

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