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傷を抱えた名もなき英雄と、失われた姉を持つ少女は共に戦う ―人型兵器VS巨大怪獣―  作者: すなぎも


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第16話 現状

『ええ。よろしくお願いするわ。伊月さん』


 微笑む彼女の手を取ろうと手を伸ばす。

 優翔は死んだ。今日からは涼翔と日本を守る。優翔と守り続けたこの国を、優翔が死んでも守りたかった何かを。そのためには、その手を握らなければならない。


『ねえ、なんで私だけ死ななきゃいけなかったの?』


 隣に、1人の少女が現れた。

 虚ろな瞳でこちらを見上げ、首を傾げている。


『私達、いつでも一緒って言ったでしょ? なのに、なんで私だけ?』

『……優翔』


 白く細い腕がこちらへ伸ばされ、その姿は涼翔と重なった。


『一緒に行こう。私達はずっと一緒なんだから。そうでしょ? 伊月』


 ――そうだな。優翔。


 手を伸ばす。

 ずっと会いたかった彼女に、触れようとして。


『よろしくお願いするわ。伊月さん』


 声が割り込む。目の前の少女を改めて見据える。

 優翔と涼翔が重なった虚ろな幻影。


『ねえ、なんで私だけ死ななきゃいけなかったの?』

『初めまして、でいいのかしら? 私は千条涼翔。姉がお世話になりました』

『一緒に行こう。だって、私達はずっと一緒なんだから』

『それは、姉とした約束でしょう?』


 声音が、脳内で渦を巻く。

 優翔か、涼翔か。


 ――いま目の前に立つのは、どちらだ?


『私は優翔』

『私は涼翔』


 ふたつの声が重なり、だぶって響く。

 細い腕がゆっくりと伸びてくる。


 ――それは、誰の手?


「――ッ!」


 見慣れない白い天井が広がっていた。

 喉の奥から短い息が漏れ、伊月は反射的に半身を起こす。


 緑色のカーテンに囲まれたそこは、消毒薬の匂いがほのかに漂っていた。

 安全な場所だと理解すると同時に、さきほどまでの幻が頭をよぎり、胸を強く押さえる。


「最悪だ……」


 全身は汗で濡れ、服が肌に張り付いて気持ちが悪い。

 できることならすぐにでもシャワーを浴びて幻の影を洗い流したかった。


「あっ! 起きましたか伊月さん!」

「八雲か」

「お医者さんを呼んできますね!」


 顔を覗かせた八雲は慌ただしく駆け去り、代わって白衣をまとった女医が現れる。  脈を取り、瞳孔を確認し、いくつかの質問を投げかけたあと、椅子に腰かけて言う。


「特に異常はありませんね。疲労と伺っていますが?」

「……ああ。ここのところ寝不足だった」


 声に疲れが滲む。蟷螂を撃退し、東京基地を追い出されてから三日。涼翔のことを考え続け、まともに眠れた夜は一度もなかった。倒れた理由はそれだけではないはずだが、説明はそれで十分だろう。


「涼翔は?」

「ZXさんと話しています。お互いに理解し合わないといけない関係ですからね」

「そう、か。そうだな」


 唇を噛む。

 蟷螂戦でリンクは成立した。だが、心はまったく噛み合っていない。

 理解を深めなければ、あの幻影のように再び足をすくわれる。

 早急に向き合わなければならない。


「八雲はこんなところにいていいのか?」

「わたしは新米ですから。やることと言えば迅雷をいじるぐらいです」

「迅雷を?」

「はい。いきなり実戦で使うジェネシスをいじる訳にはいきませんからね。一年前から1人で迅雷をカスタムしてるんです。学校に通ってたときは休みの日しかいじれていませんでしたので、あまり進んでいませんが」


 八雲は膝の上に置いていたノートパソコンをぱっと開き、設計図を表示した。画面に浮かぶ迅雷の骨格線が、まるで宝物でも見せるように彼女の瞳に映り込んでいる。キーを叩く指先は小刻みに震え、息を弾ませているのがわかる。


「実際のところどうなんだ? 戦力にはなりそうか?」

「第四世代といえど三年前のジェネシスですから、装甲は流雲より劣っています。プラズマ砲があるので戦力にならないこともないですけど、一撃食らえば大破は免れないでしょうね。あくまで迅雷の装甲はプラズマに耐えられるよう選ばれたものですから、元々硬いものではありませし」

「そうか」

「ある程度の部品は使っていいと言われているのですが、さすがに一人で全てを取り替えれませんので。ちょいちょいいじる程度にしかなっていません」


 伊月は画面を覗き込みながら、心が疼くのを感じた。戦場で何度も死線を越えた相棒。傷だらけになりながらも優翔と共に戻ってきた機体。それが「旧式」と評されるのは仕方がないと理解しながらも、胸の奥に小さな棘が刺さるような感覚が残る。


「大切に扱ってやってくれ」

「もちろんですよ! あわよくば強化して乗ってもらおうと考えていますからね!」

「楽しみにしている」

「じゃあ約束です! いつかわたしの迅雷に乗って、エネミーを倒してください!」

「八雲のではないのだが……。そうだな、約束しよう」

「はい!」


 八雲が人差し指を突き出してきた。大きめの白衣の袖がずるりと落ち、細い手首と指があらわになる。彼女の笑顔は眩しく、年相応の少女らしさが溢れていた。


 伊月は苦笑しながらも、その指に自分の指を絡ませる。


 ――ゆーびきーりげんまん。


 八雲は小さな声で歌いながら腕を振り、無邪気な笑顔を浮かべた。伊月はその笑顔を見て、ふっと肩の力を抜いた。


 それを終えてから伊月はゆっくりと立ち上がった。体を動かした瞬間、筋肉に鈍い痛みが走る。どうやら丸一日眠っていたらしく、節々が固まっていた。


「どこへ行くんですか?」

「隊に所属していたときの日課をしようと思ってな」


 軽く肩を回し、ストレッチをしながら答える。医務官に一言挨拶してから、部屋を後にする。


「一緒に行っていいですか?」


 八雲が小走りで横に並ぶ。


「構わないが……。結構かかるぞ?」

「いま迅雷のプログラムを書き換えているところなので。終わるまで暇なんです」

「そうか。なら行くか」


 2人は並んで歩き出す。


「そういえばパイロットの方と喧嘩をしたって聞きましたけど?」

「喧嘩というほどのものじゃない」

「ならいいのですが……。一応伝えておきますね。パイロットの皆さん、伊月さんのことをコネで入隊して最新の稲光に搭乗してるって言ってます。迅雷のパイロットだったってことを誰も信じてないみたいで」


 迅雷のパイロットは、死んだことになっている。

 当然の反応だと、伊月は胸の奥で呟いた。


「それを整備班の方々が聞いてしまって、大喧嘩になったんです」

「余計なことを」


 思わず嘆息が漏れる。


「なんで本当のことを言わないんですか? だいぶバカにされたと聞きましたけど」

「言う必要がないからだ。八雲、俺の体のことは聞いているか?」

「はい。1人でZXさんとリンクしたって」

「そのせいで俺の身体はボロボロだ。いつ死ぬか分からない。英雄と称えられる迅雷のパイロットだと知られ、期待されたくないんだ。いつ死ぬか分からない者に期待しても悲しいだけだからな」


 平穏な生活をしていれば短くはない命。

 だが、ジェネシスのパイロットとしてならどうなるかは目に見えている。あと何回ジェネシスに乗れるのか。恐らく、数えるほどだろう。


「どうにも、ならないのでしょうか?」


 心配そうにこちらを見上げる八雲に、伊月は頷いた。

 天ヶ瀬が言ったことを思い出す。国のために死んで欲しい――あそこまで真っ正面から言われた以上、どうにもならないのだろう。


「で、でも! わたしの迅雷には乗ってくださいね! それまでは絶対に死なないでくださいよ!」

「ああ。それも約束に入れておこう」


 司令塔を歩くこと数十分。辺りは薄暗くなり、行き止まりの壁に付いた錆びついた扉を開くと、広大な空間が広がった。


 ここはジェネシスを保管する巨大ドッグ。高い天井には古びた吊り下げ式照明がいくつも並び、むさ苦しい男たちが忙しなく動き回っている。白く統一された壁は汚れが目立ち、機体や作業の忙しさを際立たせていた。


 壁際にはジェネシスが幾つも並べられている。布で覆われた機体、数名の整備士が必死に修理している機体、戦いの傷を物語る機体。


「竜雲はすぐに落とされたらしいな」

「はい。奮闘はしたのですが、それでも……」


 竜雲の上半身はワイヤーで吊られている。片腕は失われ、ボディには二つの大きな穴が空いていた。切り落とされた箇所に、蟷螂の足跡が残っている。至る所に傷が刻まれ、かつての勇姿の面影は薄れていた。


「あれで五十嵐さんが無傷か」

「不死身の侍って呼ばれているらしいですからね」

「不死身、か……。見習いたいものだな」


 二人は広いドッグを慎重に歩く。移動用の車に乗った整備士に「死にてえのか!」と怒鳴られ、今の伊月にはそれすら懐かしいと感じていた。


「避けろ避けろ! 流雲が出るぞ! 潰されたくなけりゃ避けろ!」


 声に従って整備士たちが慌ただしく動く。ドッグ全体が振動し、地面を踏み鳴らす音が響き渡る。振り返ると、3機の流雲がカタパルトへ向かって誘導されていた。先頭の流雲は滑らかに動くが、後ろの二機はぎこちなく、歩幅も不安定だ。金属音と油の匂い、そして整備士たちの怒声が入り混じり、無駄な緊張感が流れている。


「戦闘前の緊張具合だな。新米か?」

「分かりませんけど、動きを見る限りそうだと思います。地上の片付けでしょうか?それにしても、見ていて怖いです」

誤差修正機能(ブリングシステム)を信用していない動きだ。もっと大胆に動かしても問題ない」


 一歩一歩が遅く、片足で立っている時間が長いため、倒れないよう無駄な負担がかかっている。


「一度転けさせるくらいの勢いで操作させるといい。誤差修正機能(ブリングシステム)の偉大さを一発で理解できる」

「こんなところで倒れられても困りますけどね」

「そうさせないのが誤差修正機能(ブリングシステム)だよ」


 危なげながらも、全機がカタパルトへ誘導される。床に足が固定され、背中を壁にはめ込まれた。


「流雲を出すぞ!」


 甲高い金属音がドッグに響き渡る。振動と火花を伴い、三機のジェネシスが次々と地上へ放たれた。それを物珍しげに見上げるのは伊月と八雲だけ。他の者たちは日常の作業として受け止め、気にせず動き続けている。


「懐かしい音だ」

「いつ見ても興奮します!」


 隣で鼻息を荒くする八雲に一声かけ、伊月は再び歩き出す。

 奥へ進むと、赤いジェネシスが視界に入った。


 全身は血のように深い赤に塗られ、金属光沢を帯びて光を反射している。肩と足に取り付けられた補助スラスターは重量を感じさせない流麗なフォルムで機体を支え、ホバー移動を可能にしていた。背中には中には強力なジェット推進ユニットが二基搭載され、静止していてもまるで飛び立とうとしているかのような緊張感を漂わせている。右肩の上には大型エネルギー砲が格納され、通常の流雲では考えられないほどの破壊力を秘めている。


 その脇で2人の老人が真剣な表情で言い合いをしている。


「お爺ちゃんとお婆ちゃんだ。なにやってるんだろ?」

「止めとけ。ジェネシスをいじってる時に話しかけると、あからさまに不機嫌になるぞ」


八雲は思い当たる節があるのか、話しかけようとしていた手を止め、「そうでした」と肩を落とした。


「伊月さん、起きたのね。それと……八雲さんだったかしら?」


現れたのは、体のラインをくっきりと浮かび上がらせる赤いパイロットスーツに身を包んだ涼翔。片手にヘルメットを持っており、稲光でなにか作業していたのだろう。


「はい。一鉄と叶の孫の八雲夢実です。よろしくお願いします」

「稲光のパイロット、千条涼翔よ。よろしくね」


 二人は握手を交わした。凛々しい顔立ちに爽やかな笑顔を見せる涼翔。パイロットスーツのせいか体つきが大人びて見え、同い年の八雲と比べると落ち着いた印象を受ける。金色の髪は後ろで一本にまとめられ、ビジネスウェアを着たオフィスレディのような凛とした雰囲気さえある。


「……八雲が子供っぽいだけか」


 対して八雲は、愛らしい笑顔で涼翔と握手している。医務室に付き添ったためか、普段整備士が着ない黒い制服を着用しており、それがぶかぶかで少し頼りなく見えた。


「歳が近い人がいなかったので嬉しいです! 仲良くしてください!」

「ええ。私もこの環境に戸惑っていたの。八雲さんがいてくれて助かったわ」


 2人が意気投合している様子を見て、伊月は1人で歩き出した。


「ま、待ってください! 置いて行かないでくださいよ!」


 すぐに2人が後をついてくる。


「なんで何も言わずに行っちゃうんですか!」

「楽しそうに話してたからな。このドッグに若い女性が複数人いるのは珍しいことだ。仲良くなっておいた方がいい」

「そ、それは……。涼翔さんとは仲良くなりたいですけど」


 早くも名前で呼ぶようになっていた。


「体は大丈夫? 無理してない?」


 彼女の蒼い瞳を見つめ、自分に言い聞かせる。


 ――これは涼翔だ、と。伊月は口を開く。


「問題ない。昨日はすまなかった。やはり、どこかで優翔と重ねて見てしまっているようだ」

「しょうがないわよ、外見は全く同じだもの。親にもたまに間違えられていたわ。その、まだダメそう?」

「問題ない。よろしく頼む」


 口ではそう言ったが、手は差し出さなかった。

 本能的にそうしているのか、それともまだ警戒しているのか。

 自分でもそれは分からない。


「よろしくね、伊月。でいいかしら?」

「ああ。俺は涼翔と呼ぶ」

「分かった。それで、2人はどこへ向かっていたの? ここへ来たわけではなさそうだけど」

「日課を済ませにようと思ってな。ここにいた頃は毎日していた」


 伊月は涼翔の顔を見つめる。整った顔立ち、凛とした姿勢、微かに笑みを浮かべるその表情。優翔とは同じ声、同じ仕草を持っていても、確実に別人だということを脳が告げている。


「涼翔さんも一緒に行きませんか? 大丈夫ですよね、伊月さん」

「別に構わないが。楽しいところではないぞ?」

「大丈夫です! 一緒に行きましょう、涼翔さん!」


 八雲から伊月に視線を移した涼翔。その目は真剣で、感情を隠しているようにも見える。だが、瞳の奥に微かな好奇心と警戒心が混ざっていることに、伊月は気づいていた。


「そうね。それじゃあ、一緒に行かせてもらおうかしら」

「はい」


 伊月と八雲が歩き出す。涼翔は少し間を置き、手でヘルメットを握りながら目を逸らす。肩の力を抜きつつも、口元には苦笑が浮かぶ。


「あの、着替えるから待っていて欲しいんだけど。さすがにこれじゃあ、ね」


 その一瞬の動作に、伊月はわずかに心臓が跳ねるのを感じた。声は落ち着いているのに、手の動きや目の奥の微妙な色合いに、人となりがにじみ出ている。


「なるほど、やはり別人だ」


 脳では理解しながらも、心はまだ優翔と混ざり合って揺れてしまう。

 慣れるのには時間が掛かりそうだった。

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