第15話 周りの評価
東京基地のブリーフィングルームには、三十名のパイロットが集められていた。
並べられたパイプ椅子に腰を下ろすのは、屈強な肉体を持つ者ばかり。
中には女性や華奢な青年の姿もある。
だが、彼らがそこに座っているのは肉体に勝る何か特別な技術を持つからだろう。
「おめえら、新入りを連れてきたぞ! 黙りやがれ!」
入室するなり、五十嵐の怒鳴り声が響く。
その瞬間、部屋は静まり返った。
五十嵐の背後から現れたのは伊月。
三十の視線が一斉に注がれる中、彼は目的の人物を見つける。
黄金の髪は戦闘の邪魔にならぬよう後ろで一本に束ねられ、澄み渡る蒼眼は真っ直ぐにこちらを射抜いていた。整った顔立ちに鋭い眼差し。美しい外見のせいで周囲からは浮いているが、その視線は周りのものとは比べ物にならない強さを宿していた。
「こいつが迅雷の元パイロットで、新たに稲光に乗る伊月未来だ」
五十嵐の言葉に部屋がざわめく。
向けられる視線はドッグで感じたのと同じく冷ややかだ。
「五十嵐隊長、正気ですか? こいつが迅雷のパイロットだなんて冗談もほどほどにしてくださいよ」
立ち上がったのは茶髪の青年、椎名。ゲームセンターで伊月を挑発し、ドッグでも顔を合わせた男だ。がに股で威嚇するように歩み寄り、伊月を足先から頭まで値踏みする。
「迅雷のパイロットは2人とも死んだって話じゃなかったんですか?」
「マスコミにはそう報道させてある」
「はっ、信じられませんね! こんなへんちくりんが? 聞きましたかみなさん! こいつがあの迅雷のパイロットだそうですよ!」
椎名は伊月の頭を軽く小突きながら言う。
周囲からは嘲笑が漏れるが、伊月は一切の反応を示さなかった。
伊月と優翔の存在を知る者は限られていた。知っていたのは数名の整備士と、共に戦った戦友、そして高位の司令官たちだけ。
2人は幼くして戦場に立ち、英雄視されることを避けるためその存在を徹底的に隠されていたのだ。
伊月が戦死とされたのも同じ理由だった。
普通の高校生活を送らせるため。そして、もし生存が知られれば、敵対勢力に狙われ、最悪は外国に拉致されてパイロットとして利用される危険があったから。
それが、真実だった。
「おい、なんか言ったらどうだよほら吹き気取り野郎!」
胸ぐらを掴む椎名。
だが、伊月はまったく反応を示さなかった。
その視線はひたすらに優翔の妹へ向けられている。
見れば見るほど彼女は優翔に似ていた。
もし優翔が生きて成長していたなら、きっとこんな容姿になっていただろう。
まさか本人なのでは――そんなありえない可能性すら、伊月は捨てきれずにいた。
だからこそ、周囲の嘲笑など耳に入らない。
「おいおい椎名、新人がビビっちまってるぞ。そこらへんにしてやれよ!」
「最初が肝心だって言ったのは先輩でしょ! だから痛い目を見せてやったほうがコイツのためになるんです!」
椎名の声に、部屋は笑い声で満ちる。
「お前らいい加減に」
口を開きかけた五十嵐を、伊月は片手で制した。
必要ない、という意思表示。
その静かな仕草に、五十嵐は怒りの矛先を失い、複雑な表情を浮かべながらも口を閉ざす。
「伊月未来です。稲光に乗ることになりました。若輩者ですが、足を引っ張らぬよう努力します。よろしくお願いします」
胸ぐらを掴まれたままの、奇妙な体勢での自己紹介。
その言葉に、部屋は一瞬で静まり返った。
椎名は鼻を鳴らすと、伊月を突き飛ばす。
「なんでこんな腑抜けた野郎が稲光のパイロットなんだかな! そうだ千条さん、コイツの代わりにオレと一緒に稲光に乗らない?」
軽薄な笑みを浮かべながら、椎名は涼翔の肩に手を回そうとした。
その瞬間、低い声が割り込む。
「いい加減にしろよ、椎名」
腕を掴んだのは五十嵐だった。
他の者より一回りも大きい手が、圧倒的な力で椎名の手首を握り潰す。
骨が軋み、椎名は顔を歪め呻き声を上げながら床に転がった。
「伊月が構うなと言うから、今まで我慢してたがな!」
「五十嵐さん、気にしないでください。もう解散にしましょう」
伊月の声は変わらない。入室してから一度も表情を動かさず、氷のように冷たい目のまま、涼翔を見据えていた。
「だがよ、伊月」
「俺は早く彼女と話したいんです」
告げられた言葉に押し切られ、五十嵐は渋々と手を離した。
重苦しい溜息が部屋に広がり、パイロットたちは互いに怪訝な視線を交わしながら退出していく。椎名も肩を押さえながらそれに続こうとしたが、最後に伊月を睨みつけて吐き捨てる。
「けっ。誰だか知らねえが。コネ野郎が」
椅子を蹴り飛ばし、怒りに顔を歪めたまま退室する。
静寂の中に残されたのは、伊月と涼翔、そして五十嵐だけだった。
「すまんな。あいつはそこそこジェネシスを動かせるから調子に乗ってるんだ」
「気にしないでください。ただ、余計なことはしないでください」
「余計なこととはなんだ。オレが止めなかったらお前が椎名を殴ってただろうが。入隊初日でそれはさすがに見逃せん。一応オレの部下なんだ」
「だったら彼女には手を出さないように伝えておいてください。……しばらくの間は、自分でもなにをしでかすか分かりません」
言葉の端々ににじむ震えを、五十嵐は聞き逃さなかった。
死んだと思っていた彼女。
幼い頃から苦楽を共にした、もう二度と会えないと思っていた。
いや、正確にはまだ会えていない。
伊月の心に焼き付いている彼女と、目の前にいる彼女は別人だから。
それでも胸の奥が焼けつくように熱くなり、声を上げて泣き出してしまいそうだった。この三年間、片時も忘れたことはない。いつもどこかで思い出していた。
「初めまして、でいいのかしら? 私は千条涼翔。姉がお世話になりました」
凛とした最敬礼。
懐かしい声が鼓膜を震わせる。
なにも違わない。声音も、言葉の運び方も――あの優翔そのものだ。
「もし……。もしエネミーがいない世界になったら、俺と結婚してくれないか?」
震える唇から零れたのは、抑えきれなかった願い。
それは紛れもないプロポーズだった。
真剣な表情を見つめて、涼翔は静かに、しかし揺るぎなく告げる。
「それは、姉と交わした約束でしょう?」
胸を突く一言。
伊月はゆっくりと頷いた。
理解できた。納得できた。もう、優翔と涼翔を取り違えることはない。
目の前の彼女は間違いなく優翔とは別人なのだ。
『だから! 今はそんなこと言ってる場合じゃないでしょ!』
優翔はいつでもそう言っていた。食事中も、訓練中も、入浴中でさえ。二人きりのときだってそうだった。
だが、その返事をこれから先、もう二度と聞くことはできないのだ。
今の遣り取りで、それをようやく突きつけられた。
「俺は伊月未来。稲光のパイロットになる予定だ」
「ええ。よろしくお願いするわ。伊月さん」
差し出された手。
伊月手は、彼女の手を掴む直前で止まる。
「クッ……」
まるで自分の手が自分のものではなくなったかのように動かず、小刻みに震えるばかり。額に汗が滲み、左手を添えて無理にでも前へ押し出そうとするが脳が拒絶していた。
それは、彼女の手をもう二度と掴めないと、魂に刻まれた痛みだった。
「……すまないが、涼翔から手を握ってくれないか?」
「でも」
「頼む。やってくれ」
五十嵐が無言で頷くのを見て、涼翔はそっと伊月の震える手に触れようとする。
『伊月!』
幻聴のように、優翔の声が脳裏で響いた。
その瞬間、伊月は手を引き椅子にぶつかる。
「す、すまない……」
肩で呼吸を繰り返す。顔は死人のように蒼白で、血の気が一滴も残っていない。
「すまない、本当に。だが、俺は……」
「伊月! 伊月よ!」
「伊月さん!」
呼びかけも届かず、伊月の意識は真っ逆さまに闇へと落ちていった。




