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傷を抱えた名もなき英雄と、失われた姉を持つ少女は共に戦う ―人型兵器VS巨大怪獣―  作者: すなぎも


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第11話 彼女の正体

 地上は暗かった。

 夜空には無数の星が瞬き、かつての東京の姿は影もなく、更地が広がっている。


 その静寂を破るように、地面から一つの光が突き出た。

 赤いジェネシス――稲光・雷砲式。

 八雲夫妻が三年の歳月をかけ完成させた、第五世代予定のジェネシスだ。


「蟷螂は……あっちか」


 伊月はカメラをズームし敵の姿を捉える。

 ZXを通してセカンドパイロットから補足情報が脳内を駆け巡る。

 これが第四世代の利点だ。

 ファーストは操縦に集中し、セカンドはその時々に必要な情報を想起し、ZXを介してファーストへ伝える。口や視覚で確認するより遥かに速く、一瞬の判断が生死を分けるエネミー戦ではこの差が勝敗を左右する。


『五十嵐の部隊は?』

『全滅よ。死者二名。生存者は回収済み。私たちは蟷螂が来るまでここで待機』

『了解』


 会話は脳内だけで完結する。


「まだ距離はあるか。武器の確認が必要だな、ZX」


 指示に応じ、ZXが搭載武器の一覧を解析する。


「電磁投射砲、レールガン……なんだ、この威力は。これだけで蟷螂を倒せる計算になるぞ」


 飛距離と破壊力を計算すると、その恐ろしさが実感できる。


「この距離でも届く……。狙ってみるべきか? バレル展開」


 右肩の五段階バレルが、ゆっくりと展開される。

 その砲身の長さと展開時間を考えると、遠距離専用武器と考えて間違いない。

 中距離では長すぎて扱いにくくなることだろう。


「機体を固定。発射準備」


 稲光・雷砲式はゆっくりと膝を曲げ、ローラーで地面を押し付けるように姿勢を低くした。肩の大型バレルがわずかに震え、全身の補助スラスターが微細に噴射される。機体が地面に根を下ろしたかのように安定し、膝のローラーが砂を噛みしめる。


「エネルギー充電」


 レールガン内部で膨大なエネルギーが収束し、振動と共に空気がほのかに歪む。

 次第にバレルが赤く帯電し、肩口から静電気が走る。

 伊月の呼吸と心拍が同期するように、機体が静かにうなりを上げる。


「目標ロック。発射」


 瞬間、大気が震えた。

 ズドン――爆裂音が周囲に鳴り響く。


 あまりの反動に機体が揺れる。


 レールガンの弾丸が放たれたその光は、まさに稲妻そのもの。

 光のような速度で蟷螂に接近し――右腕を吹き飛ばした。


「――ッ!」


 遠くから悲鳴が聞こえる。


「な、なんだこの威力は……」


 想定以上の衝撃により弾道はわずかにズレ、蟷螂の頭部を打ち抜くことはできなかった。だが、そのわずかな誤差もまた、次の一撃への貴重な情報。


「次で決める、もう一発だ。にしても、とんでもないものを作ったな」


 稲光は再び発射体制に入る。


 そして――


「終わりだ」


 トリガーを引いた。


 だが、弾丸は発射されなかった。


『なにやってるのよバカ!』

『なんだいきなり。脳内で騒ぐな』

『レールガンがどれだけのエネルギーを使うと思ってるのよ!』


 脳内にデータが流れ込む。残りエネルギー残量――四%。


『……なんで使う前に言わなかった?』

『何回も呼びかけたわよ! それなのに』

『ZX、どういうことだ』

『マスターが搭乗する前、セカンドにそう伝えられていましたので。焦りの想いはマスターへは伝えないようにと。今はもう解除していますが』


 BRINGシステムによるパイロット同士の意思伝達。

 パイロットが強く相手に伝えたいと願い、システムがそれを必要だと認識した場合にのみ行われる。そうでなければ、恐怖や焦りを受けた瞬間の感情まで伝達され、両者が動揺してしまうためのセフティー機能だ。


 ゆえに、BRINGシステムと長く時間を共にし、互いを理解し合い、必要な情報とそうでない情報を的確に判断できるようにならなければならない。本当に伝えるべき情報のみを、お互いに伝えるために。


 だが、今の三人にはそれがまだ出来ていなかった。


『なんでZXにそんな指示出した?』

『焦った想いなんて伝達されても意味ないじゃない!』

『お前は戦いで焦りを感じないのか? それほどの腕と経験を持っているのか?』

『そ、それは……』


 こうしている今も彼女の想いや考えが脳内に流れ込んでくる。

 本来、このような、不要な情報を遮断するのがリンクシステムにおけるBRINGシステム、ZXの役目だが、今はその制御が利かない。


『私はどうすればいいのでしょうか?』


 この有様である。どの情報を伝え、どの情報を遮断すべきか、まだ理解できていない。


『エネルギー残量が減る度にパターンAのアラートで知らせてくれ。索敵は新しい信号が入ったら音声で伝えろ。セカンドからの情報は全部遮断して構わない』

『よろしいのですか?』

『ああ。今はこうするしかない。悪いな、セカンド』


 彼女からの返事はない。

 だが、ZXを通じて彼女の想いは届いてくる――自分が余計なことをZXに指示したせいで起こった出来事だという、深い罪悪感。


『確認しなかった俺も悪かった。後で謝るよ』


 最後にそう伝え、ZXに意識伝達を制限させた。

 エネルギーは残りわずかで、レールガンは当然使えない。

 迅雷と同じく装備されている手の平のプラズマ砲も数発しか撃てない。

 となれば。


「ブレイドか」


 右前腕からブレイドを突き出す。

 昔、何度も使った武装。思い出すだけで自然と気が引き締まった。

 エネルギー消費を抑えるため、じりじりと蟷螂に近付き、その動きを静かに待つ。


 二百メートルほどの距離で、蟷螂が動きを止めた。

 今まで一度も止めることのなかった四本の足を、全て地に着けている。


『飛ぶぞ!』


 稲光が地面を蹴り、空へ跳んだ。

 刹那、蟷螂が翼を広げて突風を巻き起こす。

 間一髪で回避するも、蟷螂は稲光を睨み、一本になった鎌を横に振った。

 目には見えない鎌鼬が稲光に迫る。


「こいつなら防げるか」


 左前腕のシールドで体を覆う。

 突風が体を貫く衝撃を襲うが、シールドは微動だにせず耐えてみせた。

 轟音と共に突風の射程外へ着地し、稲光は素早く体勢を立て直す。


「腕じゃなく翅を破壊しておきたかったな」


 本来ならセカンドが突風の風力と稲光が耐えられる風力を比較し、ファーストに伝達するはずだった。だが、今はそれがない。あの風がどれほど危険か、正確には分からない。シールドで鎌鼬を防げたのも、偶然の産物に過ぎなかった。


「口で支持するから、出来るだけ早く俺に教えてくれ」

『了解しました』

「突風に稲光は耐えられるか。シールドであと何回鎌鼬を防げるか。翼を出してられる時間とインターバル。分かったらすぐに知らせてくれ」

『了解しました。突風は耐えられますが、動きは本来の二割に制限され、エネルギー消費は倍以上になります。鎌鼬は三回まで防げます。他は演算中です』


 ZXの回答が出る前に、蟷螂の翅が開いた。

 稲光は咄嗟に飛ぼうとするも、間に合わないと判断。シールドを前に突き出し、その場で機体を固定した。


 衝撃が襲う――鎌鼬だ。

 続けてもう一発、衝撃が直撃。シールドが割れた。


「さ、三発じゃなかったのか!」

『突風により威力が増していたようですね』

「なにを暢気に!」


 蟷螂を見る。片腕を力一杯横振りし。


「グッ!」


 半分のシールドでかろうじて防ぎ、なんとか衝撃を受け流した。

 しかしシールドはこれで完全に失われた。


『続けてきます』

「ッチ!」


 蟷螂が鎌を横振り、鎌鼬を突風に乗せて生成する。

 目に見えぬその威力を、稲光は地面に倒れることでかろうじて回避した。


「容赦ねえな!」

『演算終了。突風継続時間、二十秒。インターバル三十秒。二十秒間に鎌鼬を起こせる回数、四回』

「よくやったZX」

『どういたしまして』


 稲光は立ち上がり、エネルギー残量を気にせず翼型の火を噴かせた。

 インターバルは三十秒。十分すぎる時間だ。


 近寄らせまいと鎌鼬を発生させる蟷螂。

 稲光は跳んで避け、着地と同時に右前腕にセットしたブレイドを発射。残りの前足を吹き飛ばした。紫色の液体を垂らし、蟷螂が断末魔をあげる。


 攻撃手段を失った蟷螂は足掻きとばかりに口を大きく広げ、牙を剥く。


「さよならだ」


 右手に溜めたプラズマを蟷螂の口に叩き込む。頭部は抵抗もなく焼きちぎれ、そのまま腕を振り切ると蟷螂の半身はプラズマで消滅した。


 それでも伊月は攻撃を止めない。

 残りの下半身を熱を帯びたブレイドで切り刻む。

 後ろから「ひっ」と声が聞こえたが、それでも手は止まらない。


『目標、完全沈黙。死亡を確認。マスター。お疲れ様です』


 その声を聞き、ようやく稲光は攻撃を止めた。

 クラスAともなると、生命力は侮れない。伊月はそれを知っていた。だからこそ、ZXの情報を確認するまでは手を止めなかったのだ。


「さて。正体を教えてもらうか」

『マスター。先に帰還してください。新たなエネミーが来たら困りますので』

「……わかった」


 ZXの指示に従い、稲光を指定の位置まで移動。地面が割れて降下し、しばらくして東京基地に到着。ドッグまで移動させると、整備士たちは歓声で稲光を迎えた。


 伊月は構わず指定された場所で稲光を固定する。

 立ち上がり、後ろを見上げると、彼女は立ち上がりこちらを見下ろしていた。


 そして、そのヘルメットを外す。

 長い金色の髪は後ろで一本に縛られ、手で払われ静かに揺れた。鋭い目つきに白い肌。見とれるほどのシャープな顔立ち。その瞳は伊月を真っ直ぐに見据え、言葉にならない問いを投げかけるようだった。


 伊月は見覚えがあった。


「なっ……。なんで優翔が。だって、お前はあの時、死んだはずじゃ……」


 その女性は、千条優翔。

 三年前まで迅雷で伊月と共に戦っていたセカンドパイロット。

 そして、クラスSSに殺されたはずの彼女、そのものだった。



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