第9話 英雄の帰還
「出せるジェネシスはありますか! 動かせれば何でもいい。第一世代でも構わない!」
司令塔の内部に作られた巨大ドッグでは、大勢の人間が忙しなく動いていた。
誰一人として伊月の声に反応する者はいない。
それでも伊月は奥へ奥へと足を進める。見知った顔を探すために。
『おう、伊月! どうしやがった、こんなところで!』
周りの流雲とは色が違うジェネシスが声をかけた。
蒼に染められたその機体は、名を『竜雲』。五十嵐の専用機で、接近戦に特化している。至る所にブレイドが備え付けられ、射撃武器は胸元の機関銃だけ。流雲よりもフォルム全体が刺々しく、見た者に刃を想起させる。
「俺も出ます! なにか機体を貸してください!」
『てめえさっき血吐いてただろうが! 無理すんな!』
「無理でも構わない! 今の戦力じゃアイツに勝てない!」
『病人は黙ってベッドで寝てろ! 帰れ帰れ!』
「このっ……あんたらが頼りにならないから言ってる!」
『んだと、てめえ!』
『てめえ、五十嵐隊長になんて口聞いてやがる! ぶち殺すぞ!』
聞こえてきたのは、どこかで聞いたことがある青年の声だった。
「今は五十嵐と話してる。誰だか知らないが、黙ってろ」
『んだとこらぁ!』
竜雲の隣に置かれた流雲から、一人の青年が顔を見せた。
茶色い髪に、どこか柄の悪い目つき。
「……ゲーセンの奴か。まさかパイロットだったとは」
『なんか言ったか、てめえ!』
なにやら喚いているが、今の伊月には構っている余裕はない。
このまま五十嵐の部隊が出撃しても、蟷螂に全滅させられるのは目に見えていた。
それは、誰もが薄々気付いていること。
「このまま出ても全滅して終わりだ! 俺にジェネシスを貸してくれ!」
『黙ってろ、病人! いくぜ、てめら!』
竜雲が動き出す。
地上へ打ち上げるカタパルトへ歩みを進め、他の四機がそれに続く。
『雑魚が。黙ってろよ、気取り』
青年の言葉が鼓膜を揺らし、腹の奥底に沈んでいた何かを震わせる。
頭がかっと熱くなり、怒りが沸々と湧き上がった。
今まで溜め込んできた思いが胸を通り抜け、喉を駆け抜け――。
「てめえ、五十嵐クソジジイ! クラスBのエネミーに手こずってた雑魚のくせに隊長ぶってんじゃねえぞ! 俺は日本で唯一の第四世代ジェネシス、迅雷・零式のパイロットだ! 雑魚が出るだけ経費がもったいねえ! 俺一人を出しやがれ!」
その声はドッグ全体に響き渡った。
全員が動きを止め、伊月の姿を見つめる。
冷ややかな視線が、どこのバカがそんな虚言を抜かすのだと訴えていた。
「おやおや、昔と変わらんねえ」
そんな中、背後から声がかかる。
「じいさん! それと、ばあさん!」
「ばあさんじゃないやい! まだまだあたしゃピチピチよ! 伊月の小僧のくせに生意気な口ききおって!」
その声に、ドッグがざわめく。
「伊月さん! あなたが迅雷のパイロットだったなんて聞いてません! お爺ちゃんから聞いてビックリしましたよ!」
「や、八雲。すまん。だが、言う必要はないと思って。別に内緒にしていたわけでは」
「なんだいその喋り方は! そんないい子ぶっても可愛い孫はやらないよ!」
「う、うるせえババア! それより俺にジェネシスをさっさと寄越せ! 第二世代しか動かせないような雑魚に日本を任せてられるか!」
「まあまあ。天ちゃんから聞いておる。こっちじゃ」
四人はドッグの奥へ進む。
ベテラン整備士たちは静かにその背中を見つめる。
その光景を懐かしむように。
三年前、クラスSSを倒した日本の英雄・伊月未来と、最強の第四世代ジェネシスを生み出した八雲夫婦が肩を並べて歩く、あの光景を。
「い、伊月の小僧……。てめえ生きてたなら連絡ぐらい入れやがれ!」
「てめがいねえからこのドッグが大声クソジジイの独壇場だったんだぞ!」
『誰が大声糞ジジイだてめえ! 蟷螂を殺したら、てめえらも殺すからな!』
「いいから出撃しろ、クソジジイ! 司令に怒られるぞ!」
『わった、うるせえな! 伊月、先いってんぞ! 竜雲、リフトオフ!』
擦れ合う金属音がドッグ内に響き渡る。
続けて、四機の流雲が地上へと上げられた。
「死ぬんじゃねえぞ、五十嵐」
機体を見送る伊月が小さく呟く。
それを見た八雲が。
「伊月さん。学校と性格違うんですね、五十嵐って」
「……言うな」
「口調、学校と全然違いますね?」
「だから言うなって」
嬉しそうに微笑む八雲に、伊月は逃げるように八雲夫婦の後を追いかける。
四人はドッグの奥へ進み、布がかけられたジェネシスの前に到着した。
「さ~て! ワシらの最高傑作のお披露目じゃぞい!」
八雲家族が一斉に布を引く。光を反射する深紅の装甲が姿を現し、その場にいた誰もが思わず息を呑んだ。赤を基調に白が彩りを添え、肩と下腿部は他の機体より太く、補助スラスターが複数装備され着地時の衝撃を吸収する。左腕にはシールド、右肩にはカノン砲、背中には翼のような巨大ジェットエンジンが備わる。
「これがワシらが開発した第五世代型ジェネシス、稲光・雷砲式じゃ!」
「稲光・雷砲式……」
「BRINGシステムを調整すればすぐに戦える。行ってこい」
「ああ」
伊月は設置された階段を駆け上がり、胸元のコックピットに乗り込む。
硬質なシートに腰を下ろすと、計器類が光を帯び、微かに冷たい空気が流れた。
『お久しぶりです、マスター』
「お前……。ZXか?」
『はい。迅雷から稲光に移植されました。お元気ですか? マスター』
「元気とは言えないな。お前は?」
『BRINGシステムの私に不調はありません』
ZXとは伊月が迅雷に搭乗していたころのAI、BRINGシステムに付けた名称だ。他のBRINGシステムとは違い感情を持ち、幼い頃から伊月と共に学び成長してきた、相棒のような存在である。
どうやら、迅雷から稲光に移されたようだ。
「ZX。リンクいけるか?」
『マスター、死ぬ気ですか?』
リンクとはBRINGシステムとの意識共有。
1人とBRINGシステムがリンクすれば、情報量の多さに脳が焼き切れる。
「俺とお前じゃ第二世代と同じ。クラスAには勝てない」
『マスター。私はもう貴方を失いたくはありません』
伊月がジェネシスのパイロットになり、迅雷に乗っていた数年間。それより幼い頃からZXは伊月と共に学び、時間を重ねてきた。その想いは、今も変わらないのだろう。
「このままじゃ、日本が壊滅するぞ」
『セカンドパイロットがいます、マスター。後ろを』
振り返ると、ファーストパイロットの後方斜め上にセカンドパイロットが座っていた。体に密着する赤のパイロットスーツを着用し、フルフェイスのヘルメットをかぶっている。シールドは黒く塗られ、表情は確認できない。
「お前は、誰だ?」
問いかけても女性は動かない。
操縦するのに万全な体勢をとり、こちらを見ようともしない。
「ZX。俺とアイツとお前でリンクいけるか?」
『第四世代のリンクなら可能です。いきますか?』
「……ああ。お前も、大丈夫だよな?」
問いかけに、女性の顔がわずかに縦に揺れた。
前を向き、操縦席を自分の体に最適化していく。
その動作は、三年前のあの頃を思い出させるようだった。
『行けます、マスター』
「ああ。行くぞ、フルフェイス」
返事はない。
そのとき、携帯の電子音が響いた。
習慣的にメールを開く。差出人は『千条優翔』。
『一緒に行こう』
後ろの女性を見上げるが、相変わらず真正面を向き、微動だにせず体勢を保っていた。
「……まあいい。ZX、行こう」
『了解、マスター』
ZXがリンクに必要なプログラムを起動する。
伊月は目を閉じ、心を集中させた。
なぜ自分が彼女とリンクできるのかは分からない。
ただ、分かっているのは一つ。
エネミーを倒さなければ日本は壊滅するということ。
『リンク』
ZXを介し、二人の意識がひとつに溶け合う。
頭痛を伴う莫大な情報が脳裏を駆け巡る。
操縦を担うファーストパイロット・伊月未来、索敵とエネルギー管理を担当するセカンドパイロットの女性、そしてその補助を行うZX。
胸に懐かしい感覚がよぎる。まるで、あの頃に戻ったかのように。
『リンク成功。マスター、いつでも行けますよ』
レバーを握り、慎重に操作する。
稲光の機体が思い通りに手を開き、空気を切る音が辺りに響く。
「……ただいま。ZX」
『お帰りなさい、マスター。ずっとお待ちしておりました』
一歩踏み出す。八雲家族が嬉しそうに見守る。
周りの整備士達が赤く光る棒でカタパルトへ誘導を行う。
懐かしい振動が体を伝い、懐かしい重力が脚にのしかかる。
懐かしい感覚、懐かしい声が、胸を貫いた。
「稲光・雷砲式。伊月未来、出る」
赤いジェネシスが地上へ放たれる。
人類を脅かす敵を駆逐するため、伊月は身体を引っ張るような重力を楽しんだ。




