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アイユー

作者: けんT
掲載日:2025/08/09



 “あさ、眼をさますときの気持は、面白い。”


 そんなことはない。


 全然これっぽっちも、全く何も、ない。


 朝は眼が冴えない。


 朝は母方の祖母が僕の布団をひっくり返しにやってくる。


 朝は祖父がテレビを見ながら、朝食を口にする。


 朝は顔を洗いに洗面台へとゆく。


 朝はトーストに目玉焼きとベーコンを乗せる。(それとコップ一杯の麦茶を飲み干す)


 朝は制服に裾を通し、着こなす。


 朝はとにかく眼が冴えない。


 朝は意地悪だ。


 冴えない私は学校へと行く。


 惨めだ。


 塞ぎ込んでいて、親という生き物と話したことはない。


 気がつけば母方の祖父と祖母に預けられていた。


 幼少の淡い記憶の中に薄氷のように曖昧だが、母親の顔が思い出る。


 薄っすらとしかわからない、どこで何をやっているのか分からない、母親の顔。


 愛想が悪そうに、悲惨に笑う母親の顔。


 愛想が悪いのは親譲りだったようで、中学二年生になるまでに一度たりとも友達はいたことがない。


 自分をさらけ出したことはない。


 期待して、絶望するくらいだったなら、始めっからあとも先も考えないほうがずっと楽だ。


 この世界には私以外に誰もいない。


 世界の中心は私で、私の周りを取り囲むその他は付属品でしかない。


 空が(まわ)る。


 (せみ)が目の前を横切る。


 私は燃え上がる。


 私は熱くなる。


 私は情熱的だ。


 私はコンクリートとキスをする。












 昼は見知らぬ、天井……。


 起きてすぐに感じたのは喉の渇きだった。


 おそらく看病をしてくれたのであろう保健室の先生が体を起こした私に気が付き「少し待ってて」と言ってペットボトルの水を渡してくれる。


 私は水を飲む。たくさん、たくさん。そしてやがて飲み干した。


「体調はどう?どこか悪いところはない?」


 学校に行く途中で倒れてしまったようだった。


「……別に」


「そっか、じゃ、体調の様子を見て出られそうだったら持ってきてたお弁当食べて、午後の授業でてね。無理そうだったら親御さん呼んで早退してもらうね」


 私は首を縦に振る。


 その合図が伝わったのか「おっけ」と言ってそそくさ保健室を去ってしまった。なんともまあ無責任な大人。


 自分も大きくなってしまえば、あんなに醜くなってしまうと考えると、鳥肌が立つ。


 あんな“大人”に。


 大人に近づくにつれ、身体中から毛が生えてくる。


 胸から、腕から、脚から、脇から、性器から色々なとこから生えてくる。


 女子が近づくと不思議とドキドキして、心の臓が(うるさ)くなる。


 女子に近づくと悶々とした気持ちになる。


 女子に近づくと何かを求める、求めている自分がいる。


ガラガラと―――


「あれ、藤田先生いないじゃーん」


 扉が一切の躊躇なく開かれる。


 ノックの一つでもしたらどうだ。


 そこには女生徒が一人、たたずんでいた。


 黒髪で奇天烈に揃えられたわけでもない長髪と規則正しく着こなされた女子生徒用の制服とスカート。ありふれていて、そんな容貌をしている彼女だったけど、そんな容貌をしていたからこそ独特な部分が際立っていた。


 型破りだと思ったところは二つ、白く染められたまつ毛と両耳共にあけられたピアスが彼女が非行少女と想像させるには難しくなかった。


 いきなりの彼女の登場に戸惑い、思わず凝視してしまう。


「ねえ、君、藤田先生知らない?」


 話しかけられた。


「…………」


 どう返したらいいのだろう。


 いや、彼女は私に対して先生がどこへ行ったのか聞いているのだからそれを答えればいいんだ。


 ―――心の臓が弾けそうだ。


「……出てった」


「あちゃー、すれ違ったか」


 しまったというように顔をしかめる。


「自分は2年3組 有明靜(ありあけしずか)。あなたは?」


「……」


 初対面でズカズカ人の領域に入ってくる人間は嫌いだ。


「ねーえー、名前教えてよ」


「……」


「ねえってばー?」


 こういう無神経さとか、何も考えないで過ごしてるやつが一番ムカつく。


 私がこんなに悩んで、考えて、合わせてそれなのに何も考えていない、何も悩みのない人間が感に障る、癪に障る。


 だから自分は一人なんだ。


 周りが自分を一人にするんだ。


 怒りがグツグツ煮えくり返りそうになる。


「私はお前が嫌いだ」


 セミは鳴き続ける、去れどもその笑い声がとどまることを知らない。


「“ワタシ”って、ゆうの?」


「は……?」


「変わってるね。いや、別に貶してるとかじゃないからね。あまり聞かない名前だったから」


「―――あぁ……うん、そうだね」


 有明靜に対して、もうこれ以上なにか話したい意欲はなかった。


 「暑くな〜い?最近の暑さマジで異常ぁー……」


「うん……そうだね―――」


 相槌だけは打とう、人として最低限の礼儀だ。


「ワタシ、好きな食べ物はー?」


「おかか……」


「好きな好きな映画はー?」


「ゴッドファーザー…」


「好きな歌手ー!」


「…宇多田ヒカルさん」


「好きなー……えっと、あー」


 なんでか質問攻めをされている。


 ていうか質問するならもっと出せるだろ。


 先生探しに行けよ、うっとおしい。


 用事があるんじゃないのか。


 ―――有明靜。




「ねえ、今日さ夏祭り」


「やだ」


「まだ何も言ってないよー?」


「祭りの話題を出すやつにろくなやつは居ない」


「なんでさ、楽しいじゃん祭り」


「楽しくない」


「自分と一緒なら楽しからさ、一緒にいこ?一緒に」


「やだ」


 人混みがあるところは嫌いだ。


 息苦しくてたまらない、私からすれば圧迫感しか感じないクローズドエリアだ。


 それに有明靜と一緒なんて嫌だ。わざわざ、どんな理由があって。


 連れ出された。


 追い出された。


 家まで付けてくるとは思わなかった。まさかそんな行動力を持っているなんて思わなかった。


 家に襲来してきた有明靜によって、祖父と祖母を味方につけて夏祭りへと駆り出されてしまった。


 少しのお小遣いと共に。


 彼女がここまで一般論から掛け離れたことをすると考えつかなかった私の失態だった。


 今世紀一番の大失態だった。


「楽しいねー」


「……ふざけるな」


「お祭りだよ?楽しまなきゃ損だって」


「……楽しめない。……そう体が作られてる」


「なにそれ」


 物語における主人公の数々は不思議なヒロインの手によって日常から非日常に突き落とされるのが定番だ。


 テンプレートの手のひらの上だ。


 だからといって、私がそれに当てはまると行ったらそんなことはない。


 結局一人になる、私は一人にしかならない。


 孤独な私は泡を吐く。


 楽しげに賑わう祭りの会場とそこで笑うさまざまな人たち。


 日は沈みゆくが祭りの明かりが人々の気持ちに日を灯す。


 それはもう情熱的に。


「どこから行こうか」


「……なんでも」


「じゃ、射的いこー」


 射的はそれほど品揃えはよくなかった。あるのはお菓子や百均で売ってそうな子供用のおもちゃぐらいだ。


 それでも有明靜はさも真剣に自分が品定めた獲物を射抜(いぬ)こうとする狩人のようだ。


 コルク銃をまるで死線を乗り越えてきた相棒のように構える。


 一回三百円、もらえる弾は三つで実に弾一つ百円といったところ。


 懐事情がそこそこの高校生には少し割高だと感じる者もいるにいるだろう。


「よしゃ!ぶち抜くぜベイベー!」


 そう言って馬鹿なことを抜かして放たれた彼女の弾丸は三つともあらぬ方向へ―――


 いや弾丸が射抜いたものは確かにそこにあった。


 射的屋の店主、老い先短そうな爺さんに向けて。


 幸いにもこれまでにも同じようなことにあったことがあるのか、達人のような身のこなしで三百円の弾丸を(かわ) してみせた。


「あわわッ!ごめんなさいぃー!」


「次は気をつけるんだぞ」


 そのような具合で祭りを楽しんでいた。


「たこ焼き食べるー?」


「いらん」


「かき氷食べるー?」


「いらん」


「ケバブ?」


「いらん」


「ワニ肉の串焼きとかはー?」


「ワイルドすぎだろ!」


 なんでそんなゲテモノあるのかについては置いといて。


 そんなゲテモノを買って私に食べさせてきた有明靜を叱ろうとしたが案外美味しくぐうの音も出ないことは置いといて。


 私が有明靜と祭りをわりと楽しんでいることも置いといて。


 子供用プールに入るような。


 浅い水辺で戯れるような。


 そんなキモチ。


「おい」


「ん?」


「……やっぱりなんでもない」


「えー、いや気になるのですけど!」


「黙れ」


「キャイ~ン」


 花火が始まる。


 祭りの最終局面であり、そんなことを思う私は終わることを惜しんでいる。


 人のいないところからの眺め。


 無人のビルに登る。


 もちろん入ってはいけないことなんて重々承知だが、それでも、今はただこの気持ちに身を任せたい。


「もうすぐだね」


「あぁ」


「……楽しかった?」


「全然」


「食い気味だねー……」


「無理やりワニ肉を食べさせてきたお前が悪い」


「それはごめんて」


「うまかったから赦す」


「よしゃ!やりー!」


「調子に乗るな」


 刹那、火の花の茎は線をなぞられ、石炭のような黒い空へと、その花は徒花と咲いた。


 地面に花弁が飛散するがそれはもう、残りカスだ。


 残響だけが辺りにこだまする。


 花火は徒花と咲いて、散る。


 ―――小綺麗。


「なあ」


「うん…?」


「なんで祭りに誘ってくれたんだ」


「なんでって……それは、ほらあれ、わからないかな?」


「なんだよ、それ」


「うんとね。極論さ、誰でもよかったのよね」


「そうなんだな」


「でも、君で良かったと私は思ってます!」


 彼女の笑顔は花火と類似して小綺麗だった。


 自分に()っかかってきた謎の女、有明靜。


 自分一人だったけれど、一人だけ友達ができたような気がしました。


 私の名前は―――です。


「あ、いい名前だね。綺麗だね」






















 花火が終わりました。


 大人や子供がお祭り会場から離れていきます。

 

 気づいたことがありました。


 私を取り囲む人々は結局、そうそう変わってくれるものではない、それと同じように私は変われない。


 期待しただけ裏切られるような気がしてならない、自分に裏切られてきたのだから、でも大人は相変わらず嫌いだ。


 朝、から、この世界にいたくなかった。


 でも、それでも。


 いてもいいのではないか。


「ワタシはいてもいいのではないか」

「タニンがいてもいいのではないか」


 ワタシを補完し続けるための材料はなんだ。


 それもワタシなんだ。


 帰ろう。


「また明日ね」

 

 私は一人じゃなかった。






















 あさ、眼をさますときの気持は、面白い。

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