第4章 ミハタノヨ(御機の四) 壱
第4章スタートです。
久しぶりの更新です。
よろしくお願いいたします。
❁プチ情報❁
ホツマツタヱではオオモノヌシ、オオヤマスミは役職名という解釈が多いとのことです。私もその解釈で進めていきます。
“穂”はホツマツタヱの年月の単位です。
ヒノカミノミヅミナノアヤ(日の神の瑞御名のアヤ) ①
「またある日のお話です。諸神が神議り(会議)を高天間で行ったときに、オオモノヌシ様(大物主神)が日の御子の諱のアヤを皆に問いました······」
厳格な会議のあとで空気が徐々に緩む中、皆が部屋に残っているのを丁度よい機会だとオオモノヌシ様が、日の御子の諱の由縁について諸神に問いかけた。
それに答えたのはオオヤマスミ様(大山祇神)で。
『私の親が書き記した歌の中に謂れについても記されているよ』
諸神がその謂れを聞きたいと乞えばオオヤマスミ様は厳かに話し出した。
『昔の話だ――クニトコタチ様の八御子のひとりが木の苗や農作物の種を伝えながらホツマのクニに赴いたんだが、そこより遥か東の、高い山並みを越えた日が昇る方角にあるヒタカミのクニにも赴いた御子がいたんだ。その方はタカミムスビと呼ばれ、ヒタカミのクニを良く統べた。それでトコヨノハナ(橘)を様々なところに植え――ハラミ山にも橘を植え増やし、カグヤマ(橘山)としたんだ。
真榊を五百本植え継ぐくらい永いときをタカミムスビは受け継がれていて、代々ヒタカミのクニを治めてきた。そして五代目タカミムスビ――諱はタマキネ様だが――は元明け(天地の真髄であり調和でもある概念とか存在)を写したアメノミオヤ様を始め、トホカミエヒタメの八御子やアイフヘモヨスシの八神を含む32神を勧請してお祀りしたので、民からはトヨケカミ(豊受大神)と称され非常に敬愛されたんだ。
トヨウケ様は東のキミとして、その“道”を承け、大嘗事も引き継いだのだが、6万年で枯れ植え継がれる真榊も21本目で、年も既に百二十万七千五百二十穂が経つ中、改めてよく考えてみると神孫(クニトコタチ様から続く子孫)は千五百人を超えるほどになったのに、その中に天の道をちゃんと修めて民の嘆きを和すことができるカミがいない。そしてそういう者が現れなければ天の道も尽きてしまうと嘆いたトヨウケ様がハラミ山に登って八洲(日本)を見下ろしてみれば、たくさんの民が蠢くばかりで“道”を習えてもいない。ただそれも導く者がいないのだから当然だとやはり嘆き、気持ちも沈むままヒタカミの宮に帰ったんだ――』
このクニトコタチ様から八御子の全国への派遣?のエピソードは繰り返し出てくるね。それだけ大事なエピソードなんだろうね。ある意味日本の現実的な建国描写で、歴史だからかな?
それと富士山の新たな呼び名がまた追加された!今度は『かぐやま』で橘から取った名前だね。かぐやまって奈良の香具山が有名だと思うんだけど、橘山でもそう呼ぶんだね。
あと毎回思うけど、年数のカウントがオカシイ。長生き過ぎるというか、不老長寿もいいところ。それが神様なんだって言われるとそうなんだけど、人間ぽさが際立つ話の中に急に神話らしいぶっ飛んだ設定が盛り込まれるから違和感が凄い。神様らしい寿命で当たり前のことなのかもしれないけれど、僕はモヤリとなってしまう。
トヨウケ様が勧請した神様はトータル41柱であってる?アメノミオヤ様(1)と八御子(8)と32柱だとそうなるね。
トヨウケ様は教えが行き届かず荒れていく日本の様子に、危機感や焦燥感に苛まれたことだろうね。ヒタカミのクニはよく治められていたみたいだから、なおのこと他のクニの様子に心痛めたんじゃないかなぁ?あとどうしてちゃんと治められないのか憤っちゃったかもしれないね。同じ八御子の子孫だからこそさ。
っていうかトヨウケ様ご本人も該当してないの!?導けるのは『この人!』って思いつく人が誰もいなかったってことだもんね?自分のところがうまく機能しているからこその悔しさや歯がゆさや不甲斐なさなんかを自身に感じていたのかも?
でもそう嘆きつつもこのままじゃダメだって奮い立ち、凄く考えて手を打つのがトヨウケ様って気がする(主観です)。天才統治者って感じがするもんね(あくまでも主観です)。
ここからどう盛り返していくのかじっくり見ていこう。
難しさが増していくですよ······
どう解釈していいのか分からず悩みまくって途方に暮れたりもしましたが、何とか書きました。
矛盾点や最初の頃の解釈と違っていたらごめんなさい
m(_ _;)m
だんだんそういうのが増えてきた気がするのです。
それでも楽しんでいただけるとうれしいです。そして神話や古史古伝に興味を持っていただけたらと!
いつも読んでくださりありがとうございます。




