天啓の儀と最底辺(7)
その日、カイは訓練場に残っていた誰よりも遅くまで、一人で魔法を撃ち続けていた。
「《フレイム・ショット》」
炎の球が、標的に向かって弾け飛ぶ。
直後にカイは息を整え、再び詠唱した。
「《リピート》」
数秒の静寂。そして――失敗。
魔法は発動しなかった。
「……あれ?」
手帳を取り出して確認する。
条件は間違っていない。
前回と同じ順番、詠唱、魔力量。
けれど、《フレイム・ショット》のリピートはなぜか発動しなかった。
(何かが違う……)
改めて最初から手順を再確認する。
魔導書を開き、詠唱文を音読し、魔力の流れを視覚的にイメージする。
「《フレイム・ショット》……」
再び炎の球が発射される。
小さな爆発音が木製の標的に焦げ跡を刻む。
続けて――
「《リピート》」
数秒。
――ゴッ!
今度は、確かに再発動した。
完全に同じ軌道、同じ威力。同じ結果。
「……さっきのは、発動が間隔を空けすぎたせいか?」
カイは、手帳に走り書きしながら、独りごちるように考えを口にする。
「《リピート》は、“直前”に発動した魔法を再現する……ということは、“別の魔力操作”が入ると、対象が上書きされる可能性がある」
たとえば、炎の魔法を使ったあとに、少しでも違う魔力操作や集中が挟まると――リピートは“それ”を記憶してしまうのかもしれない。
つまり、《リピート》の安定運用には「極端な集中力と短時間での連続詠唱」が求められる。
ただ便利に使えるだけのスキルではない。
逆に言えば、扱いが難しければ難しいほど、理解した者にとっては強力な武器になる。
誰でも簡単に使いこなせるわけではない。
だが、工夫次第で化ける可能性がある。
そんなスキル。
「……本当に、面白いな」
自分だけの、誰も知らない未知数。
カイの胸に、静かに火が灯っていくのがわかった。
学園生活が始まって数日。
カイの存在を積極的に気にかける者は、誰一人いなかった。
教室では、誰も話しかけてこない。
教師すらまともに名前を呼ばない。
寮でも、ほとんどの生徒が部屋に閉じこもり、共有スペースに姿を見せる者は少なかった。
誰にも期待されず、誰にも頼られず、ただひとり。
それでも、カイの中にある静かな闘志は、日を追うごとに確かな形を持ち始めていた。
毎日の訓練場。
ノートに蓄積されていくスキルの挙動。
試しては失敗し、また試して、わずかな手応えを積み重ねる。
誰かが見ているわけじゃない。
成果を評価してくれる者もいない。
だが――
(そういう場所だからこそ、俺はやる)
スキルが全ての世界。
スキルだけで、人生の“格”が決まる世界。
その中で、“はずれ”を与えられた自分が立ち上がること。
それが、この理不尽な世界に対する、ささやかな反逆だった。
夜。
カイは窓際に座り、静かな街の灯りを眺めていた。
都会の夜空には、村で見たような星は見えない。
けれど彼の心には、確かな光があった。
いつか――
このスキルを誰よりも深く理解し、誰にも真似できない使い手になる。
そのとき、世界は変わるかもしれない。
いや、変えてみせる。
(……リピート。何度でも繰り返す。それが、俺の力)
彼の目は、夜の闇の中でも迷いなく前を見ていた。
20250410タイトル修正しました。