天啓の儀と最底辺(6)
Fクラスでの生活は、想像以上に静かだった。
毎朝決まった時間に教室へ向かい、机に座り、誰からの声かけもなく、形式的な授業が始まっては終わる。
その繰り返し。
リセイ教官の講義は相変わらず短く、口調もぞんざいで、教室を出ていくタイミングも早かった。補足説明もなければ、生徒の理解を確認する様子もない。
そんな中で、カイだけは違っていた。
昼休みの時間、他の生徒たちが食堂でぼんやりと時間を潰しているあいだ、カイは、誰も使っていない訓練場の片隅に足を運んでいた。
Fクラス専用とされたこの訓練場は、使い古された標的や、崩れかけた柵で囲まれた狭い空間だった。
だが、他に人の目がないという点では、カイにとってこの上なく理想的な場所だった。
彼は立ったまま深呼吸し、指先に意識を集中させた。
「《ウィンド・ボルト》」
風の魔弾が、真っ直ぐに標的へと飛んでいく。
その直後、間を置かずにもう一度、声を放つ。
「《リピート》」
――一瞬の静寂。そして、数秒後。
再び風の魔弾が同じ軌道を描き、標的に命中した。
ぴたりと揃った軌道。
再現性の高さに、カイの目がわずかに鋭くなる。
「やっぱり……狙えるな、これは」
カイは手帳を取り出し、記録をつける。
数度繰り返す中で、以下の特性が明らかになっていた。
・リピート対象は「最後に発動した魔法」限定
・詠唱が必須。「リピート」と唱えると、約2~3秒後に再発動
・威力は元の魔法と同等。ただし、魔力消費は約1/5以下
・一度発動したリピートは再リピート不可(※後で訂正される可能性あり)
「タイムラグがあるぶん、即時反応には向かない……けど。逆に言えば、使い方次第で“罠”にもなる」
例えば、戦闘中に敵がこちらの魔法を回避したと思い込んだ直後。
遅れて放たれる《リピート》によって、不意を突くことができる――。
単純な連射ではなく、“時間差攻撃”の布石。
そういう意味では、リピートは非常にトリッキーな武器にもなり得る。
何より、カイが驚いていたのは、消費魔力の低さだった。
普通なら一度魔法を放つだけで、魔力計がごっそり減るような感覚がある。
だが《リピート》は、魔力の“痕跡”をなぞるだけで発動するような、不思議な感覚があった。
「……記憶からコピーしてる、って言った方が近いのかもしれないな」
ふと、カイは手を止める。
冷たい風が吹き抜け、校舎の影から木の葉がカラカラと転がってきた。
ふと見ると、校舎の窓から誰かがこちらを見ていたような気がした。
けれど次の瞬間には、窓はただの鏡のように空を映しているだけだった。
(気のせい、か)
少しだけ息を吐き、カイはまた魔力を練る。
魔導の基本を、ただひたすらに繰り返す。
繰り返して、繰り返して、自分の中に刻みつけていく。
誰に褒められるわけでもない。
誰かが見ているわけでもない。
それでも、止める理由はひとつもなかった。
(どうせこの世界は、スキルで人の価値を測る。それなら――)
誰も期待しないスキルで、誰も見たことのない“価値”を証明してやる。
そんな思いが、カイの中で、静かに燃えていた。
20250410タイトル修正しました。