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天啓の儀と最底辺(5)

 翌朝。

 カイは早めに目を覚まし、制服に袖を通して、学園の本校舎へと向かった。


 Fクラスの教室は、校舎の一番端――旧校舎のさらに裏手、かつて倉庫だったという噂すらある建物に設けられていた。

 廊下の壁は所々剥がれ、床のきしみも酷い。掲示板には数年前の行事案内が色褪せたまま放置されている。


(これが……王国一の学園の“底”か)


 重い扉を引くと、すでに十数名ほどの生徒たちが席に着いていた。

 しかし、室内に流れているのは会話でも賑わいでもなく、冷え切った沈黙だけだった。


 誰も話していない。

 誰も他人を見ていない。


 机に突っ伏して眠っている者。

 壁に向かってじっとしている者。

 何かを諦めたような目をした生徒たち。


 カイは一瞬、足を止めたが、すぐに空席を見つけて腰を下ろした。

 その間、一人たりともこちらを見る者はいなかった。


(この空気……まるで、全員が自分の存在を消しているようだ)


 そんな教室に、やがてコツコツと足音が響いた。


 入ってきたのは、青いローブに身を包んだ中年の男だった。

 髪は乱れ、目元に深い隈がある。

 手に持った書類を片手で乱暴に机に置くと、男は教壇に立って言い放った。


「……おはよう。担当教官のリセイだ。ま、形式上そうなってるだけで、お前らに大したことを教えるつもりはない。俺も忙しいんでね」


 いきなりの言葉に、一部の生徒がうつむいた。

 誰も驚かない。

 むしろ、それが“いつもの扱い”であることが、この空間に染み付いていた。


「Fクラスは実技も座学も最低限。補助教材も使えない。施設の使用も優先度は最下位。文句があるなら、さっさとランクを上げることだな。……ま、上がれる奴なんて、今まで一人もいなかったが」


 リセイ教官は鼻で笑いながら、適当に出席簿を確認すると、プリントを教卓の上に置いただけで言った。


「以上。あとは自習だ。質問がある奴は――いないな? なら、そういうことで」


 教師はそのまま踵を返し、教室を出ていった。

 それを引き留める者は誰もいなかった。


(これが、“教育”の現場……?)


 カイは、静かに拳を握りしめた。


 地球では、教室は“可能性”の場だった。

 だがこの教室は、まるで“諦めた者たち”を囲い込む檻のようだ。

 この場所に、未来を夢見る余地などない。


 だが――だからこそ。


(俺はここで、証明してみせる)


 はずれスキル?

 最底辺?

 誰にも期待されていない?

 

 上等だ。

 ならば、自分の手で世界の理をひっくり返す価値がある。




 日が落ちてしばらくしたころ、カイは寮の裏手にある中庭へと足を運んだ。

 草が伸び放題で、花壇の名残すらも消えかけたその空間。

 だが、周囲に人気がないというだけで、今のカイには十分だった。


 彼は腰に提げていた小さな布袋を開き、中から一冊の魔導書と、小さな魔法触媒の石を取り出した。

 学園から入学者全員に支給された最低限の学習セット。

 いわば“最低ランクの教科書”と“訓練用の魔力媒体”だ。


「……まずは、やってみよう」


 カイは手を前にかざし、魔導書に書かれた初級魔法の中から一つを選んだ。


「《ウィンド・ボルト》」


 詠唱と共に、指先に微かな魔力が集まり、透明な風の弾丸が宙を走る。

 木の幹に当たって、ぱすん、と小さな音を立てて消えた。


 魔法としては、初歩の初歩。

 だが、成功には違いない。


(次は――)


 彼は軽く息を吸い、改めて意識を集中させる。


「《リピート》」


 胸元から、微かに空気が震えるような感覚。


 数秒の沈黙の後――先ほどとまったく同じ風の弾丸が発射された。


 動きも、威力も、タイミングも。見事に一致していた。


「……再現率、かなり高いな。しかも、消費は――少ない」


 魔力の枯渇感が、ほとんどない。


 常識的に考えれば、“もう一度魔法を撃つ”ことに対して、普通はそれなりのエネルギーが必要となる。

 だが《リピート》は、あくまで「繰り返す」ことに特化している。

 まるで、一度再生された記録映像を流し直すかのように、魔法が“もう一度”放たれる。


「単なる省エネスキルじゃない……」


 タイムラグ。再発動条件。詠唱の要否。応用性――


 考えるべき要素が山ほどある。それが、カイの脳を心地よく刺激していた。


(これで“はずれ”なら、世界の方が間違ってる)


 再び小さく《ウィンド・ボルト》を唱え、間髪入れずに《リピート》。



 タイミングをずらしてみたり、詠唱の長短を変えてみたり――小さな実験をいくつも重ねていく。


 やがて、足元に小さな風の傷跡がいくつも残ったころ、空はすっかり夜の色に染まっていた。




 寮に戻ると、共用スペースには誰の姿もなかった。

 少しだけ冷えたスープと、乾いたパンが置かれていたが、カイはそれを黙って食べた。


 味はほとんど感じなかった。

 ただ、咀嚼と共に心の奥に何かが沈んでいくような、そんな静かな時間だった。




 部屋に戻り、机に向かう。


 手帳を開き、今日の結果を細かく記録する。

 ・リピート発動までのタイムラグ:およそ2〜3秒

 ・リピートできるのは、最後に発動した魔法のみ

 ・魔力消費:非常に小さい。2回目の方が軽い

 ・詠唱が必須。発声後、即発動ではなく若干の“溜め”がある

 ・初級魔法には問題なく対応


「よし……次は応用だな」


 疲労感が少しだけ残っていたが、頭の中は妙に冴えていた。

 このスキルはまだ“完成されていない”。

 だが、可能性は確かにある。


 カイは手帳を閉じ、ベッドに身を沈めた。

 学園生活の初日――誰に声をかけられることもなく、名を呼ばれることもなく、一日が終わろうとしている。


 それでも、彼の胸には“希望”があった。

 スキルが全ての世界。

 その価値基準を、いつか必ず塗り替えてみせる。

 そんな想いと共に、カイはゆっくりとまぶたを閉じた。

20250410タイトル修正しました。

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