天啓の儀と最底辺(4)
荷物を簡単に整理し終えたあと、カイは立ち上がり、寮の内部を歩いてみることにした。
廊下の板張りは年季が入っており、歩くたびにぎし、と音を立てる。
壁に貼られた何枚かの注意書きは、文字がかすれて読みにくくなっていた。
見える範囲には、火気厳禁、夜間外出の禁止などの基本事項が記されているが、それ以上に目を引いたのはその貼り方の雑さだった。
(貼ったあと、誰も手入れしていない……そんな感じだな)
一階の突き当たりにあったのは、寮全体の共有スペースらしい広間だった。
食堂兼リビングといった造りで、木製の長テーブルが数脚、壁際には古びた食器棚と調理用の炉がある。
しかし、誰の姿もない。
空気には古い油の匂いが残っていたが、人の気配は感じられなかった。
戸棚を開けてみると、食器が整然と並べられていたものの、そのどれもがくすんでいた。
使われているというより、ずっと触れられていない印象すらある。
(誰もここを“居場所”として扱ってないんだろうな)
Fクラスの存在意義――ただ形式上「教育機関に所属している」とされること。
その現実が、この静けさと埃の匂いに凝縮されているようだった。
さらに寮内を歩いていると、曲がり角の先から、ゆっくりと歩く誰かの足音が近づいてきた。
互いに足を止める。
相手は、黒髪を短く刈り上げた青年だった。年齢はカイと同じくらいだろうか。
彼はカイを見ると、軽くうなずくだけで、すれ違いざまに何も言わず歩き去っていった。
その姿勢は無関心とも、諦念とも言えるもので、会話の必要性すら感じていないという空気があった。
(……悪意じゃない。ただ、関わることすら望まれていない)
Fクラスという肩書きは、外の人間だけでなく、ここに属する者たち自身にとっても“諦めの証”なのかもしれない。
自室に戻り、カイは荷物の隅から一冊の手帳を取り出した。
白紙のその手帳は、カイが村を出る直前、母ユリアがこっそり荷物に入れてくれたものだった。
「きっと、あんたは何かを書きたくなると思って」
その言葉を思い出して、カイは笑った。
彼は手帳の1ページ目を開き、そこに迷いなく書き記す。
――《リピート》:直前の魔法を再発動。魔力消費少。詠唱要。
・初使用は未経験。検証必須。
・効果時間、タイムラグ、応用の可能性。調査。
筆記の手は止まらない。
次々と思いつく要素をメモし、スキルの可能性を探るための「仮説ノート」が立ち上がっていく。
この世界がスキルを絶対視するなら、
自分はそのスキルを“論理で解き明かす”。
(ここが、俺の出発点だ)
誰にも期待されていない場所だからこそ、好きに動ける。
誰も見ていない場所だからこそ、見返す意味がある。
その夜、カイは静かにベッドに横たわった。
窓の外には、星ひとつない曇り空。
だがその胸には、確かな光が宿っていた。
明日から始まる学園生活。
それが“最底辺”であることを、カイは何ひとつ恥じていなかった。
20250410タイトル修正しました。