天啓の儀と最底辺(3)
それから数日後。
カイは村を旅立ち、王国の中心都市・リルセイドへと向かっていた。
街道を走る馬車の揺れが、体の芯までじわじわと染み込んでくる。車輪が轍にハマるたび、カイは何度か身体を浮かせながらも、窓の外に広がる景色に視線を移していた。
はるか地平線の向こうに見える、石造りの巨大な建物群――それがフィアメル王立魔導学園。
数多の貴族子弟や地方の精鋭たちが集う、王国最大規模の教育機関であり、才能の温床とも称される場所だ。
だが、その煌びやかな看板の裏にある“最底辺”の区画へ、自分が向かっているという現実を、カイは淡々と受け止めていた。
(配属先は、Fクラス――落ちこぼれの集まり)
学園から届いた書簡には、そうはっきりと記されていた。
スキルランクF。支援対象外。設備最低限。指導も限定的。
形式的に保護されているだけの存在――それがFクラスだった。
馬車が到着したのは、学園正門からやや離れた裏門近くの停車場。
「Fクラスはこっちだよ」と手配された案内人に誘導され、メインゲートとは真逆の道を歩く。
石畳の舗装もまばらになり、豪華な校舎群が背後に遠のいていくたびに、カイは“見えない壁”を感じていた。
「こちらがFクラス寮となります」
案内人が無表情に指差したその建物を見た瞬間、カイは軽くまばたきをした。
古びた石造りの二階建て。
壁は所々ひび割れ、屋根には苔が生え、玄関扉の蝶番はすでに軋んでいた。
窓ガラスには曇りがこびりつき、庭は手入れがされていないまま雑草が伸び放題。
まるで、誰にも顧みられなかった過去がそのまま残っているような空気だった。
だが、カイは驚かなかった。
(……こういう扱いか)
当然と言えば当然だった。
Fランクのスキル。《リピート》。
世間的には“はずれ”。
学園にとっても、伸びしろなど期待されていない存在。
寮の鍵を受け取り、カイは建物の中へと足を踏み入れる。
ぎい、と軋む音が、誰もいない空間に木霊した。
室内の空気は乾燥しており、どこか古本のような匂いが鼻をつく。廊下には埃が積もっていたが、少なくとも最低限の清掃はされている様子だった。
一階の部屋のひとつに割り振られた自室は、六畳程度の広さ。
木製のベッド、机と椅子、窓、そして小さなクローゼット。
備え付けの家具は簡素ながら、実用に耐えるだけの機能はある。
カイは荷物を置き、ベッドの縁に腰を下ろした。
静寂が戻る。
村を出てからここまで、特に感情の揺れはなかった。
だが、この部屋にひとりきりになると、不意に現実の輪郭が迫ってくる。
(……これが、俺のスタート地点)
誰もいない。誰にも期待されていない。
だがそれでも、ここが“始まり”なのだ。
カイは窓を開けた。
冷たい風が頬を撫で、遠くで鐘の音が響く。
その音が、静かに彼の胸を打った。
(スキルの価値で人のすべてが決まる世界。……だからこそ、俺は変えてみせる)
再び閉じた窓に、夕暮れの光が差し込んでいた。
その光は、埃の舞う空気に細く差し込む金の糸のようで、どこか未来を予感させるものだった。
20250410タイトル修正しました。