天啓の儀と最底辺(2)
神殿の扉を押し開け、外の光の中へと出た瞬間、カイは周囲の空気が微かに変わったことに気づいた。
村の人々の視線が一斉に彼へと注がれる。
だが、それは温かな歓迎ではなかった。
囁き声が、風の中に混じって耳に届く。
「……あれが“リピート”の子か」
「初めてのスキルって言ってたけど、Fランクなんだろ?」
「やっぱり、期待外れだったのね……」
好奇の目、失望の目、あるいは軽蔑の目。
目を合わせようとしない者もいれば、あからさまに距離を取る者もいる。
数時間前までは同じく祝福の対象だったはずの村の子供たちや、近所の大人たちですら、明らかに態度を変えていた。
親しいと思っていた顔が、視線を逸らす。
幼馴染の少女ですら、声をかけることなく親の背後に隠れてしまった。
カイはそれを、淡々とした表情で受け止めた。
(ああ……これが、この世界か)
まるで目に見えない線が、自分と村全体を隔てていく。
その冷たさが、むしろ現実の一部としてはっきりと感じられた。
家に戻ったカイを迎えたのは、母ユリアのほっとした笑顔と、父ロイドの不器用な沈黙だった。
玄関で靴を脱ぎながら、カイは「ただいま」とだけ呟く。
ユリアは「おかえりなさい」と、すぐに返してくれたが、その声の奥には、どこか不安と寂しさが滲んでいた。
居間に戻ると、いつもの温もりがそこにあった。湯気の立つお茶、並べられた温かい菓子。
母が、何気ない風を装って言う。
「神官様、あなたのこと……なんて?」
カイは湯呑みを手に取り、静かに息を吐く。
「《リピート》だって。初めてのスキルらしい。Fランクだってさ」
父が少し眉をひそめた。
母は、少しだけ肩を震わせたが、それでも笑っていた。
「そう……あなただけのスキル。きっと、特別な意味があるわ」
「父さんは?」
ロイドは無言で茶を啜ったあと、ようやく口を開いた。
「俺は信じるぞ。お前が努力する奴だってことを。それは……スキルよりも、よほど価値がある」
その言葉に、カイは不思議と胸が熱くなるのを感じた。
スキルの価値で人を見る世界で、まだこうして“自分”を見てくれる存在がいる。
それだけで、踏み出す勇気になった。
──それから数日後。
村の神殿を通じて、王立魔導学園からの正式な書状が届いた。
淡々とした文面には、《リピート》のスキル登録と、「王立魔導学園・Fクラス配属」の文字。
村でFクラスの噂は、悪名として知られていた。
落ちこぼれの寄せ集め、将来性なし、社会からも見放された人材の吹き溜まり。
家の中が一瞬、しんと静まり返る。
「……行くんだろ?」
父が言った。カイはすぐに、うなずいた。
「うん。どこだろうと、やることは変わらない」
「じゃあ、必要な準備をしよう。旅道具は村の道具屋に頼んでやる。服と日用品は……お母さんがまとめてあげるわね」
母は、立ち上がりながら優しく言った。
その背中が、小さく震えていたことを、カイは見なかったふりをした。
──そして、旅立ちの前夜。
カイはひとり、家の裏手にある小さな丘に立っていた。
星の瞬く夜空の下、村を見下ろすその場所は、子供の頃によく遊んだお気に入りの場所だった。
手には、小さな木剣が握られている。かつて父が手作りしてくれたもので、表面はすっかり擦れてしまっているが、形だけはしっかりと残っていた。
(スキルで人生が決まる……か)
胸の奥が、少しだけ痛んだ。
だがその痛みは、やがて静かな熱に変わる。
(ならば俺は、努力で抗ってみせる。あの世界を、俺の手で変えてやる)
明日の朝にはこの村を離れ、学園の寮へと向かう。
孤独な旅の始まりに、怖さがないと言えば嘘になる。
けれどカイの中には、確かな覚悟が芽生えていた。
──どんなはずれスキルでも、必ず意味を持たせてみせる。
夜風が吹き抜け、星々がさざめく。
彼の旅路は、まだ始まったばかりだった。
20250410タイトル修正しました。






