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読んでいただいてありがとうございます。GW中の完結を目指しております。
モーリスへの気持ちに決着を付けたリディアーヌは、今までモーリスのために捻出していた時間が空いたことで、好きなことをするようになった。
それが思いのほか楽しくて、どうして今までこうしなかったのかと後悔のし通しだった。
「リディアーヌさん、最近、何だか楽しそうですね」
食堂で一緒になった皇妃様付きの女官であるドロシーにそう言われて、リディアーヌはにこにことした笑顔で返事をした。
「はい。すごく楽しいです。先日の休みは、街で買い物をしたのですが、一人っていいですね。好きなところを好きなように行けるんです」
「あら、一人で行ったんですか?危険はありませんでしたか?」
「大丈夫です。慣れてますから。さすがに夜の酒場は無理ですが、昼間の大通りくらいなら余裕です」
「夜の酒場はさすがに止めておいた方がいいと思いますよ。どうしても行きたいというのでしたら、いつも一緒にいる騎士の方に連れて行ってもらうとか?」
ドロシーに、いつも一緒にいる騎士の方、と言われて、リディアーヌは少しきょとんとした。
そういえば、皇宮でもモーリスと会っていたからそういう風に認識されているんだった、ということを改めて思い出した。
リディアーヌ自身は、あの日、涙と共にモーリスのことを忘れると決めたせいで、すでにそういう発想はなかった。
自分でも案外、モーリスに対して薄情な人間だったのだな、と驚いているくらいだ。
当たり前、とずっと言われてきたことで、どうやらリディアーヌ自身もその言葉に無意識のうちに縛られていて、モーリスの傍にずっといるのだと思い込んでいたようだった。
今まで気が付いていなかったが、リディアーヌは、自分の心の中で決着をつけた相手に関して、全て切り捨てることが出来る人間のようだった。
「いつも一緒にいる騎士ですか……。えーっと何と言いますか、彼とは幼馴染でご両親とも仲が良いので何となく一緒にいましたが、よく考えたら私たちももう良いお年頃です。お互いちゃんとした相手を見つけないといけませんよね?私が近くにいて、モーリスを好きな方に変な誤解をされたら困りますし。モーリスはけっこうモテているようですから、お相手もすぐに見つかるのではないでしょうか」
悔しいとかそういう思いは一切なく、素直にそう思う。
あの時、泣いたことで、幼い頃の想いは全て心の中の箱にしまった。
今は純粋にモーリスが幸せになればいいなと思っている。
「……リディアーヌさんは、それでいいのですか?その、申し訳ありませんが、私はいつかお二人が結婚するものだと思っていました」
ドロシーが気遣わしげに小さな声でそう言ったので、リディアーヌもつられて小さな声で答えた。
「実は私もそう思っていました。ですが、少し前にモーリスと友人との会話を聞いてしまって、私も色々と考えたんです。私たち、傍にいることが当たり前すぎたんです。私はそれ以外の選択肢というものを無意識のうちに排除してしまっていたようなんです。幼馴染だからって、婚約者でもない相手がずっと傍にいることは、当たり前じゃないですよね?」
「そうですね。結婚した相手とずっと不仲だった私が言うことではないかもしれないけれど、どんな関係だろうと、当たり前に傍にいる、ということはないですね。お互いがきちんと傍にいるための努力をしないといけないと思います」
「はい。私もそう思います。でも、彼にとっては私が無条件で傍にいることが当たり前だったみたいで。そんな風にしか私のことを思っていない相手の傍にいることは、私には出来ません」
「大切にしてくれない相手の傍にいたところで、幸せになれるとは思えませんね。リディアーヌさんがそう決めたのでしたら、リディアーヌさんを大切になさってくれる方を探した方がいいですね」
「ドロシーさんなら分かってくれると思いました」
図書室に繋がる人気のない廊下で、ドロシーが宰相補佐のノア・フェレメレンと逢い引きしている姿を目撃したことのあるリディアーヌは、二人の間に漂う甘い雰囲気を思い出してにやけてしまった。
その時は漠然と、いつかモーリスとの間にもあんな雰囲気を持つことが出来るのかも、と考えていたが、別にモーリスでなくてもいいのだ。
「リディアーヌさん、苦しくはありませんか?強がっていませんか?大丈夫ですか?」
ドロシーはリディアーヌが本当に心の底からそう思っているのか、それともわざと明るい感じで言っているのか分からなかったので、直球でそう聞いた。
「……私の中で、モーリスとのことはお勉強が出来た、ということで終わらせてあります。ちょっぴり苦めの初恋、というやつですね。少々長い年月をかけてしまいましたが、これからは自分を大切にしてくださる方を探そうと思います」
「本当に?」
「はい。絶対に思い出さない、ということはありません。だって、物心ついた頃から近くにいたんですよ。私の思い出には彼の姿が入っているんです。ですが、幼い頃からずっと傍にいたからって、何の愛情を持っていなくても当たり前のように手に入れられる女にはなりたくないんです」
ドロシーが知っているリディアーヌは、いつも笑顔を絶やすことのない優しい女性だった。
けれど、今はその声がとても冷たく感じる。
きっとリディアーヌの中で、幼馴染の騎士に対する気持ちがなくなってしまったからなのだろう。
それは、ドロシーにも覚えがある感情だった。
「……そうですか。私自身にツテはありませんが、よろしければ、ノア様に誰か紹介してもらいますか?」
ノアならば、若手の有望株でまだ婚約者もいない、という知り合いが一人くらいいるだろう。
「いいんですか?フェレメレン様にご迷惑をかけてしまいませんか?」
「大丈夫だと思いますよ。ノア様がこの間、仕事が忙しくて出会いがないと若手が嘆いていると言っていましたから」
幸せそうな宰相補佐に対してぶーぶー文句を言っていたらしいが、文句を言えるうちはまだ余力を残しているから、こき使って大丈夫なのだそうだ。
「ノア様の知り合いだと文官の方が多いのですが、騎士の方がよかったですか?」
「いいえ。騎士の方だとモーリスと会う可能性が高くなってしまうので、文官の方がいいです」
「では、どなたか紹介してもらえるように話をしてみますね」
「よろしくお願いします」
勢いでお願いしてしまったが、まぁ恋人にはなれなくても、友達くらいにはなりたいな、とリディアーヌはのんきに考えていた。