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最近リディアーヌが姿を見せないことに、モーリスは苛立っていた。
いくら忙しくても、同じ皇宮にいるのだ。騎士団に顔を出すことくらい、出来るだろう。
今までだって、リディアーヌはちょくちょく騎士団に来ていた。
それが急に来なくなるなんて、モーリスを侮っているとしか思えない。
今度会った時には、その辺りのこともきっちり言わなければ。
将来の旦那様を放置するなんて、リディアーヌがやっていいことじゃない。
「ほんっとムカつくな」
軽く爪を噛みながらそう呟いたら、同僚がこちらを向いた。
「何だ?俺のことか?ケンカ売ってるのか?」
「あぁ、悪い、違う違う。リディアーヌのことだよ」
「あ、あぁ、そうか。リディアーヌ嬢のことか」
「そうだ。アイツ、最近、全くこっちに来ないじゃないか。俺を無視してるとしか思えないよな」
「は?無視って、お前……」
無視、というか、モーリスの元に来なくて当然だ。
リディアーヌには、すでに新しい恋人がいる。
それも噂どころか、皇宮内でも楽しそうに話をしている二人の姿を、多くの騎士たちが目撃している。
だから、噂は事実で、モーリスが捨てられたことを誰もが知っていた。
「だってそうだろう?俺を意図的に無視しているとしか思えない。そんな陰険な性格をしていたなんて知らなかった。結婚前に知れてよかったと思うべきだな」
「いや、それは……」
こんなことを言うということは、モーリスは噂を知らないのだ。
騎士団長に釘を刺されたので、二人が外でデートをしている姿を目撃した自分たちはモーリスに何も言っていない。
けれど、他の人間だって最近はよく皇宮内で仲良くしている姿を見かけると言っていたので、普通に仕事をしていたなら、絶対にどこかで見かけているはずなのだ。
あと、どう考えてもリディアーヌ嬢は陰険な性格をしていない。どちらかと言うと、陰険なのはお前だ、と言いたくなる。
「モーリス、最近、リディアーヌ嬢の姿を皇宮内で見てないのか?」
ギリギリ聞ける限界がこれくらいだ。
リディアーヌ嬢(とマークス子爵)の(いちゃつく)姿を皇宮内(もしくは街中)で見ているのかどうか。
この質問なら、騎士団長に聞かれても何とか言い逃れは出来る。
「見てないから、苛立っているんだ。前はそこら辺で何かやってる姿を見かけたのに、最近は全然見てない」
「そ、そうか……」
リディアーヌ嬢にしてみれば、恋人でも婚約者でもない幼馴染の騎士の面倒を見るために騎士団に顔を出していたけれど、その必要がなくなった今、騎士団に顔を出す理由が全くない。
そう思ったが、モーリスに言っても仕方がない気がする。
「なぁ、モーリス、お前いつからリディアーヌ嬢をあんな風に扱ってきたんだ?」
今更感がすごいが、ふと聞いてみたくなった。
幼馴染だというが、まさか幼い頃からあんな風にリディアーヌ嬢を扱ってきたわけではないはずだ。
さすがに幼い頃からあの態度だったら、リディアーヌ嬢の両親が引き離していたと思う。
だから、途中で変わったのかと思ってその質問をした。
「あんな風?」
「リディアーヌ嬢のこと、けっこうぞんざいに扱ってただろう?端から見てたら、リディアーヌ嬢は割と我慢してた方だと思うぞ?」
「……え?ぞんざいに扱っていた?俺がリディアーヌのことを?」
「……は?ちょっと待て、まさかの自覚なしなのか?」
同僚の言葉に、モーリスは呆然とした。
「いやいやいや、どう見てもお前の扱いひどかっただろ?今だって、リディアーヌ嬢が来ないって怒ってるじゃないか!どうしていつもリディアーヌ嬢から会いに来ないといけないんだよ!お前が会いに行けよ!」
「……だって、それは、リディアーヌが……」
「リディアーヌ嬢が何だよ、関係ないだろう?お前が会いに行くかどうかの問題だろうが!まさか、休みの日でも全く会ってなかったのか?リディアーヌ嬢がここに来る時以外で、会ってなかったのか?」
「会って……ない」
「贈り物は?食事の誘いは?夜会の時のエスコートは?」
「エスコートはしたことがある。でも他はしてない……」
同僚に追及されて、何となく知られるのが嫌で自然に声が小さくなった。
リディアーヌからモーリスに会いに来るのが当たり前だったから、自分から会いに行くということはしたことがない。それどころか、会いに行こうと思ったこともない。
だって、それは、リディアーヌがモーリスに会いに来ればいいだけのことだったから。
贈り物をしたことはない。
リディアーヌは一人娘で、シードルで儲けているから父親が好きな物を買っていると思っていたから。
食事はいつも仲間との方が楽しかったから、最初の頃にリディアーヌに誘われたけれど断った。
何回か断った後、リディアーヌが何も言わなくなったので理解してくれているのだと思っていた。
外出は、モーリスの用事がある時にちょっと誘ったことはある。
でも、自分の買い物をしたらすぐに帰った。リディアーヌはその後、どうしていたのかは知らない。
夜会のエスコートは何回かしたことがあるが、会場に入ったら別々に行動していた。
お互いの友人と話をしていることが多かった。
「お前っ!さすがにそれは軽蔑するぞ?リディアーヌ嬢を何だと思ってるんだ?リディアーヌ嬢が会いに来るのが当たり前って、どんだけ傲慢なんだよ!俺ならとっくの昔に愛想を尽かしてるぞ!」
「だって、あいつは俺の傍にいるのが当たり前で」
「ふざけんな!リディアーヌ嬢はお前の付属品じゃねぇ!」
同僚の怒りの声と共に、モーリスは胸ぐらを強く掴まれた。
「お前、マジでいい加減にしとけ!いいか、これが最後の忠告だ!リディアーヌ嬢のことを少しでも想っているのなら、お前はもう彼女に関わるな!」
「……何だよ、それ。どうして俺がリディアーヌに関わっちゃいけないんだよ」
「周りを見て、自分で考えろ!」
そのまま放り出されるように離されたモーリスは、同僚を睨んだ。
そこで、今ここに、自分たち以外の騎士がいたことに気が付いた。
だが、周囲の騎士たちは、誰も胸ぐらを掴まれていたモーリスに同情することなく、どちらかというと同僚と同じ軽蔑の目でモーリスの方を見ていた。
「……どういうことだよ……」
モーリスの言葉に答える者は、誰もいなかった。
「オルフェ、騎士団でモーリスという男が揉めたらしい。お前と彼女の周辺を、十分に気を付けておけ」
「……珍しいですね、ヴァッシュ様がそんな忠告をくださるなんて」
騎士団長のヴァッシュ・トリアテール公爵が急に宰相室に現れて、オルフェに忠告をしてきた。
「お前に怪我でもされると、色々と面倒くさいことになるからな。おい、間違っても怪我をして彼女に看病してもらおうなんて思うなよ」
「痛い思いはしたくありませんから、そんなどこぞの騎士みたいな発想はしませんよ。健康第一ですから」
だいたいいつも目の下に隈を作っている男に健康第一と言われても説得力はないが、痛い思いをしたくないというのは本音だろう。
「名誉の負傷ならともかく、色恋沙汰だからな。それに今回のことは、はっきり言って騎士団の印象が悪くなる事案だ。部下から状況を聞いたが、モーリスの女性に対する扱いが問題ありだった。そんな男を帝都を守る騎士にしたのかと咎められても仕方がない」
「ヴァッシュ様、女性の扱いが分かるんですか?」
「一般常識としてな。さすがに婚約者ではないとはいえ将来を考える相手に対して、何も贈り物をしない、外ではほとんど会わない、騎士団に彼女が会いに来るのが当たり前、夜会でエスコートはするが後は放置、では女性の方が愛想を尽かして当たり前のことだろう。むしろ、よくその女性の方が保っていたと感心してしまったよ」
「最悪ですね」
「彼女に振られるにしても、本人が納得しなければ逆恨みするだけだ。周りの人間には下手な口出しはするなと言っておいたが、どうにも耐えられなかったらしい。まだ彼女にお前という恋人が出来たことは知らないようだが、どこかで知ることになるだろう」
「遅ければ遅いほどいいんですが」
モーリスが知るのは、出来れば自分とリディアーヌが婚約した後の方がいい。
やはり恋人より婚約者の方が権限が強い。
加えてオルフェは、現役の子爵だ。
男爵家の嫡男とはいえまだ爵位を受け継いでおらず、その爵位も領地も持たない騎士爵のモーリスでは、色々な意味でオルフェに勝てない。
その時点で素直に引いてくれればそれでいいのだが、拗れたら面倒くさそうだ。
「何かあるのか?」
「次の休みに彼女の両親に会って、婚約の話をすることになっています」
「あぁ。それは、おめでとう」
「ありがとうございます」
ヴァッシュが少しだけ微笑んで祝福してくれたので、オルフェは素直に礼を言った。
「ちなみに、ヴァッシュ様は婚約のために相手のご両親に会いに行ったことはありますか?」
「悪いが、そんな経験はない」
「……僕の周り、婚約の挨拶をしない人ばかりですねぇ。いつか、ヴァッシュ様が婚約の挨拶に行く時は、色々と助言してあげますよ」
「そうか。まぁ、そんな機会があればな」
全く機会を作る気がなさそうな見事な棒読みで、ヴァッシュは返事をしたのだった。