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リディアーヌの両親が王都に帰って来た。
その情報を聞いたオルフェは、リディアーヌの両親に挨拶に行くことを考えて胃のあたりをさすった。
「うーん、緊張するなぁ。陛下の前に出るより緊張する」
「おい。俺の前で堂々と何を言っているんだ」
オルフェがリディアーヌの両親に挨拶に行くことを考えていたのは、その皇帝の前だった。
今はノアと二人で皇帝の執務室に呼ばれて、書類の確認作業をしている最中だった。
「仕事しながら他のことを考えているなよ。それで、俺の前に出るより緊張するというのは、どういう状況だ?」
オルフェの珍しい姿に、ユージーンは興味津々で聞いてきた。
「今度、恋人の両親に会うんです。手紙では挨拶してあったんですけど、初めて直に会うんですよ」
「……あぁ、それか。それは緊張するな。俺も未だに義父殿と会う時は緊張する」
「陛下、皇妃様の父君と会うのは別の意味での緊張です」
オルフェの言葉にユージーンが同調したのだが、ノアから訂正が入った。
「陛下はまだいいじゃないですか。皇妃様の父君とは顔見知りだったわけですし」
「やっかいな相手としてな。それに、オーレリアが嫁いで来た時に、意味ありげに笑われたぞ」
「あ、それはきっと陛下が皇妃様に夢中になるって、見抜かれてたんじゃないですか?」
「……まぁ、あの方ですからね。私たちなどまだまだ若造です。微笑ましく思っているんじゃないですか?」
オルフェの遠慮ない物言いに、ユージーンはため息を吐き、ノアは苦笑するしかなかった。
「惚れるところまで見通されているのが嫌だ」
「でも、実際、その通りになったんですよね?」
「そうだ。だから余計に嫌だ。俺自身が把握していない性格まで、向こうは把握しているんだぞ?」
「すごい、陛下に群がっていた女性たちよりも、陛下のことを理解されていますね」
「だから、オーレリアが俺に嫁ぐのを阻止しなかったんだ。その気になれば絶対に阻止出来たくせに」
その気になれば何とでもなっただろうに、リンド国王の言うがままに娘をユージーンに嫁がせた。
それも最初は九人目の側室としてだ。
ユージーンがオーレリアに惚れるところまで、見通していたのだろう。
「おかげで我が帝国は最高の皇妃様を頂くことが出来ました。ところで陛下、話がずれていますよ。今はオルフェの顔合わせの話をしていたのでは?」
「そうだった。それで、なんで恋人の両親に会うのに緊張するんだ?別にいつも通りにしていればいいだろう?特にお前、外見は無害っぽいんだから」
「無害と言われて嬉しいやら悲しいやら」
「お前の恋人って、確か、皇宮で侍女やってる男爵家の娘だよな?」
「はい。メトロス男爵家のリディアーヌ嬢です。メトロス・シードルを作っている家の女性ですよ」
「メトロス・シードルか。美味いが、俺は嗜む程度だな。オーレリアは好んで飲んでいるが」
美味しくて飲みやすいので、オーレリアは初めてシードルを飲んだ時に量を間違えてしまい、ちょっと酔っていた。ふにゃっとしてしまい、一緒に飲んでいたユージーンに身体を完全に預けていた。
あれはあれで良かったのだが、その次からオーレリアは自制して飲み過ぎないようにしている。
「あそこって、跡取りはいるのか?」
「いません。リディアーヌ嬢は一人娘です」
「そうか。まぁ、お前ならそれくらいの領地が増えても問題ないな。飛び地にはなるが、メトロス・シードルは絶やすなよ?」
「もちろんです。メトロス男爵家の爵位は義父上が引退したら僕が一時的に預かり、その後、子供に爵位と領地を受け継がせる予定です。メトロス・シードルについては、僕も今、勉強中です」
「ならいい。メトロス男爵はそんなに気難しい人物ではないから、そんなに緊張するな」
「緊張しますよ。何せ、婚約の申し込みをするのは初めてなんです」
「そうか、そういうものか」
ユージーンは既婚者だが、オーレリアはリンド王国の約定に従って嫁いできたので婚約の申し込みなどしたことはない。
ノアは、恋人であるドロシーにプロポーズはしたが、彼女の両親はもういないので婚約の申し込みに行ったことがない。
一番年下のオルフェのみが、今から婚約をしようとしている。
「ノア、俺たちでは何の助言もしてやれないな」
「はい。何せ、そういった経験がないので」
「ある意味、俺の前に出てくるよりも緊張するか」
「仕事上、陛下の前に出ることは慣れていますから」
「そうなんですよねぇ」
リディアーヌから話を聞いた限りでは、二人とも穏やかでシードル作りを率先してやっている民と距離が近い領主夫婦らしいので、きっと無茶なことは言われない。
「断られることはないと思いますが、やはりリディのためにも好印象を持たれるようにがんばります」
「まぁ、がんばれ」
ユージーンはありきたりの言葉しか言えなかった。
オルフェは童顔だが、結婚相手としては申し分ない人物なので大丈夫だろう。
そういえば、メトロス男爵の娘も年齢より若く見える女性だった。
……誰かが、童顔同士をくっつけたのか?
そんな風に思ってちらっとノアの方を見ると、目が合ったノアがにっこりと微笑んだ。