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読んでいただいてありがとうございます。この物語が電子書籍化することになりました。詳細はまた発表いたしますが、加筆もがんばります。
皇宮内のあちらこちらで侍女やメイドが忙しそうに動いていた。
もちろん走るのは厳禁なので、ギリギリ咎められない程度の早足で動き回っていた。
リディアーヌも先輩と一緒に室内や備品の点検をしていた。
「リディアーヌ、そっちはどう?」
「問題はないですね。室内の掃除もきちんとされていました」
「そう。あと、どれくらいあるのかしら」
「フレストール王国の女王陛下の一行が泊まる部屋ですから、いつもより入念にチェックしないと、ですよね」
「いつでも使えるようになっているとはいえ、気を抜けないわよね」
「そうですね」
先輩侍女であるラフィーネの言葉にリディアーヌは頷いた。
フレストール王国の一行が使う部屋で不備があれば、それはバルバ帝国の恥となるので、フレストール王国の一行が来る二日前に、もう一度最後の点検をすることになっている。
「何事もなければいいのですが」
「フレストール王国とはいい関係を保っているものね。私たちは、女王陛下が満足して帰って行かれるのを願うだけだわ」
「騎士たちも忙しそうですね」
リディアーヌの視線の先には、庭の点検をしている騎士たちの姿があった。
庭を騎士たちが点検している理由は、不審物がないかの確認もそうだが、木の配置や死角などの確認をしているのだ。
どうしても死角になるような場所には、騎士が多めに立つことになる。
「そうね。私たちは少し休憩しましょうか」
「はい」
働いている人たちが自由に使える休憩室に戻ると、皇宮勤めの人たちが疲れた顔をして飲み物を飲んだりお菓子をつまんでいた。
リディアーヌは二人分の紅茶を淹れると席に座った。
「ありがと。そういえば、リディアーヌはお昼にサンドイッチを食べてたわよね」
「自分で作ったんです」
「へぇ、いいわね」
「疲れてる時の食堂のご飯は、少々胃にくるものがあるんです」
「確かに!ちょっと油っこい物が多いから。同じ疲れている時でも、男性陣はあれで元気になれるかもしれないけど、私たちだとちょっとつらい時があるわよね」
「普段はとっても美味しいんですけどね」
「まぁね。さすが皇宮の料理人が作る料理だけあって美味しいけど、胃に優しくない時もあるわね」
身に覚えがあるのか、ラフィーネも苦笑してそう言った。
「だから作りました。実はドロシーさんと一緒に作ったんですよ」
「あら、ドロシーさんと。じゃあ、あの人の恋人のフェレメレン様にも作ったの?」
「ドロシーさんが作っていました」
「へぇ。そういえば、リディアーヌは例の騎士くんに作ったの?」
「……いいえ、一度も作ったことはありません。騎士の方だと足りないでしょうから」
曖昧に笑って誤魔化したが、以前モーリスに提案したことはあったのだが、素気なくいらないと断られたので、それ以来、一度も話題に出したことはない。
なので、オルフェに作るのも本当は躊躇したのだ。
ドロシーが絶対に喜んでくれると背中を押してくれなければ、作らなかったかもしれない。
「そう。……あの、あのね、リディアーヌ……」
ラフィーネが周りを見渡した後、小声でこそこそとしゃべりだした。
「あのね、見間違いだったら、あれなんだけど……あなたが宰相室のマークス子爵と外で会っていたのを見たって子がいるんだけど……」
ラフィーネの学生時代からの友人で、別の部署で働いている女性がこっそりと教えてくれた。
噂を振りまくようなタイプの女性ではないけれど、マークス子爵は人気があるので、もし本当に会っていたのなら他の女性からやっかみを受けないだろうか、と心配して教えてくれたのだ。
聞いた時は、リディアーヌには騎士の幼馴染がいるし、と思ったが、よく考えたら幼馴染なだけで特に婚約などをしているわけでもないのでリディアーヌはフリーの女性だ。
最近は皇妃付きの女官であるドロシーと仲良くしていたので、ひょっとして彼女経由で紹介されたのかも、とラフィーネは考えていた。
「えっと、見間違い、ではないです」
「じゃあ、本当にマークス子爵と?」
「健全なお付き合いをさせていただいています」
「健全って」
リディアーヌの言い方に、ラフィーネは思わずぷっと吹き出してしまった。
確かにあの童顔とこの童顔が並んでいたら、健全なお付き合いと言われて納得してしまう。
こう、何と言うか、生々しい付き合いが思い浮かばないのだ。
絶対に童顔二人を並べようと思った人物がいたはずだ。
「あの、噂になっていますか?」
「まだなってないわよ。でも、誰かが言い出したらあっという間でしょうね。それで、マークス子爵とは結婚まで考えているの?」
「はい。オルフェ様も、うちの両親と将来を含めた話し合いをする予定になっています」
「そう、よかったわね」
「……ありがとうございます」
笑顔のリディアーヌは、構ってあげたくなるくらい可愛い。
子供をぐりぐりしたくなるのと同じだ。
「きっとうるさいのが出るわよ。それに、こう言っては何だけど、あなたには幼馴染くんがいたでしょう?皆、いつか二人は結婚するものだとばかり思っていたから、ある意味、あなたは安全だったのよね。ちょっとリディアーヌをぞんざいに扱ってる感じはあったけど」
「私もそれが当たり前の未来だと思っていました。でも、違いますよね。私は、私を大切にしてくれる人がいいんです」
「当たり前よ。婚約者じゃないとはいえ、幼馴染で傍にいてくれた女性を大切に出来ない男なんて、ポイしちゃいなさい。結婚しても絶対に威張ってるだけでしょ。そんな男は願い下げよ」
「ラフィーネさん?あの、何かあったんですか?」
やけに実感のこもった言い方に、リディアーヌの方が引いてしまった。
「あぁ、ごめん、ごめん。ついついねー。ちょっと色々とあったのよ」
仕事に生きる宣言をしているラフィーネの過去は謎だ。
けれど、心の底からリディアーヌのことを応援してくれているのは分かる。
「幸せになってね。幼馴染くんが何を言ってきても、マークス子爵を離してはだめよ?」
「はい」
笑顔のラフィーネにもいつか誰か愛する人が出来たらいいな、と思いながらリディアーヌは頷いたのだった。