#03 彼が歩む虚飾
「こうして人々を救い歩き、自らの人生を捧げたテュカは天上に召されました。テュカがこの世を去ったあと、人々は彼女を平和の象徴として“青火の勇者”と名付け、その軌跡を忘れぬよう、後世にこの物語を語り継ぐことを誓いました。これは最期まで平和を願ったテュカと、そんな人々の想いを綴った物語“青火の勇者”これにて終演でございます」
そう語り部であった男は物語を締めくくると、周囲をぐるりと見渡し、これを見届けたすべての“観客”に感謝と畏敬の念を込めた目礼に伏せる。
すると間をおいて感極まったような割れんばかりの讃辞と喝采が男を取り包むと、男もまた耐えかねたよう、観客一人一人に手を振り返していくのだった。
ひとしきり男の前から人が掃け、また何事もなかったかの様なぞろぞろとした雑踏が形成されると、舞台の語り部であったその男、“ヴィンク・アルカード”はすべてを出しつくしたかの様な深いため息を吐きだした。
短髪の、色素の薄い金髪。
アルビノと呼ぶにはいささかすぎるが白い肌。
すらりと伸びた長身に、それに見合うだけの長い手足。
白い肌に一点映える泣き黒子と、口端が僅かに吊り上がる薄ら笑いが抜けきらない軽薄そうなその表情。
そして遠くからでも際立ちよく映える、眩い紅の瞳。
“作りものめいた“そんな言葉が似合う青年ヴィンクは、座っていた木箱の位置をひとしきり修正すると、膝の上にじっと居座る、そもそもの“元凶”に問いかける。
「どうだった、楽しかったかな?」
ヴィンクは自分が出来うる最大級の優男めいた表情を作ると、自分を背もたれ代わりにして動かない“少女”の顔色をうかがうように覗き込む。
「うん、おもしろかった、もう一回やって」
「…………おぉ、勘弁してくださいお嬢様…」
少女の容赦ないおかわりを前に、ヴィンクは断末魔かくいうくらいの嘆きを洩らすと、よろよろと無防備な少女のつむじに顎を乗せる。
ヴィンクはどっかりと顎をのせたまま、目の前の光景をぼんやりと眺める。
終始目に映るのは人ばかり。
金や銀、白に茶。
人それぞれに違いはあれど、せわしなく辺りをうつろう彼らの頭部はチカチカと色めくイルミネーションのようで面白い。
そしてこれまた異彩を放つのは、溢れ出んばかりに装飾を施された家屋と店舗だ。
今日は無礼講。そんな免罪符を勝手気ままに掲げ、己の好きなもの、信仰の類いを目いっぱい飾り付けられた家屋は、見ていて清々しいほどの輝きを振りまく。
そしてそんな彼らには負けてはいられないとばかりにでかでかとした巨大看板を掲げる店舗もまた、思い切りの良いド派手なものばかりであった。
ヴィンクは「すごい!」とだけ描かれた巨大な看板を一瞥すると、もうわけがわからんなとため息をつき、あとで覗いて見ようとチェックする。
そうして気になった店舗を軒並みチェックしていったヴィンクは、ふと店の軒下で賑わう、何やら騒々しい一団を目にする。
「そもそもみんなこれを見に来たんだもんな…」
そう一団を眺めながら感慨にふけると、頬をぺちぺちと柔っこい手のひらで叩かれ、物思いにふけていた意識をまた、つむじを晒す少女へと戻す。
「どうした?第二公演はもうすこし待ってほしいんだが…」
ヴィンクは人差し指で申しなさそうに頬を掻くと、少女の顔色を伺うように覗き込む。
「それはもう大丈夫だよ、たださっきのあれが見たいの、貸してほしいの」
あまりに抽象的で、一瞬何を指しているのかわからなかったが、少女の視線の先、先ほどの騒々しい集団をじっと注目しているのに気がつき、一人納得する。
「おおっ、ちょっと待ってなっ」
ヴィンクは先ほどまでとうってかわって意気揚々と返事をすると、脇に固めていた無地の白皮手袋を自信満々にはめこむ。
そうしてすぐさま五指すべてにシルバーリングを着けていくと、流れるその手つきで指先を操っていく。
すると間をおかずヴィンクの背後、腰かけた木箱の裏から飛び出してくる、二つの影が姿を現した。
並び立った二つの影は小柄。
しかしながらその堂の入った彼等の立ち姿は実に精悍で、大いに魅力に満ち溢れたものであった。
降り立った二つ小形のうちのさらに小さな方。
全長十六センチ未満のこじんまりとしたその影は、人間の、それも女の姿を模していた。
その小さき女は、容貌、出で立ち、それは男女問わずの美の理想。
種が追い求めた願望を顕現したかのように、それは美しいなりをしているものであった。
それこそ、一目見た者が立ち尽くし、惚けた様子で人垣の山をなすほどに。
その前髪をたらしたショートは、それは楚々とした滑らかな形をしており、青みがかった煌びやかな銀髪と合わさり、見目麗しく輝く。
そのしなやかな肢体は艶やかな曲線を描きだし、女性そのものの“らしさ”をその身をもって体現する。
完璧なプロポーションが浮き出る色めく鎧を着こなす彼女は、さながら戦乙女、そう形容するべき可憐な風体をみせていた。
そして極めつけはその顔立ち。
それもまた端正に尽きたものであり、綺麗というよりも可愛らしい、目鼻立ちがクッキリとした少女寄りの美女であった。
湧き出た純銀のような彼女。
そんな小さき乙女がヴィンクに腰掛ける少女に対して恭しく片膝をつく。
すると示し合わせたように彼女の傍らに立つ二つ目の“異形”もまた、それに倣い片膝をついた。
その異形は先ほどの彼女と居並ぶと目に見えて大きく、威圧的に映るものであった。
体長は四十センチ。
横に付く彼女とは倍近くの差があり、それは数値以上に、見たものに巨影を抱かせるものだった。
大きな上背に合致する鍛え上げられたその肉体は、全身隆起したかのように赤く盛り上がり、あたかも鎧のように硬質的に映る。
それとは対象的に、青く浮き出た血管は脈打ち血流が流れる様はおぞましく、醜悪という文言しかでてこない。
腕に握った鮮血を凝り固めたような大鉈との相乗により、観衆も自ずと一歩ひいてしまう、それは凄惨な有様であった。
そしてきわめつけはその頭。
山羊の首をそのまま取って付けたかのようななりは猛々しく憤怒を讃えており、その表情は悪辣極める醜いもの。
憎悪の塊。
そう敬するのが妥当なほど歪み切った顔は誰構わず怯えを植え付け、その畏怖は惹かれたものへも恐怖を刻みこむ。
その堂々たる風貌に似つかわしいねじれた角が伸びており、それは雄々しく、渦巻く憎悪に感化された紅の熱を宿しているものであった。
神の使いかくいう聖女と、存在そのものが不善である悪魔。
その両方が足並み揃えてかしずく様は傍から見ていて異常に尽きるものであり、絵画の一枚に切り取られても可笑しくはない、とんでも空間を作り出していた。
そんな異質を詰め込んだかのような彼等の正体。
それは英雄譚に謳われ、後世に語り継がれる伝説“青火の勇者”の登場人物にして中心人物。
話の主人公にして物語の名題、青火の名を冠した者。テュカ・ミリグラス。
現世に顕現した最古の魔人にして、物語を締め括る最後の大敵。ダレイウス。
「…のレプリカである」
ヴィンクはそう一人ごちると、テュカとダレイウス、その二人を“模った”それぞれを手繰り寄せるように腕にスナップを利かせる。
するとその“人形”もまた、それに倣ったように木箱の縁へ乗り出すと、両腕を広げて少女に構ってもらえるようアピールをしはじめる。
少女はその一連の動作を見定めた後、はしゃいだ様子で笑みをこぼすと、迷うことなく“人形のテュカ”へと手をのばす。
そうしてひとしきり彼女を眺めると、子猫をかわいがるような、それは丁寧な手櫛でテュカの髪をすいてゆく。
ヴィンクは可憐な少女の光景を微笑ましく思う傍ら、いまだまったく相手にされないダレイウスを視界の隅に収めると、いそいそと手繰り寄せる。
「ほらっテュカもいいけどさ、このダレイウスはどうだろう?この筋肉っ、イカしてない?」
ヴィンクは自分の顔の横にダレイウスを持ち上げると、笑みを浮かべながらダレイウスを売り込むべくセールストークを繰り広げる。
「…」
少女は何も言わなかった。
ただそこにこめられた無言の圧力。
ヴィンクとダレイウス、交互に視線をさまよわせる毎に八の字に曲がってゆく眉。
それだけで十分だった。
「…そっか」
ヴィンクは寂しげに呟くと、いそいそとダレイウスを隅によせ空笑いをあげる。
自分まで振られた気分だ。
ヴィンクはそういまのうそ寒い気持ちを言葉にすると、そもそも年端もいかない少女に対して、筋肉をアピールするとかどうかしていたなと反省する。
少女はそんなヴィンクをよそに、またテュカを愛ではじめると、ヴィンクも同じく定位置であるかのように少女に顎をのせる。
「君の親御さんはどこにいるのかねぇ」
遠い目をしながらまたも一人ごちる。
すると先ほどの集団、軒下の騒がしい軍団がいなくなっていることに気がつき、なんとなしに目をむける。
集団が掃けたあと、そこに佇んでいたのは一体の人形だった。
清楚な給仕服に身につつんだその人形は、店に人が出入りするたび丁寧なお辞儀をくりかえし、寸分たがわぬ所作で客を出迎えていた。
おそらく入口付近に動作をおこす仕掛けを組んでいるのであろう。
その証拠にさきほどから店の横に大の大人がしゃがみこみ、何かを押す素振りを見せては、人形もそれに伴ってお辞儀を繰り返している。
ほんとうによくできている。
ヴィンクはそう心のうちでそう小さく漏らすと、視線を人形から外してあたりをぐるりと見渡す。
なにもこの人形だけの話ではない。
見ればアイデアをこらした様々な人形がそこらかしこに点在しており、彼等は見入る人々を魅了しては、時折その挙動で観衆を湧かせてさえもいた。
圧巻の光景であった。
軒並みの建物は凝らした装飾に身を飾り、ところどころに立ち並ぶ多彩な人形は各々の色を目いっぱいに押し出す。
そしてそんな彼等を一目見ようと賑わう民衆もまた、この眩い情景を彩る一ピースとして大いに役を買っているのだ。
見入れ惚れこむ光景。
その光輝く景色が今、燦々たる広がりを魅せていた。
そんな景色を傍らおきながら、この絶景にヴィンクは、緩慢に、そして自然と降りていく瞼で光景を落としていった。
それはより良い安息に誘われ、気のいい気持ちはおおいに漏れだし、時あたかもあふれ出したあくびに彼の背筋は筋を解いていく。
視界は大きな霞みで漂っていき、景色を見渡たせば見渡すごとに視界は落ちていき、それに際して自らも夢の中へと落ちていく。
最高のまどろみに堕とされてゆくようだった。
歓楽街のまどろみ。
その大円の中で、彼は、彼自身のぼんやりとした記憶を手繰り寄せた。
それはなにげない一日の思いでで。
そのなにげない一日を、その今日である一日を、彼は、心地の良い雑踏に共に、ひとつひとつと思い出していった。