#02 彼女が歩んだ虚飾
「悪しき魔人ダレイウス!この勇者テュカの聖なる剣で成敗してくれる!」
そうテュカは吠えると、腰に帯びた透明な剣を目の前へ高く振り上げる。
そうして自らの前で往々にして立ちはだかる、ダレイウスと呼んだそれを強く睨みつけた。
「フン、我が居城にたどりついたことを誉めてやるぞ勇者よ、しかし貴様の悪運もここまでのようだ…このダレイウスの前に姿を現したことが運の尽き、絶望に呑まれ、悔いながら逝くといい!」
ダレイウスと呼ばれたそれはそう高らかに口上を立てると、己のねじくれた角を真っ赤に染め上げる。
そして自らが背負っていた強大な鉈を縦横に振り回すと、瞬くうちにテュカへと肉薄する。
テュカもまた、ダレイウスを迎え撃つべく手にしていた刃を振りかざすと、テュカに迫る、その豪風の如き真っ赤な凶刃を真っ向から受け止める。
響きわたる、地を揺るがす剣打の衝撃。
それは互いが互いの存在を摩り切り、消滅させんという飽くなき希求から生み出された魂の撃。
両者共に相手の心なる部位を切り裂かんとばかりに繰り広げられる鍔迫り合いは、どちらも譲ることなく、いがみ合うように拮抗する。
そしてその衝突は凄まじく、絶え間なく生じた摩擦の火花だけが舞い散り、彼らの厳しく歪む、限界まで引き絞られた形相を淡く映しだす。
浮かび上がったその表情は鬼気迫る死闘をあらわにし、すべてを如実に物語る、それは壮絶なものであった。
苦悶を浮かべるテュカと、愉悦に沸き立つダレイウス。
どちらが優勢か、そんなことは言うまでもなく、火を見るよりも明らかなものであった。
徐々に乱れゆく拮抗。
しかしそんな膠着もまた、ひとつの起点を前に崩れ去る。
それは瞬きの内の出来事。
刃と刃、魂と魂、荒れ狂う激情に呼応するかのように、テュカの持つ無色透明な剣が青みを帯びる。
青き灯が刀身を撫で上げ、僅かな閃きをもってこの白き刃にまじわると、それは一息に、灰へ還すかの勢いで燃え盛る。
そして解き放たれたその火炎はテュカを阻む強靭な刃を熱すると、身構えるダレイウス諸共に襲い掛かり、荒れ狂う猛火で食らいつく。
ダレイウスはあまりの衝撃におおきく体躯をのけ反らせ、振るわれた猛火をその身をもって抑えつける。
鉈を隔てようとも殺し切れない熱量。
徐々に足腰が浮き上がり、刃が軋み肉が焦がれるも、それらを死に物狂いで耐え忍ぶ。
しかしその飽くなき執念は、堪える憤怒が理性を捨て去ると、隔てた鉈の向きを変え、一転にかけた猛攻の構えへと動きだす。
目にも見張る、火炎すらも切り裂く豪腕の叩き切り。
自身を懸ける一撃。もってなせたすべて。
しかしその切っ先、刃を、憎き青火の敵手へと届かせることは叶わない。
ダレイウスは自らの目の前で輝く、溢れ出んばかりに燃え滾る炎を目の当たりにする。
それはこの世のものとは思えないもっとも美しい光炎。
それはこのダレイウスをもってしても抗えない望郷を、拭い去れない悲しみを宿しているものであった。
テュカは瞼をふせると、いままで辿ってきた自分自身の軌跡に思い馳せる。
苦難、困難、たくさんの別れを経験した。
その都度懺悔し、己が力なき事を悔いた。
だがそれでも、立ち止まることは一度たりともなかった。
それは己の両肩にかかっている厚い信頼、人々のたえまない献身があったから。
彼らが託してくれた想いはテュカを何度だって立ち上がらせ、よりいっそう強くした。
テュカの旅路は彼らなしにはたりえない、人がつないだ物語そのもの。
託された想いの上で駆け抜けた、何一つとして欠かすことのできない祈りの日々。
壮絶な願いの端々を踏みしめた、限りある時を燃やし尽くした人生であった。
テュカは閉ざしていた瞼をゆっくりと見開くと、なおも望郷に囚われ、呆然と立ち尽くすダレイウスに刃を向ける。
言葉はなかった。
ただこの青い炎に身をくべる。
すると剣もまたそれに応えるようより一層青く吹き上がらせ、抱擁するかのように包み込んでいく。
テュカは柄を力の限り握りしめると、剣を高らかに掲げる。
駆ける熱が大気を舞い、つんざく雄たけびで自身を震い立たせながら、その炎を、己すべてで掴みとる。
上げられた大炎
その気高き劫火を。
テュカは、最後の意思をもって解き放つ。
燦然たる豪炎がテュカ、ダレイウスを飲み込み、凄まじい余波によって爆散する。
塵尻になった大火が宙に舞い、闇をも寄せ付けない火花と散りながら、燃え移るその残火が、戦場を照らし与えていく。
大火が地表を焼いていく。
そのすべてが燃え尽きる間際。
映し出された最後の光景は、ひどく寂れてみえたものであった。
そこに映し出されたのはただのひとつだけ。
それはテュカが携えた一筋の剣。
白磁透明に輝く、揺るぐことのなかった勇者の剣のみであった。