#01 幕間
喧噪鳴りやまぬ人の海
周囲は見渡す限り満遍の人だかり。
地に足をつけるのですら困難なほどに人々がごった返し、そこから生まれる話し声、足音、熱気が、人の心を掻き立て、いっそう色めきだたせる。
その気にあてられた彼らは皆一様にあたりを見わたしながら、口々に感嘆をあげ、練り歩く。
周囲の燦々たる光景に気を取られていたせいか、はたまた浮足立った雰囲気にのまれていたせいなのか、もしくはその両方か。
人ごみの中、自分の眼前を歩く少女が急に立ち止まったことにも気づけず、男はゆったりとした歩調のまま、立ち止まった白髪の少女に追突する。
少女は頭だけこちらに振りむかせると“立ち止まってしまってごめんなさい”そう男に詫びをいれ、軽く頭を下げる。
そうして謝罪をすませ、自分で納得したのであろう。
男の返答もまたず、少女はまた何事もなかった様ふらふらと人ごみを歩き出す。
男も遅れて“ああ、こちらこそ”と詫びをいれ、人垣に呑まれた少女の後ろ姿を見送ると、彼もまた、立ち尽くしていたことに気がつき苦笑する。
男は興がそがれてしまったことを残念に思うと同時に“うかれた頭を冷ますにはちょうどよかったかな”そう自分を納得させると、自らも人波を沿うよう足を踏み出す。
するとふいにどこからか、首筋を這いずるような、絡みつく、粘着質な視線を感じとり、思わず踏み出していた足をとめる。
男は吐き気すらこみあげるこの不気味な眼差しを前に身がよだつと、目だけまわりを見わたし、視線は自分だけに向けられたものだと判断する。
男にこれだけの悪意を向けられる覚えはなかった。
知り合う人々には真摯に対応するよう心掛けてきたし、ましてや恨みを買うことなどいっさいしてこなかった。
しかしながら、あるとすればあのことだろうか…?
少しの逡巡の後、男は震えだした足腰を無理矢理に踏みしめると、なけなしの勇気を振り絞り、覚悟を決める。
そしていまもなお、まとわりついては離れない、執拗な視線の主はどこの誰なのかを探し出そうと方位に神経を巡らせ
“目が合った”
男の遥か遠方、人垣に佇むそれは、直立の姿勢のまま、男を見ていた。
人の女を模した人形だった。
腰までとどく、乱雑な髪をなびかせ、愛らしいとは到底思えぬ暗く大きな双眸を見開くその人形は、ただじっと、男を視ていた。
人の形。
その立ち尽くす人の形が、口を開いた。
それは男には届くはずのない声だった。
けれども、男には確かに届いたのだ。
“あなたになりたい”という、その無機な声が。