7 大物の片鱗
九品寺学園では試験の1週間後に成績優秀者20名が職員室前に張り出される。22年生は8クラス×35名で280名、その上位である。
「千夏、そろそろ張り出されるから見に行こうよ! 千夏は絶対に入ってるって!」
「そうかなぁ…………」
ユーミの会話をはぐらかしているが、もちろん千夏自身も確信をしている。カトレア学院では1年先の先取りの勉強をさせられていて、2年生の範囲は既に1年生の時に履修済みである。千夏にとっては確認テストのようなもの、それに千夏はカトレア学院でも上位の学力を誇っていた。
「私もひなも壊滅じゃん。だから千夏が私たちの希望の星なのよ!」
「このクラスだと成績優秀者で張り出される常連さんっているの?」
「あのねぇ……ヒョロ眼鏡の、柳沢はいつも上位なんだよね、でも今回は千夏にビンタ食らってるから(笑)」
「だから?(笑)」
千夏は柳沢の事を聞いてもそれ程驚かなかった。成績優秀でずる賢い不良〜よくある構図である。
結局、行動を共にする事が多くなっている4人で見に行くことになった。4人でガヤガヤと職員室に向かう、到着すると、職員室の前でちょうど先生方が成績上位者を張り出している。そして、千夏は掲示物を見た。
「2番かぁ……」
「千夏すご〜い! ……え? 1位が河原? びっくり!」
千夏も掲示物をよく見ると、1位が河原千景、そして3位が柳沢達也の順になっている。クラスで3位まで独占している状態。
「河原って勉強できるんだ……」
「いや、今回初めてよ。成績優秀者なんて……クラス全員からシカトされてるから勉強時間多いからとかだよきっと」
「じゃあ、クラスのみんなのお陰ってことね(笑)」
千夏は笑って話していたが、悔しい気持ちで一杯であった。よりによって嫌われ者の河原に負けるとは……。
「私のお陰ね! (笑)」
ユーミもひなも音羽も千夏と同様に思っているかの様な、たどたどしい態度であった。
「私が1位になりたかったら……河原と仲良くなればいいのかな(笑)」
「ごめん、それはやめて……」
音羽の強めトーンの一言で会話は途切れてしまった。
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中間試験初日のビンタ以来、千夏の周囲で何か事件が起こることはなかった。授業を受けて放課後は部活、穏やかな日々を過ごしている。しかし、本日は吹部内でのオーディション、結果次第で部活内の人間関係がゴタゴタすることが考えられる。
「じゃあ次、勅使河原さん」
「はい!」
音楽室に入ると顧問の小林先生と吹部の部長、副部長が勢揃いである。
「勅使河原さん、では冒頭とソロの部分、お願いします」
千夏はサックスを構えて音を出す。音色は調節している、とにかく楽譜を正確に吹いた。ソロも正確に。
「勅使河原さん、縦は合わせられるわね。よくわかったわ。でもソロ部分はもう少しね」
「はい」
「ソロ部分、あなたなりに吹いてみて」
小林先生には誤魔化せそうもない。合奏の為に縦を合わせる(音を合わせる)事をメインに吹いてみた。千夏の得意な面は一切封印したままである。仕方なくいつものように吹く
「♪ ♪ ♪ ♪」
「ありがとう。勅使河原さんにはソロもお願いします」
「先生……」
千夏は迷った。入部して、いきなりソロを吹くのは、気が引ける。
「あのね、勅使河原さん。今回のコンクールは全国ままで狙ってるの。だから少しでも上手い子を選抜するって部の方針なの これは部員たちが決めたこと、私はそれに従うだけ」
「はぁ……」
「いいわね!」
千夏は黙って頷いて部屋を出た。サックスのパートリーダーを差し置いてのソロ、不安の方が大きい。
千夏はサックスパートのメンバーが練習している被服室に戻った。入るなり、パートリーダーの晴香さんが声をかけてきた。
「千夏、どうだった?」
「A編メンバーになりました」
「よかったね! おめでとう!」
「でも……」
「? ? ? どした?」
「ソロも吹く事になって……」
「当たり前じゃない! 私が推薦しておいたんだから! 今回は全国狙うの、だから私から京香と小林先生に千夏の実力を伝えておいたの!」
意外な言葉だった。田所や柳沢の件といい、河原がクラスメイトから無視されてる事といい、千夏はこの学園のレベルの低さに対して一種の諦め感を持っていた。
「あ、ありがとうございます!」
「だから私たちのパートを代表して、よろしくね!」
「千夏さんおめでとうございます!」
千夏の心はいつになく快晴である。
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オーディションの終わった美香子は吹奏楽部部長の相川に声をかけた。吹奏楽部の部長の相川京香、小柄で細身、ショートの黒髪で一見ひ弱そうに見えるが、実は気が強い。物怖じしない眼光と体格に似合わない堂々たる振る舞いは吹部の女子部員の憧れでもある。
「どう思います? 京香 勅使河原さんのこと」
「どうって先生……あんなに吹けるなら推薦するしかないですよね」
「まあそうね あと……勅使河原さんの持ってるサックス、見た?」
「セイブル製……ですよね」
「あれは、恐らく限定品よ。高校生が持つレベルのものではないわ 恐らく、サックスのコンクールとかの常連だと思う 京香、調べてみてくれるかしら」
「わかりました。凄い大物が入部したかもしれませんね(笑)」
オーディションが終了した音楽室ではそんな会話がされていた。