6 不穏な空気
中間試験が終了した。
卒業に必要な試験の回数はあと9回、安堵するにはまだ早いが着実にゴールに近づいている。今回の中間試験、初日にはなんと、あの勅使河原さんが田所と柳沢をビンタするという、衝撃の幕開けであった。
千景はいつものように帰宅の準備をしていた。クラスメイトから完全無視されて、唯一良かったことがある。それは勉強時間が山程あると言う事、事実今回はどうしようもないくらい出来がいいと感じた。
「河原、ちょっといいか?」
「先生……」
そろそろ来る頃だとは思っていたが……大鷹先生からの呼び出しである。先生はもちろん、千景の状態を把握している。千景は帰り支度を済ませてから職員室へ向かった。
「失礼します」
「おー、河原。悪いな……で、その後はどうだ」
「変わりありません。僕は大丈夫です」
「それならいいが……」
「いえ、僕が選んだ道ですから……責任は自分で取りますよ」
もうあれから8ヶ月が経っている。
「島さんのお見舞いにはまだ行っているのか?」
「はい……でも未だに島さんには会えませんけど」
「そうだろうな……島さんのご両親も河原のせいだと思い違いをしてるから、仕方ないか……」
気が重くなる話である、この話題を引っ張りたくない。千景は話題を変えた。
「ところで先生。大丈夫なんでしょうか? 転校生の……」
「勅使河原さんかぁ……」
「思いっ切りビンタしてましたよ、あの二人に……」
「聞いたよ。お前とは真逆だな(笑) 不穏な動きがあったら教えてくれよ。お前は今やクラスの空気的存在だからな」
「それ、先生が言っていい言葉ですか?(笑)」
口が悪く、悪い冗談も多い先生だが、千景はこの先生を信頼している。島さんの事も全てを把握しながらも千景の意向に沿ってくれた、そして、定期的に千景とコミュニケーションを取ってくる。
「まあまあ、いいじゃないか 何かあったらよろしく頼む……」
千景は頷き、職員室を出た。
九品寺学園は比較的大きな幹線道路沿いにある。周囲には私立高校や大学も多い。学園を出た千景の足は大学の隣の附属病院へ向かっている。中間試験も終わったので島さんのお見舞いである。
いつものように病院の受付に立ち寄った。
「あのぉー」
「あら、千景くん。最近来てなかったわね」
受付の対応しているのは田中さん。ナース服がコスプレに見える茶髪で派手な女性である。
「中間試験がありまして……」
「そうなんだ。出来はどうだったの?」
「間違えるのが難しいくらいの問題ばかりで……」
「あら、言うわね(笑)」
「で今日はこれを……」
千景はルーズリーフを田中さんに渡した。そこにはここ数日の出来事が詳しく書いてあり、日記のようになっている。
「いつか……直接渡せる様になったらいいわね」
千景はルーズリーフを渡して病院を後にした。島さんが睡眠薬を大量に摂取した事で昏睡状態になり8ヶ月が経つ。田中さんからコッソリ教えてもらったが、今は回復傾向にあるようだ。だが、両親の意向で病室へのお見舞いは許されてはいない。
それでも千景は時間を見つけて病院に来ている。まるで一方通行の交換日記であるが、今、彼女にできる事はこれくらいである。
幹線道路沿いを歩いているがどうも空模様が怪しい、ひと雨来そうである。千景は足早にバス停へ向かった。
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「達也、何やってんだ? パソコンなんかとにらめっこして……せっかく試験も終わったんだから、遊び行こうぜ!」
「でも、天気予報では雨だから。これから楽しい事する準備する絶好の機会じゃん!」
中間試験試験が終わり、田所は柳沢の自宅にいた。ここは言わば二人の溜まり場なのである。
「なに? 楽しい事って? 勅使河原への報復とか?」
「お前、鋭いな(笑) まあ、お楽しみに!」
柳沢はネットに詳しい。その気になれば不正アクセスもスパイウェアでの攻撃も出来るだろう〜犯罪を起こそうと思えばいつでも可能である。田所は柳沢と仲が良いが、自分よりも柳沢のことを犯罪者予備軍と考えている。
「ありゃね〜よな。みっともねー、クラスで女にビンタされるなんて……覆面して暗がり連れ込んで襲っちゃおうか(笑)」
「お前って誰よりも犯罪者予備軍だよなあ~引くぜー」
柳沢には言われたくない……。
「大丈夫、やらねーよ。俺ら退学にリーチかかってる訳だし。まあ千景がチクったら終わりだけどな(笑)」
「俺はヤルぜ!」
「覆面貸そうか?」
「アホだなあ。今の時代、至る所に監視カメラがあるから、すぐパクられる。要するに誰の仕業かバレないようにすればいいんだよ……これでよし、と」
「このサイトで報復するのか?」
田所がパソコンの画面を覗くと「学校裏サイト」と書かれているアイコンがある。やはり柳沢はほぼ犯罪者だ。
「まあな(笑) 一つ頼まれて欲しいことがあるんだけど」
「なに?」
「お前から桜子に頼んでほしい事があって……そろそろ水泳の授業も始まるし」
「ってお前……」
「桜子はお前の言うことなら何でもやるだろ?」
「まあ、そうだけど」
「大丈夫だよ。絶対にバレないようにするから……な〜に、ホンの悪戯だよ悪戯(笑) どうせ俺らいつまで学校に居られるかわからないしな」
「退学は……千景次第だもんな(笑) わかった! その悪戯乗った!」