35目覚め
(あら、もう桜が咲きそう…………)
ユーミは病院の敷地内にある桜が咲き始めているのを見て春を感じていた。11月に起こったあの事故以来、時間があれば千夏と千景のお見舞いに行っている。まだ2人の意識は戻らないが、主治医の先生によると、何度か意識回復の兆候があったようで、ユーミは毎日希望を抱きながら日々を過ごせている。
あの実験室のようなVIP病室にはもう顔パスになった。名前を告げれば通してくれる、いや、名前を言わずとも最近は通してくれるようになった。今日も受け付けの田中さんがユーミの顔を見ると、スッと鍵を渡してくれた。
「ユーミちゃん、いつもありがとうね……」
「いえ、田中さん。お久しぶりじゃないですか?」
「そうね、実は……新婚旅行で海外とか行ってたの(笑)」
「わぁ! ご結婚おめでとうございます! 素敵……ハワイとかですか?」
「いいえ……場所は、な・い・し・ょ(笑)」
受付けの田中さんは明るく、とにかく見た目が派手である。千景とも面識があったようで、ユーミを見つけると必ず話しかけてくる。
「じゃあ、今日千景に報告しておきますね(笑)」
受付を離れてVIP病室に向かう。この道も慣れたもの……新館への連絡通路を通り、4階に上がり、また連絡で本館へ戻る。そして、職員専用の一番左のエレベーターで最上階へ。いつものように、職員専用のエレベーターを降りた。
「先生呼んで! あと、ご家族に連絡を…………」
エレベーターを降りた瞬間、そんな職員の声が聞こえた。看護師さんがバタバタとVIP病室に出入りしているのが見える……何かあったのであろうか。
「ユーミちゃん?」
「武田先生……何かあったのてすか?」
「実は……河原千景くんが目を覚ましたみたいなんだ。まだ意識は朦朧としているみたいで、これから色々検査を……」
「じゃあ今日はお見舞い出来ませんね……」
「そうだね……では僕、急ぐから……」
(よかった……)
ユーミの目から涙が溢れた。
△△△△△△△△△△△△
千景は目を開けた。なんだか長い夢を見ていた様である、が、本当は夢ではない事を千景は知っている。
千景が目を開けたことで、周囲に居る看護師さんや医師の方々は大騒ぎになっていた。だが、あまり気にしない、あれだけの極大魔法を発動させたのかだから……今は疲れている。もう少し寝かせて欲しいものである。
「千景くーん、聞こえますか? 声出たりする?」
「…………はい…………」
「ありがとう、今から、色々、検査、するからね」
〜先生、バイタルは安定してます。意識レベルも問題ないですね〜
〜脳の状態は調べないとな……MRI室は空いてる?〜
〜確認します。あとお母様にも連絡しておきました。今からこちらに向かうそうです〜
先生達のやり取りが聞こえる。何処か嬉しそう……長年の研究成果が実って歓喜しているのか、とさえ思った。千景は意識を完全に取り戻したが、下手に会話をしないようにした。目を瞑り、様々な検査とやらを着実に受けていく…………そのうち本当に眠ってしまった。
どれくらい経ったであろう……千景は再度目を覚ました。誰かいる……そこには母さん? がいた。この世界においての母さん、である。
「千景……よかった……千景……」
「母さん…………ごめんね、心配かけて…………」
母さんが泣いている。千景は母さんに手を伸ばした……その手は優しく母さんに握られた。その時……この世界での記憶が一気に脳内に流れ込んでくるのが分かる……深い霧が晴れていくように。
そして、千景は覚醒した。
△△△△△△△△△△
目を覚ました千景は毎日暇である。退院に向けてリハビリが開始されてから、千景は「一般のVIP病室」に移された。魔法を使わずに自力で体力を回復させるのは骨の折れることである。だが、千景はリハビリを通して回復したかった、いや、なるべく退院を先延ばしにして、千夏の近くに居たかった、というのがほんねである。
歩けるようになってからは、リハビリがてら、千夏のお見舞いにも行くようになった。千夏が目覚めるのは順調だとしたら……1年後になる。
「千景くん、今日もありがとうね」
「お母様……」
千夏のVIP病室には先客がいた。千夏のお母様である。もう何度か会っている、しかし、とても千夏に似ている〜美人なお母様である。
「千景くん、リハビリはどう?」
「いい感じです。あと1ヶ月くらいで退院だそうです」
「良かったわー 千夏も目を覚ましたらリハビリだから、その時は色々アドバイスしてね!」
「おまかせください」
千夏のお母様はとても穏やかな印象だ。感情の起伏が意外と激しい千夏とは違った。物腰しも口調も優しい。
「ね、千景くん……千夏は……目を覚ますのかしら……」
千景は返答に困った。真実を話すべきか……どちらにしても事実は伝えられない。
「お母様、千夏さんは必ず目を覚まします。これは信じてください! おそくとも……あと1年……」
お母様は少し驚いた様子であった。千景が断言した事が意外だったのであろう。
「何故……断言出来るのかしら……」
「……僕、千夏と約束したんです! 必ず再会しようって……だから……」
「え、再会?」
つい変なことを口走ってしまった。千景は取り繕うように話を続けた。
「いや……再会というか……瓦礫の小屋の中で2人でそう誓ったんです!」
「そうだったのね、じゃあ信じて待ちましょうか(笑) しかし、千夏はこんなに長い時間、どんな夢をみてるのかしら……」
この世界では夢を見るのは眠りの浅い時、というのが常識である。世界によって常識が異なる、面白いものだ。
「きっと……僕の夢です(笑)」
「あら、素敵な彼氏宣言……ね、千景くん、同じ事を栗原さんに伝えたらダメよ……きっとお前にはやらん! とか怒り出すわよ(笑)」
「そうですね…(笑)」
お母様と千景は笑った。2人の笑い声、きっと千夏には届いているはずである。




