30挿話……白雪
貴理子は彩理の病室にいた。千景くんがお見舞いに来ている時は病院内の喫茶店で待機しているが、今日は様子が違っている。千景くんが帰って直ぐに担当医から呼び出しがかかり……疲れてしまったのか、眠っている彩理の右手を握っている。髪の毛の色が抜けてしまうという難病を持って生まれたが、ここまで元気に過ごしてきた。学校から娘がイジメられていると連絡が入り、家に引きこもると同時に体調を崩し、そして病気が発覚した。
入院してからは、毎日の様に千景くんが彩理のお見舞いに来ていた。担任の先生からは千景くんがイジメていた張本人と聞いて、面会はさせなかった、が、彩理からイジメとは関係ない、という事も聞いた。
抗がん剤で髪が抜けてしまい、一時期は俯いてしまったけど、毎日の様にお見舞いにやってくる千景くんに一度でいいから会いたい、という一心で病気と戦い……そして、願いが叶い、ここ数日は千景くんと会っている。千景くんに不治の病と気付かせないようメイクもウイッグも努力して……恋する乙女、白い髪、目を瞑っているその様は、まるで白雪姫のようである。
「ママ……」
彩理が目を覚ました。彩理は1日1日を精一杯生きている。自分の命より大切な愛娘、不治の病が発覚してから色々な事を想像した。だが……奇跡は起こり続けている。
「なぁに? 彩理…………」
目を覚ました彩理はとても優しい目をしていた。
「…………あのね…………今日…………千景くんとね…………」
彩理は途切れ途切れ話をしている。
「今日、会えたのよね。どうだったの?」
彩理はそっと左手を出した。そして、貴理子の手を握った。彩理の左手を両手でしっかりと握り返す。
「……みて……千景くんと2人で…………式を挙げたの(笑)………………」
左手の薬指にはリングがはめられていた。
「あら…………良かったわね。 素敵なリング…………」
「……うん…………」
「私…………ママと同じ…………人妻ね…………」
「ママより幸せにならなくちゃね! 彩理」
「……うん。…………私……今……幸せなの…………心から…………」
彩理の表情は幸せに包まれている様だった。そして、彩理はひとすじの涙を流した……それは喜びの、幸せの涙……である。
彩理は幸せに満ちた微笑みを浮かべ…………目を閉じた。
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今日は彩理の49日にあたる。49日に納骨、これは彩理と貴理子の約束事であった。生きている限り、前を向いて生きる……そう約束したが、彩理はそれをやり遂げた。そして次は貴理子自身の番である。全く手を付けていなかった彩理の部屋、これも片付ける事が、彩理と約束した「前を向く」に当てはまると思い……貴理子は彩理の部屋に入った。
何も考えずに片付けを始める。ただ涙だけが流れ……でも貴理子は手を止めない。そんな中、貴理子は彩理のスマホを見つけた。電源は切れていたが……彩理からのメッセージがあるかも知れない、と思い貴理子はスマホを充電した。
充電したスマホは予想外であった。期待した彩理からのメッセージは……ない。その代わり……あり得ないくらいの量の千景くんからの連絡が記録されている。
(彩理には止められていたけど……千景くんにだけは話さないと……)
貴理子はそう思い、…………千景に電話をした。




