29電話
文化祭が終わるとすぐに2学期の中間試験が始まり、それが終わると10月、季節は本格的な秋を迎えていた。文化祭後は学校中でドラマホやひめ先輩、児玉碧さんの話で持ちきりであったが、2週間以上経った今も、その話が絶えない。後夜祭の様子を映した動画は人数限定のアーカイブ配信であったが、学園の全生徒には無償配信された。その様な背景もあるのだろう。
クラスの雰囲気も良い。相変わらず千景に積極的に話しかけてくるのは千夏とユーミだけだが、千景が大きなストレスを感じることはない。
「また学年2番……それも3点差かぁ、私も千景みたいに嫌われたいな(笑)」
「滅多なことは言わない方が……」
「それもそうね。3点でも負けは負けだからモンスターモンブランパフェは私が奢るわ……今週日曜日でいい? 部活オフだし」
「ではゴチになります」
千夏は千景に中間試験での勝負を挑まれていた。一学期の中間期末共に学年1位が千景、2位が千夏であったから、是非リベンジしたいと千夏が提案してきた。そして、見事に返り討ちにした。
「あ、もうこんな時間。音楽室行かなきゃ。またね、千景」
「うん、また」
千景も学校を出る自宅をした。相変わらずの帰宅部であったが、実は今は違う。千景はこっそりピアノの個人レッスンを受けていた。千夏のコンサートに触発されたのであるが、元々小さい頃は習っていたのだ、上達も我ながらに早い、と思っている。
レッスン前は必ずいつものカフェに寄る。もちろん、モンスター系パフェなどは頼まず、一番安価なブレンドコーヒーを頼む。カフェのテーブルに置いてあるスマホに見知らぬ番号から着信がきている。
(誰だろう……)
千景は携帯を手に取った。
「はい。河原です」
「河原さんの携帯でよろしいですか?」
女性の声である。
「はい」
「私……島と申します。彩理の母です……」
千景の鼓動が速くなった。自身でも比較できる程に……千景は言葉を選び対応した。
「河原千景です。あの……彩理さん、その後お元気でいらっしゃいますか?」
「…………河原さん、一度お会いしてお話したい事がおるの。今週、ご都合とか……」
胸の鼓動が止まらない。そして大量の発汗。話したいことって……悪い予感しかない。
「18時以降であれば……いつでも……」
「分かりました。では明日は?」
「はい……」
千景は彩理のお母さんと約束をした。場所は以前後夜祭の打ち上げをした高級ホテルのカフェである。きっとトラブルになると……千景は感じた。
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時間の経過は無常である。心を煮やしていたが直ぐに待ち合わせ時間となった。ピアノのレッスンは休むことにして彩理のお母さんが待つホテルのカフェに向かった。
ホテルのカフェはそれ程大きくはない。1階にカフェがあり、奥にホテルのフロントがある。市電の通る1番の繁華街、千景はカフェに入った。カフェには数名のお客さんが居たが、学生服姿は千景のみである。それらしい女性に声をかけられた。
「河原千景さんですか?」
「…………はい…………」
「島貴理子と申します……あの、河原さん、コチラへ」
千景は席に案内された。そして、コーヒーを注文する。貴理子さんと相対して静寂の時が訪れるが、千景は重い口を開いた。
「あの…………彩理さん…………お元気ですか?」
貴理子さんは一つため息をついた。
「河原さん、いや、千景くん。娘は…………8月16日に亡くなったの…………」
「え…………」
千景の頭の中が真っ白にっなった。また静寂が訪れる。貴理子さんが口を開いた。
「長期入院してたのは……重い病気が見つかって……。千景くんが何度もお見舞い来てくれてるのは知ってたけど、彩理が……どうしても会いたくないって」
「…………」
「いや、違うの……抗がん剤でね、髪の毛が薄くなってたから……。あの子、頑張ってメイク覚えてウイッグして、そしてあなたに会うことが出来たの」
「…………」
「千景くんには、心から感謝してる。娘を大切に思ってくれて……彩理もそれを感じてた。だから…………最期はとても素敵な笑顔で…………幸せ……って……」
「…………」
千景は言葉が見つからない。そして、涙が止め処なく流れた。
「娘を愛してくれたこと、支えになってくれたことにお礼が言いたくて……今日ね、49日でね……納骨してきたの。これは彩理との約束だったから…………」
「…………彩理…………」
「千景くん…………本当にありがとう…………」
千景はその後何を話したか……覚えていない。悲しさと切なさ……ほんの数日とは言え、心を通わせた大切な人を失った重み…………。理解が及ばない、が正しいのであろうか…………カフェを出て薄暗くなったアーケードを1人歩いている…………人混みをただ彷徨うだけだった。




