28ハチャメチャ後夜祭
千夏は幸福感と満足感に満たされていた。紗理奈と千景が親しげに話していた内容は気になったが……今の気分は人生で1番充実していると思える。とりあえず楽器を置きに体育館裏の物置き小屋へ向かった。この物置き小屋は今回、千夏達が使う楽器の一時保管場所になっている。
古い扉をガラガラと開け、サックスをケースごと物置に置いた。小屋を出て少し歩くとそこは学校の裏門になっているが、そこに大きなトラックが停まっている。そのトラックの近くには……ひめさんがいた。千夏は首をかしげながら、トラックの方へと向かった。
「ひめさん、これ、なんですか?」
「千夏ちゃん、いいとこにきた! これは第2部用の各種舞台装置なの(笑) 予定通りテーマは〜アニメのドラマホ〜よ! 私の出演作品なんだからド派手にいかなくちゃ!」
千夏は昨日プライベートジェットの話を聞いたばかりなので、それ程ビックリすることはなかった。それにしても何を運搬してるのだろう……。
「トラック1台分の装置が演出に必要なんですか?」
「そりゃね! 照明も足らないし、巨大スクリーンも必須でしょ。ステージもドラマホ感出したいから森を再現……的な(笑) なんたって第2部は生配信とアーカイブ配信予定なんだから!」
「そうでした。こっちが本番みたいなものですね(笑)」
「あとね、劇場版の未公開シーンも流すの! それも第2部の目玉よね。 千夏は何も心配せずに演奏の事だけ考えてて。凄かったでしょ? Friendsのメンバー」
「はい! 楽しかったです」
「楽しいかぁ……あれだけのクオリティを楽しいと思えるなら問題なしね! 私のピアノも褒めてよぉ(笑)」
「ひめさんのピアノは無機質なのがいいですよね。テクニック半端ないし(笑)」
「流石! よく分かってるじゃない! その調子で2部もお願いね!」
そう言い残し、ひめさんはスキップをしながらトラックの荷台へと消えてしまった。
そして文化祭は終了し……後夜祭が始まった。
体育館にはほぼ全校生徒が集まっている。後夜祭で女子高生の憧れ、カリスマ声優の「中川ひめ」が出演するだろうという噂はすぐに広まった。大学生となった今は、男子なら誰もが夢中になる国民的アニメ「ドラゴンと魔法使い」の出演のみで、アイドル声優からは引退したが、その人気は不動である。誰もが期待を胸に、体育館に集結したのである……そして、体育館の照明が落ちる。
★★★★千夏&Friends 第2部 スタート!★★★★
「マスター、ここ、何処なんです? もしや異世界?」
「そのようね、セフィラ。ってさぁ、そのマスターってのやめてくれないかなぁ、私本当は女の子なんだから……名前で……」
「待った! 由緒正しいドラゴン族の姫様を名前で呼ぶなんぞ出来やしません。ひめさま と呼びましょう」
「それは……絶対やめて」
(笑いが起こる)
「わかりやした! ひめさま」
「だからぁ……」
「では……マスター、なにやら下等な人間共がいますが……。ワタクシが焼き払ってしまいましょうか?」
「うーん、敵意は無さそうだし。燃やすのは止めようか。そしてマスターって呼び名も止めよう」
体育館が明るくなり……体育館のステージには巨大スクリーンが設置してある。そこで繰り広げられるのは……アニメ映像。国民的アニメ「ドラマホ」である。会場が騒がしくなる。
「あーうるさい! しゃーない、ワタクシの音魔法でコイツラ黙らせちゃいますね! おーめら静かに! そして、よーく聴け!」
会場が静かになると同時にサックスが響き渡る。ドラマホの主題歌、である「永久」という曲。そこにピアノやバリサク、ドラムのリズムが加わる。巨大スクリーンが徐々に上に巻き上げられ……ボーカルの声がこだまする…………。
「♪ ♪ きらきら輝く夜空に ♪ ♪」
その歌声に……大声援が起こる。なんと「ドラマホ」のセフィラ役を担い、主題歌を担当する、児玉碧が舞台上で歌っているのである。舞台の両横には大きなスピーカー、レインボーの照明が舞台を照らす。
体育館が一体となり、盛り上がりは最高潮に達した。ステージ上の千夏は体育館の熱気に酔いしれ、サックスを奏でた。プロの演奏家、そして人気声優のピアノと歌声……千夏が感じた初めての……快楽が、ここにあった。
千夏はふと気付いた……体育館の窓から、満月が見える。月に届け、とばかりに千夏はサックスを奏でた。
△△△△△△△△△△△△△△△
「みなさん! あまり時間もないので、早速カンパーイ」
「乾杯」「かんぱい」「カンパーイ」…………
千景は高級ホテルの宴会場にいた。昨日は素晴らしい1日であった。後夜祭は10時ギリギリまで続き、後片付けは次の日行うこととなり……次の日にあたる今日の午前中に後片付けを行った。昼過ぎからは街にあるホテルの宴会場で「千夏&Friends」の打ち上げパーティである。会場には「千夏&Friends」のメンバーに加え、吹奏楽部も呼ばれている。
「千景くん、お疲れ様!」
「中川ひめ……さん……」
「何よそれ(笑) ひめさんって呼んで。私、千夏の友人なんだから、千景くんも友人ってこと、Friendsじゃないか!」
「そうですね」
「ね、その時計。ドラマホ仕様の限定日?」
「そうなんです。僕、大ファンで……ドラマホもひめさんも」
「きゃーうれしー。じゃ、何処かにサインしていい?(笑) そのバッグ貸して!」
ひめさんは千景の手を取り、握手をしながら飛び跳ねている。不思議な感覚、大スターなのにただの先輩の様に感じる。オーラは……ない。
「是非お願いします! ひめ先輩」
「あー、なるほどね。千夏が気になる訳だ(笑) そのアプローチはグッとくるぞ! やるな後輩!」
「それって……」
「良いねぇ、若者は! 大切にしろよ(笑)」
千景は返す言葉が出てこない。ひめ先輩に背中を叩かれた。その言動は……今は亡き父親のようであった。不意に出てくる涙を千景はそっと隠した。ひめ先輩は気付かぬフリをしてバッグにサインを書いている。
「はい、これ! これも大切にしろよ! 思い出として(笑)」
「…………」
ひめ先輩はウインクをして、その場を去っていった。こんな夢のような時間、全ては千夏のお陰である。お礼を言いに行かないと……と千景は強く思った。




