3 カラオケ歓迎会
千夏イライラしながら音楽室に向かっていた。教室にサックスを忘れたことから、こんな気持ちになるとは……あの男といい、河原といい、男はクズが多い。
「千夏、サックスパートは被服室で音合わせね。サックスはパートリーダーと1年生の3人だけたから……一緒にコンクール吹こうね!」
「ありがとう!」
ユーミが声をかけてきた。その明るい声を聞き、千夏のイライラは消し飛んでしまった。なんという……素敵なクラスメイト!
被服室につくと、音階を練習している音が聞こえる。
「失礼します。勅使河原千夏です。よろしくお願いします」
「勅使河原さん、話は小林先生から聞いてるわ。私、3年の河合晴香、よろしくね」
3年生ということは河合さんがパートリーダーなのだろう。セミロングの黒髪、目がキリッとしていてどちらかと言うとクールビューティー系である。
「はい!」
「ね、それ、セイブルのサックス? さすが元カトレアね(笑) お嬢様〜」
「あーはい。でも間違ってもお嬢様ではありません(笑)」
「せんぱーい これ凄いんですか?」
「最低でも50万はするわ。あなたの吹いてるのは……16万くらいだけど」
「えー! でも16万でもビビりますよぉ」
会話に参加してきたのは……1年生だろう。オカッパ黒髪、片エクボにアヒル口、カトレアによくいるタイプである。
「勅使河原さん紹介するね。この子は立川美菜ちゃん、そして長身のこの子は黒沢凛ちゃん」
「よろしくね! 美菜ちゃんに凛ちゃん 勅使河原千夏って言います」
「じゃあ、千夏先輩ですね(笑)」
1年生は無駄に可愛い。そして一見素直そうである。この学校にカーストやイジメが存在してるとは思えない……千夏はふとそう考えた。
「じゃあ早速だけど、千夏、音出してみて」
「分かりました」
久しぶりに手に取ったサックス。マウスピースをつけ、いま吹こうとしている。色々思うところはあるが……いつものように……。
「♪ ♪ ♪ ♪」
一曲吹いてみた。アメリカンシンドローム、ジャズの名曲である。
「千夏先輩、メチャ上手い!」「素敵……」
腕組みをして聞いていた晴香先輩が口を開く。
「なるほど…………そういう事かぁ。ジャズの吹き方ね、あなたの吹き方。レッスンとか受けてたの?」
「はい、まぁ……なので、吹奏楽とかで合わせるのがちょっぴり苦手で……」
「それで……セイブルのサックス持ってるのにコンクールメンバー外だったのかぁ。合点! では、合奏では初心者と同じね(笑) 一緒に頑張りましょう!」
話の分かるパートリーダーで千夏はホッとした。
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千夏が転向して2週間が経過した。女子中心のトークに勉強、吹奏楽部での練習。どれも充実の毎日だ。しかし、一つ気づいたことがある。それは、カトレアになくて九品寺にあること…………
〜男子の権力〜
である。各クラス7〜8名しか男子がいないカトレアでは男子の地位などはなく、幅を利かせるような男子も存在しなかった。でもここは違う。バレー部でヤンチャ系な田所蓮のグループと生徒会に入っている柳沢達也のグループがあり、それぞれが幅を利かせている。不思議と田所と柳沢は仲良しである。この二人の意向でイジメられているのが河原という構図のようだ。
千夏はレベルの低い男子には関わらない方がいいと確信している。だが、今日はそういう訳にはいかない、試験期間前になり部活が休みになったので予てから予定のあった「千夏の転校祝い」と称したカラオケパーティがあるのだ。男女合わせて15名、ちなみに田所と柳沢は不参加らしい。
「千夏って歌うまいの?」
「うーん。普通じゃない?」
「千夏って何でも普通っていうよね? あとさ、凄く気になってたんだけどそのメガネ、ダサくない? 取ったほうがいいんじゃね?」
ひなからそう指摘される。でも……メガネを外す気など毛頭ない〜これはお守りであり宝物だから。
「似合ってなくてもいいの。これ、大切なものだから」
「もしや、彼氏から貰っとか? 悪い虫が付かないように(笑)」
ひなの一言に千夏はドキッとした。冗談めいたその指摘はほぼ正解だからだ。少し焦りながら、千夏は切り返した。
「か 彼氏なんて……出来たこともないし……先輩から貰ったの。それだけよ…………」
「ま。そういう事にしとこっか(笑)」
ひなはニヤニヤしている。千夏は周囲の反応が気になり見渡してみたが……何名かの男子がガッツポーズをしていた〜見なかったことにしておこう。
飲食店やカラオケ等が建ち並ぶ繁華街と九品寺学園の間には白川という川が流れている。九品寺学園から地元で「街」と呼ばれている繁華街までは歩いて20分程度。千夏はひなとユーミ、音羽の3人と歩いてカラオケ店に向かった。
カラオケに到着すると、既に7名の男子が盛り上がっている。名前は……頑張らないと思い出せない。
「お! 主役の千夏さんが登場! 転校お祝いなんだから乾杯しようよ!」
「そうね!」
カラオケパーティはこうして始まった。
カラオケパーティは盛り上がっている。千夏とコミュニケーションを取ろうとする男子に囲まれてしまう場面もあったが、概ね楽しい。
しかしこの空気が一変することとなる。
パーティルームに誰かが入ってきた……田所と柳沢だ。田所は歌っている音羽のマイクを取り上げて……
「はーいみなさん。ごきげんよう! あ、うるさいな、カラオケ消して 全部キャンセルね〜」
クラスメイトが凍りついている。
「あの……田所くん、カラオケ来れるようになったの? 連絡してくれればいいのに……」
男子が田所に話しかける。名前は……頑張らないと思い出せない。
「ま、そーいうこと! 今日は千夏ちゃんの歓迎会だしさ」
そう言うと田所は千夏に近づいてきた。
「千夏ちゃんって清楚で可愛いよね! ね、オレと付き合ってよ! ダメ?」
千夏は田所に絡まれているが 誰も助けてはくれない。少しの沈黙の後、千夏は意を決して田所に立ち向かった。
「ごめんなさい。私、アナタみたいな粗暴な方はタイプではないので せっかく楽しくカラオケしてたのに……場が壊れたから、アナタ帰ってもらえます?」
「おー、言うねぇ〜可愛い顔して……いや、待てよ 千夏ちゃん、メガネ外した方が可愛くね?」
田所は顔を近づけてきた。千夏は田所を睨み続けた。ここで目を逸らしては負けだと思った。だが、田所は……千夏が掛けているメガネを取り上げた。
「ほら、何倍もいいじゃん! やっぱオレと付き合えや(笑)」
千夏はカッとなった。
「何よ! やめて! 返して」
「ヤダよ〜 ほれ、柳沢、 パース!」
メガネは柳沢の方に投げられた。柳沢は受け取った……が、ワザと落としてしまう。そして、そのメガネを踏み付けた。
「あ、ごめん。踏んじまった(笑)」
「あー知らね! お前、弁償しろよ(笑)」
メガネはレンズが割れてフレームは壊れてしまったていた。
千夏は呆然とした。そして……目には涙が溢れていた。