2 吹奏楽部と帰宅部
「では山科さん、勅使河原さんの案内よろしくね」
「了解であります!」
千夏はクラスメイトの山科由美さんに吹奏楽の見学に連れて行ってもらうこととなった。由美さんは背が小さい、黒髪は短くボーイッシュな感じ。一見小学生のように見えることもあるが、とにかく元気な印象である。
「由美さんよろしくね」
「あ、私のことはユーミって呼んで! 小学生の時からそう呼ばれているのっ。ところでさ、千夏ってカトレアではコンクールメンバーだったりしたの?」
「ううん……メンバーではなかったの。正直、あまり部活には顔を出していなくて……」
千夏は慌てて答えた。もちろん嘘は付いていない。その返答にユーミは少しがっかりした様子だった。
「でも経験者よね? 実は……この前アルトサックスの子が2人も抜けちゃって……コンクール曲決まってからよ! もう腹立って……」
なるほど、肩を落としたのには理由があった。音楽室に向かう道中、ユーミから事の詳細を聞いた。楽器が破損していた事で部内で問題になり、腹を立てた何名が退部していったという……だからサックスが手薄になっている。
「ところで……コンクール曲って?」
「ある朝の宇宙……もしかして、経験あったりする?」
「ない……けど、去年のコンクールの候補になってたから何度か聴いたことはあるよ」
千夏は昨年、コンクール曲の候補になったのでその曲を試奏をしたことがある。だが、あまり期待を持ってもらっても良くないのでそれは話さなかった。
「なら、あと2ヶ月だからイケそうね!」
ユーミの顔が明るくなった。
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吹奏楽部の見学は滞りなく終わった。部員数70名ほど、県大会は通過し九州大会の常連ではあるが全国大会の出場はない。1年生部員が多く全体の半数近く、1年生の楽器未経験は10名程度、コンクールは55名以下のA編成での参加である。
見学を終えて職員室に寄った千夏は吹奏楽部の顧問の先生に声をかけられた。
「勅使河原さん、どうだった? 見学……明日から来れる?」
吹奏楽部の顧問は小林美香子先生、ママよりもずっと年上に見える。白髪で上品な感じのマダム風である。
「はい」
「確かサックス経験者よね? 楽器は……どうする? 学園にあるアルトサックスは今修理に出していて……」
困った……。家に楽器はある、が出来れば持ち込みたくないが仕方がない。
「先生……楽器は自宅にあるので明日持ってきます」
「ありがとう! 助かるわ! 楽器の管理は……ユーミに聞いてね。色々と問題が起こって、生徒の自主管理に変えたところだから」
「わかりました」
千夏は自宅に戻った。そして、まだ開封されていない段ボールが置いてある部屋に行く。
(やはりこれを使うのね……)
セーブル社製、アルトサックス。コンパルションG#キー付き、ゴールドに輝く最高級品である。ママを散々悲しませたあの男からのプレゼント。
「ただいまー 千夏? 帰ってるの?」
ママが帰ってきた。
「あら、ここに居たのね…………吹奏楽部入ったの?」
「…………うん…………」
「あら……いいじゃない。私のことは気にせず使いなさい 楽器に罪はないから(笑)」
そう言いながらも寂しそうな顔をしている。あの男、許すまじ!
「ありがとう、ママ。大好きっ!」
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キラキラ転校生である勅使河原さんが転校してきて2日目、勅使河原さんは大きな荷物を抱えていた。楽器だろうか……吹部がどうの、話していたから吹奏楽部に入ったのだろう。勅使河原さんは2日目も周囲からの注目を集めている。千景は気にしないように努めていた。
「千夏! 吹部入ったんだ! 経験者だもんね。 目指せ全国金! 響け! サックス……ってこれ、何サックス(笑)」
「アルトサックスだって。 響け! アルトサックス(笑)」
昨日と同じく後方の席では充実してると思われる高校生活が展開されている。楽しそうだ。千景は羨ましいとは思わない、寧ろ嬉しく思う。このクラスで辛い思いをするのは自分だけで十分。そう思っている。
千景はこの半年、クラスメイトから必要以上に話しかけられることはなかった。そう、千景はこのクラス全員からシカトされているのだ。九品寺学園にはクラス替えがない。この様な状況になったが……千景は自身の判断に後悔はなかった。
放課後、日直だった千景は諸々の用事を済ましていた。教室後方にある個人ロッカーは壊されていて、教材を置くことが出来ない。置いておけば燃やされてしまう危険があるので毎回持ち帰っていた。
(重いな……)
千景は6時間分の教科書をカバンにねじ込んでいた。教室にはもう誰もいない。だが、教室の後ろの扉から誰か入ってきた。千景は振り向くこともせずに帰る準備をしていた、優秀な帰宅部として……。
「千景くん……だよね?」
「! ! ! !」
千景は驚いて振り向いた。そこには勅使河原さんが立っている……ヤバい、美人すぎて目眩がする。
「あ」
「河原千景くん。私、このクラスの全員と会話することが転校したときの目標だったんだけど、これでコンプリートね!」
「そう…………なんだ」
実に半年ぶりにクラスメイトと世間話をした。千景は泣きそうだ〜やはり心は悲鳴をあげている、その事に千景は気付いた。
「前から話したかったの……だって、私と三文字も被ってるし(笑) 私、勅使河原千夏だから 河と原と千が一緒ね!」
「ホントだ……」
「千景くんはいつも1人よね。友達いない系? それともクラスのカースト最下位(笑)」
「カースト最下位かな……シカトされてて。勅使河原さん、僕には話しかけない方がいいよ」
「何で? もしや高校にもなってイジメ? この高校って案外ダサいのね(笑)」
「まあ、色々あって……」
本当は色々聞いてほしい。だが、勅使河原さんに巻き込むわけにはいかない、話していただけ、で同類と見なされる事もあるからだ。
「ふぅ〜ん。 私ね、イジメってバカバカしいし嫌だけど、イジメられてる人はそれ以上に嫌い! 困難に立ち向かってないって思えるからイライラする」
「…………」
「まあいいわ。アナタとも話せたからこれでミッションコンプリート! もう必要以上に話すこともないわね……では、さよなら」
「さよなら……」
勅使河原さんは教室を出ていく。千景は何かに期待してた自分が恥ずかしくなった。勅使河さんの言う通り、自分はあと2年間、逃げ切りを図っている。
窓から差し込んでくる初夏の夕日が眩しかった。