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15 九州大会に向けて

 熊本大会から2日が経った。今更演奏を変える事は出来ないが、皆真剣に練習をしている。これなら川女との1点差も逆転できるだろう。


「はい! 今日の午後は完全オフ! 学校に残るのも楽器に触れるのも禁止!切り替えは大切だから!」


「はぁーい」


 大多数のコンクールメンバーが残念がっていたが、ユーミは心の中でガッツポーズをしていた。別に練習がしたくない訳では無い、夏が暑すぎるのだ。ユーミは学校まで自転車で来ているが、自転車を漕ぐと盆地特有の熱風にさらされる。


「残念ね、千夏(笑)」


 千夏は本気でガッカリしている。しかし不思議な子である、こんなに暑いのに、いつも涼しげで暑さを感じさせない。千夏ももちろん汗はかくが、その玉のような汗がほとばしり、どこか美しい。雪女? いや、涼しい森の妖精のようだ。


「先生! 私、楽器の整理とかやります! ね、ユーミ、一緒にやろ!」


「お、おう!」


 一刻も早く帰りたい……でも千夏笑顔には勝てなかった。


 楽器を楽器庫に全て収めた後、楽器の個数を点検、楽器庫と音楽室、被服室の鍵を閉める。この作業を晴香さんと千夏、ユーミの3人が担うことになった。


 点検を終えて、鍵を閉め、職員室に鍵を戻しに行くときには13時を過ぎていた。3人は話しながら校門へと向かっている。


「意外に時間かかっちゃったね。何か食べて帰ろうか!」


「お、いいね。暑いから……ラーメン行かない?」


「晴香さん、それ、いいですね! 千夏の迸る汗、私浴びたいです(笑)」


「やめてよユーミ! 私が汗っかきみたいで恥ずかしいじゃない!」


「私、褒めてるのよ! 浴びるだけじゃなくて……そう、飲みたい! 飲料汗ね(笑) これ、売れるかも(笑)」


「千夏とユーミはいつもこんな話をしてるの?」


 晴香さんも話に入ってきた。怒られそうだ……。


「まぁ……ネタ的な? 感じです!」


「で、売るならいくらで?」


「? ? ? ?」


 晴香さんもこのくだらない話に乗ってきたのだ!


「やめてください! 晴香さんまで!」


「晴香さんならおいくらで買います?」


「そーだな、20ミリで3000円かな(笑)」


「晴香さん………わかりました! 晴香さんは先輩割引きで10%引きにしますっ!」


 とうとう……このくだらない会話に千夏も参戦してきた。


「じゃあさ、大量生産して売ろうよ! うーん、永山なら一万くらいで買うよ……」


「やだぁ〜 やめてよぉ」 


「晴香さん、汗どう使うんですか? まさか……飲んだり……」


「身体に塗る! そうすれば千夏みたいなすべすべお肌になるかもしれないじゃん(笑) 永山も同じような気持ちだろう(笑)」


「…………永山ってオタク男子なんです…………」


「…………そっか。使い方を想像するのは……やめておこうか…………」


 楽しい会話である。夏休みの日の思い出に相応しい。ユーミは駐輪場に自転車を取りに行っていた。千夏と晴香さんは恐らく裏門で待っている。



△△△△△△△△△△△△△△△



「ユーミは面白いな! いい同級生も持てて千夏は幸せだ」


「はいっ。そうですね、いつも盛り上げてくれるんです。でも何で彼氏とか出来ないんだろ……」


 千夏はユーミを裏門で待っていた。裏門を出た所に大きな木がある。日差しは遮られているが、熊本特有の熱風がどうも不快である。


 晴香さんと談笑してる時、千夏はいきなり後ろから声をかけられた。


「千夏……………………」


「パパ………………」


 千夏は驚いた。そしてすぐに晴香さんに目を移した。晴香さんもビックリしていた、が、すぐに何が起こっているかを把握したように、頷いている。


「千夏…………あのぉ…………これから、色々話したり出来ないかな……」


「何言ってん………」


「千夏! ちゃんとお話してきなさい! パートリーダーからの命令よ!」


 千夏の拒否する言葉を、晴香さんの強めの言葉が遮った。晴香さんは真剣な眼差しで千夏を見ている。断れる状況ではない。


「晴香さん、わかりました」


「ユーミには特製ハンバーグ食べさせておくから! 任せておいて!」


 ちょうどユーミが自転車を取って裏門に来たタイミングであったが、晴香さんはユーミを連れてその場を離れていく。


「千夏…………」


「…………わかりました」




 パパは車で来ていた。黒塗りでゴツい車、運転しているのはマネージャーの羽柴さんである。


「千夏……お昼はまだだよな。何か食べようか……」


「…………」


 千夏は何も言わずに頷いた。パパと会ったのは約半年ぶり、いや、厳密にいうと一昨日顔は見ている。県立劇場の壇上で特別審査員という立場で寸評を話していた。


「千夏……サックス上手くなったな……」


「うん」


「ソロも良かった。やはり千夏は私よりも才能ああるよ…………サックス続けてくれて、ありがとう…………」


「うん」


 千夏は言葉を探したが何もみつからない。恨みつらみの言葉はたくさん頭に浮かぶが、今はその言葉を出すのは違うと感じていた。

 

「そう……ママにも会ったよ……」


 俯いていた千夏が顔を上げた。


「今更…………」


「今更なんだけど……一度も会わずに籍だけ抜かれちゃったからな(笑) 会って話すことは……必要だよ」


「ママ……なんて?」


「一生許さないって……でも、千夏には会ってほしいと……千夏がまたサックス始めたから……」


 ママの気持ちを考えると……千夏は急にママに会いたくなってしまった。


「ねぇ、今度ちゃんと話すから……今日は帰りたい……お願い…………」


「…………そっか。パパは明後日から博多でフェスに参加して、その次の日は1日オフだから、その時でも大丈夫かな?」


「………3日後……ね。わかった」


「千夏が良いなら……」


 パパは真剣な顔をしている……千夏は複雑な気持ちである。千夏はパパと約束をして車を降りた。今日、話し合いの場を設けたとて結局言いたいことなど話せないだろう。パパとの話し合いまで3日の猶予がある、この間に話すことを整理しようと千夏は思った。

 

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