14 全力疾走のあと
出番を終えた千夏は楽器搬入口で積み込みをしている。積み込みを終える頃には11時半を超えていた。コンクールの結果発表は19時前後なので、一度学園に戻り、19時に会場で結果発表を聞く予定である。。
「千夏、お疲れ様」
「ありがとうございます、晴香さん。今日は全力で吹いちゃいました(笑)」
極度の集中から解き放たれ、心の中の怒りは増していく一方であったが、千夏は平静を装い晴香さんに応えた。
「でも今日はソロ部分、いつもと違う感じだったね(笑) 世界の栗原に挑んだ感じなの? 教わった先生だったんでしょ?」
「逆です。意識しない様に演奏に全集中しました! あーもう、私、集中しすぎたのでお腹空いちゃいました。晴香さん、上手に吹けたご褒美ください!」
「しゃーない(笑) 積み込み早く終わらせよっ!」
晴香さんにウインクをされた。ユーミも晴香さんも千夏を気遣ってくれている。千夏は大切なことに気が付いた……この部活に自分の居場所があることを。同時に怒りが収まっていくのを感じた。
楽器を学園に運び込んで一通りの作業が終わったのは13時半過ぎである。吹部のメンバーは一旦解散し、18時半に県立劇場集合になった。ママからは……
(急な仕事入って、演奏途中からになっちゃったけど、ちゃんと聴いたわよ! さすが私の娘!)
的な連絡が来ていた。ママはすぐに会社に戻らないとならない様で、遅めのお昼は晴香さんと2人で食べることになった。千夏と晴香さんは学園から街の方向へ向かっている。
「千夏ってまだ熊本来たばっかよね? お昼は私がとっておきのお店連れてってあげる!」
「嬉しいです! 是非お願いします」
街の片隅にそのお店はあった。アーケードの少し外れの雑居ビルの2階、「ブレーメン」と看板にある。
「千夏、ここね、ハンバーグがとーっても美味しいの! 私のイチオシ!」
と言いながら晴香さんは店に入っていく。
「いらっしゃい…………あ、晴香!」
「久しぶりね! 元気だった? パパ」
どうやら晴香さんのお父様のお店のようだ。軽く談笑し、晴香さんと2人で席についた。
「ここのお店、晴香のお父様のお店なのですか?」
「まあね……でもウチって複雑なの(笑) 私、パパが都合3人もいてさ……ここのパパは2番目のパパ」
「え?」
「何ていうのかな……私のママって恋多き女なのよ(笑) 私に似て美人だしね……あ、逆か(笑) 私がママ似ね」
千夏はニコニコと身の上話をする晴香さんが理解できない。しばらく黙り込んてしまった。
「あ、千夏さぁ、気は遣わなくていいのよ! 私が連れてきたんだから。聞きづらいだろうから、先に言っておくね〜私の最初のパパは私が赤ちゃんの時に蒸発しちゃったの。3番目のパパは先月ママと離婚して、今熊本に居るのがこの店のオーナーの2番目のパパなの(笑) もう8年も前にママと離婚しちゃったけどね」
「晴香さん……大人ですね……」
「そう? 別に2番目のパパも悪い人じゃないし……ママには悪い人だったけど、私の事をいつも大切にしてくれるの だって、ここで美味しいハンバーグ、いつもタダよ(笑)」
「えーと、お母様ってここに来て怒ったりしないの?」
「ないない! だって私の人間関係だから。私はママの所有物でもないしね その辺はママも理解してる」
「お待たせしました〜」
晴香さんのパパ2号が料理を持ってきた。凄い! 食品サンプルのようなハンバーグ! 見た目がいい。
「ありがとう! パパ! 美味しそう!」
「冷めないウチに食べてね(笑) お金は…………」
「パパ、今日は私が払うの! 後輩に奢る約束したから。勅使河原千夏さん、私の部活の後輩、メチャ可愛いでしょ?」
「そうだな……晴香ママよりも上玉だ(笑)」
千夏は少し戸惑った。その場は作り笑いをしておいたが……理解するには時間が必要だろう。
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「それでは、熊本県吹奏楽コンクールの結果を発表します」
千夏は晴香さんからお昼をご馳走になった後、学園に戻り、時間になるまで晴香さんとサックスの練習をした。集合時間になり、この発表の場にいるのである。九品寺学園の演奏順は5番目なので発表も5番目になる。
「…………次、私立九品寺学園 金賞 熊本代表…………」
「よーしっ!」
部活のメンバーが湧き上がった。その後も次々と結果が発表されていく。
「千夏、次ね、勝負は! 九州大会!」
「そうね」
九州大会は約18校が参加する。全国の切符はわずかに3校。九品寺学園は創部以来一度も全国大会に進んだことがない。九州大会までは約2週間、今の演奏に磨きをかけるだけである。
発表後、熊本大会の全校の得点表がネット上に掲載された。九品寺学園はなんと、2番目であった。最上位は熊本北部にある川名女子高生、僅か1点差であったが、この1点が全国大会出場には大きいのだ。単純に熊本で2番ということは、7県代表が集う九州大会において全国大会推薦枠には入っていない、という事になる。
「ユーミ、全国出場って大変なのね……」
「そりゃね! でも今回は全国に何回も出場してる川女と1点差だから、いいとこまでいけそう、とりあえず金賞は取らないとね!」
「よし! 明日は休みを返上して自主練ね!」
千夏は今日の出来事など些細なことだと考えられるようになった。




