水鏡の未来を、一緒に
あれから月日は流れて、私は15歳になり、貴族学校に入学した。
学校には色んな地方から同い年の子が集まっており、他の家の子達と交流するのはとても楽しかった。
婚約者のブラッドリー様とも親しくさせてもらっている。
ブラッドリー様は学業と叔父である宰相閣下の手伝いを並行して行っており、とても忙しそうにしているが、私との時間もきちんと取ってくれる…優しい方だった。
とても有意義で平穏な1年だった。
でもそれは2年目へとは続くことはなかった。
貴族学校2年目、平穏は崩れ去る。
記憶の中の地雷女──マナリア・ミゼット子爵令嬢が学校に入学してきたのだ。
かの令嬢は持病があり病気療養の為、入学を見送っていたのだが、この度快癒し学校への入学を果たしたらしい。
ふんわりとした金髪に大きな青い目、ビスクドールのような綺麗なご令嬢。
笑わない人形とは違い、彼女が笑うと──華が舞い踊る。
そんな風に言われる程、彼女は可愛く、もてはやされた。
彼女は次々と男性達を魅力していく。
魅了される者の中には婚約者がいる男性も含まれており、彼女に婚約者を取られた女子は泣き暮らすしか術はなかった。
彼女に強く食ってかかる強者もいたが、
「私っ…貴方の婚約者様に嫌われているみたいなの…私…とても怖いわ…。」
なんてホロリと涙ながらに言われると、一気に旗色が悪くなり…付き合っていられないと婚約破棄する者まで現れた。
私は全てを知っていた。
水鏡に視える未来にはこの状況もよく映ったから。
どうにかしようか?とも思ったが…この件については下手に介入するのをやめた。
地雷女のせいで恋破れた淑女達には大変申し訳ないが…私は私を守ることで精一杯であったからだ。
彼女は見目麗しい殿方を侍らすのが好きらしい。クラウス様、エドワード様…そしてポンコ…んんっフィルメル殿下、暴力男ことアルカード様。
あいつもそいつも見た事ある…。
皆、私の未来に出てきた呪われしゴミ男達だ。
そしてここに唯一いない人物がいる。それは私の未来の旦那様──ブラッドリー様だ。
※※※
「エリーシャ様…あの…ブラッドリー様を縛り付けるのはやめてあげて頂けないでしょうか…」
学校内の、カフェテリアで友と優雅にお茶していたら…振り向くまでもない。
この声は知っている…コイツは…。
「聞こえてらして…?エリーシャ様…無視なさるなんて…酷いわ。」
「…無視などしておりませんわ。ミゼット子爵令嬢。私はなんてお答えすればいいか考えておりましたの。」
私はゆっくりと飲んでいた紅茶のカップを置くと、彼女のほうへ振り返った。
ほらやっぱり…地雷女だ。
「私、ブラッドリー様を縛り付けた記憶がありませんので…なんて言ってお答えすればいいか、わからなかったのです。ですからお声を返すのに時間がかかってしまいましたわ。申し訳ございません。」
「縛り付けた記憶がないだと?それはおかしいな。リヒテンベルク嬢。ブラッドリーは貴女が急に申し付けた案件で学校を休んで働かねばならなくなったと聞いたが?」
あぁ、最近視た未来に老朽化した橋の崩落がありましたからね…
適当な言い訳をして橋の件を彼に伝えたのです。
その件は彼から宰相閣下へ、そして適切な部署へとまわされ…ブラッドリー様は話を上げた者として現場の確認と、補修工事の手配などで奔走しているだけ…なのだけど?
「貴女は無理難題を彼に突き付け、困らせている。いい加減、他者を顎で使って困らすのはやめたまえ!」
あぁ…事情もよく知らないゴミ男共がよく吠えます。
耳障りで辟易としますね。
「そうですか、わかりました。ではその様に彼に伝えておきます。皆様が彼を思う気持ち、よぉく伝わりましたから。」
私があっさりそう言うと、地雷な姫を守るように暴力ゴミ男が前に出てきた。
「お前なぁ!マナリアはブラッドリーを心配しているんだ!優しい彼女の気持ちがなんでわからないんだよ!!」
「アルカード様っ…いいんです。私…私は気にしていませんから…」
「マナリア…」
はぁ…何この三文芝居…。
吐き気がしてきましたよ。
どうしてくれるんですか。
「エリーシャ様…ご歓談中、申し訳ありませんでした…でも、ご婚約者であられるのなら…彼の事を…少しでいいので気遣ってあげてください…」
地雷女はそう言うと、お供を連れて消えてくれた。
傍にいた友人達は
「あの女何言ってるの?チェスター公爵子息はエリーシャが見つけた橋の老朽化の件で色々と奔走されているだけで、彼を縛り付けたり、顎で使ったりなんて決してしていないのに!」
「あの女、今度はチェスター公爵子息を狙っているのね…」
「エリーシャ!気をつけるのよ!?あの女と2人きりで会ったりしてはダメよ!!」
「アリもしない事件を捏造されて擦り付けられるかも!」
「怖いわ…エリーシャ、私たちは味方よ!いつも一緒にいましょうね!!」
憤慨してくれた。
本当に良い友達だ。
この友に出会うために貴族学校に入ったのかもしれない。
3年目を迎えた今、私は昔視た未来の答えがもうすぐ来ることを知っている──
4年前と違い、私は大人になった。
身長は伸び、女性らしい体型になったと思う。
あの未来の私にそっくりとなった。
だからもうすぐ来るのであろう。
彼が私に答え合わせを願うために。
「エリーシャ、ちょっと時間を貰えるだろうか?」
橋の復旧工事などで忙しくしていた彼も、ようやく落ち着き学校へ復学していた。
彼が復学しているのを知ってはいたが…私は自分から彼に近づくのをやめていた。
縛り付けるのを止めろとのお達しを守っての事だ。
彼があの地雷女と仲良さげに談笑する場面を何度か見たが…私は友を連れ直ぐにその場を離れた。
「いいの…放っておいても…?」
と皆心配してくれたけど…私は知っているから大丈夫。
「いいのよ、大丈夫。ブラッドリー様は私の旦那様だから」そう言って笑い、放置していた。
そうやって距離をとっていた彼が…声を掛けてきた。
…そうか、今日が答え合わせの日なのね。
私は彼に連れられ、学校内にある彼専用の執務室に通された。学生の身でありながら職務をこなす彼の為の執務室…
あぁ、ここだったのね。
あの日見た場所は。
私は懐かしげに目を細める。
記憶通りにテーブルを挟みソファーに座る。
あぁ、本当に何もかも同じだわ…
「エリーシャ、聞きたい事がある。」
えぇなんなりと。何でもお答えいたします。
「君は…婚約する時に、これを私にくれたね?そして言った、「貴方が私にコレの意味を尋ねたくなった、その時に全てをお話しします」と。貴女は…神様かなんかなのかい?エリーシャ…?」
差し出されるのはあの日視た報告書。
「あぁ…やっぱり。貴方が私の旦那様なんですね。」
私の愛しの旦那様。
やっぱり貴方は聡明で、無闇やたらに責め立てず、私に話を聞こうとしてくれた。
そしてきちんとソレを読んで覚えていてくださった。
やっぱり私の旦那様は貴方しかいなかった。
私の大好きな…愛しの旦那様。
「ソレ…お役に立ちましたかしら?」
「あぁ、とても役に立ったよ。まあ4年も前の報告書だから、少し再調査になったけど…周りを動かすには十分な物だった。ねえ、エリーシャ?君は神様かなんかなのかい?まるで…問題が起こるのを知っていて用意していたかのようだよ…?」
「ええそうですわ。ブラッドリー様、私特技がございまして。ちょっと未来が視えるんですの。変わった特技でしょう?」
「未来が…視える?それは…」
「信じてもらえるでしょう?ソレが証拠ですわ。」
私はそう言って報告書を手に取った。
4年前の報告書…中身をちょっと確認する。
そうそう…こんな事が書いてありましたよね。
【マナリア・ミゼット嬢に関する報告書】
彼女、マナリア・ミゼットは問題の多いご令嬢である。
彼女は美しい自分には美しい人間が必要と考えており。
己の周りに自分のお気に入りの美しい子息を侍らす悪癖がある。
そして…それはトラブルを生み、その結果──
「彼女は2年目からの入学でした。入学が遅れた理由は病気療養…ではなくて、対人関係の揉め事から事件になり、その際に不慮の事故で頭を打ち付け…2年間昏睡していたから…この報告書では昏睡中となってますが、あの後無事に目覚められ…今を謳歌してらっしゃるのね。」
「あぁ、その様だな。」
私は報告書をテーブルの上に戻すとニッコリと笑った。
「それで、ブラッドリー様は何が知りたかったのです?答え合わせは無事終わりましたか?」
「……私は最初、君にそれを貰った時に何の事なのか皆目見当が付かなかった。自業自得の揉め事で昏睡中の令嬢に、君が何故気にかけるのか…さっぱり見当がつかなかったんだ。ただ…今ならわかる。君は…この未来を見て知っていたんだね」
「はい、その通りです。」
「因みに、まだわからないんだが…何故私が選ばれたんだ?未来が視える──リヒテンベルクの秘宝に私が選ばれた理由がわからない。」
「貴方だけは、こうやって私に話を聞きにきてくれた。他の人達は皆そろって彼女に騙される能無しだったわ。貴方だけが…私を責め立てず、昔贈ったプレゼントをちゃんと覚えてくれていた。」
他のあんぽんたん共は誰一人として報告書の事なんて覚えてもいなかったのよ。
「彼女から聞かされたのでしょう?なんて言われました?…酷い虐めをされたとか?」
「教科書を破られ、階段から突き落とされそうになったと言われたよ。」
「ふふふっおかしい。そんな労力を彼女に使うくらいなら、図書室で静かに読書でもしていたほうがよっぽど建設的ですわ。」
「だろうな。」
「それに、彼女は勘違いしています。私が彼女を虐める理由なんて何もないのですから。私は彼女に嫉妬する必要がありませんし。だって…ブラッドリー様、貴方は私から離れる事はありませんでしょう?」
「ふっ…そうだな、違いない。私の気持ちは君にだけある。」
「リヒテンベルクの秘宝…なんて言われてますが、蓋を開けると知識が凄い訳ではなく、ちょっとした先視から危険を予知して自然な感じにソレっぽくお伝えしているだけなんです。偽の天才だとバレてしまいましたが…私にはこの特技がございます。利用価値はまだありますでしょう?」
「違うよ、エリーシャ。君はとても頭脳明晰な人だ。先視で視た事を、その力のせいで知ったと騒ぐのではなく、知性に基づき言葉と資料で裏付けて説得した。こんな事を何年も何年も続けてきたのだろう?その度に新しく知識を付けて、自然にそれとなく指摘出来るように…疑われぬように…疑われぬように…貴女はとても頭のいい、優しい女性だ。」
「ブラッドリー様……」
親にも言ったことのない…私の秘密。
頭のおかしな子と見られるのではと恐れ今まで誰にも言わなかった。
でも旦那様になる…
彼には…ブラッドリー様には伝えておきたかったのだ。
私を知って欲しかった。
この途方もない謎の努力を。
少しでもいい、知って貰いたかったのだ。
気がつくと、彼は私の傍に来て、そっと私を抱きしめてくれた。
「とても、頑張ったのだね。エリーシャ、君は本当に偉い。偉い人だよ。」
彼に優しく抱きしめられ、私は静かに泣きました。
今まで誰にも悟らせなかった私の努力が報われたと思ったのです。
声なく涙する私の背を彼はゆっくりと撫でてくれたのでした。
それから数日後、マナリア・ミゼット子爵令嬢は学校を去りました。
不思議に思い彼に聞くと「彼女は少しやらかし過ぎたよね」と、笑っておりました。
曰く、婚約破棄に至った人達から多額の慰謝料がミゼット子爵家に請求され、娘を放置してたら被害が広まると恐れた子爵から回収されたとのことでした。
婚約破棄の慰謝料請求…まぁ彼女が引っ掻きまわさなければ婚約破棄なんて起きなかったわけで。
でも、今まで泣き寝入り状態だったのに…
いきなり何故?
「あぁ、それはね?君の報告書を少し手直しして困ってた人達に配ったからね。私はとても感謝されたよ?本当は君の手柄だったのに…取ってしまって悪かったね?」
あぁ何とも不敵な笑みですね。
そんなお顔もお美しいですよ、ブラッドリー様。
かくして、私の未来に付きまとったマナリア・ミゼット子爵令嬢は去った。
風の噂によると、北の厳しいと有名な修道院に入れられたらしい。
あそこ、入ったら出れないと噂の場所ですが…
まぁ地雷女がいない方が問題が起きなくて世も平和でしょう。
彼女に骨抜きにされていた御仁達は、暫くは彼女を返せと騒いでおりましたが…
報告書を手に入れたであろう御仁達の親御様から痺れる鉄槌を食らったようで…皆様、魂が抜けたように淡々と生活なさっておりました。
3年目も終わりが近ずき…私は卒業したら直ぐにブラッドリー様の妻になります。
私はこれからも未来を見続けるでしょう。
今まで1人で言い訳を考え苦しんでおりましたが…私には素敵な旦那様、ブラッドリー様がいます。
これからは水鏡の未来を彼と一緒に考えましょう。
超能力少女?の未来回避モノでした。
楽しんで頂けたなら幸いです。
今回も大量の誤字…修正にご協力頂けた方々
ありがとうございました。